居酒屋流の修行 其の一 それぞれの師匠
翌日――
シンとECOは、店の奥の畳の間に正座していた。
ちゃぶ台の上には徳利とおちょこ、そして木刀や竹刀、さらには使い古しのサンドバッグまで雑多に並んでいる。
……どう見ても修行場というより、酔っ払いの秘密基地だ。
最初に口を開いたのは、福ちゃんだった。
「大切なのは、まず“待つ”ことじゃ。例えば店に客が来なくても、じっと座って待つ。
そうすると周りの音がよく聞こえてくる。一人一人の足音が、どの方向へ向かうかわかるようになる。つまり、忍耐力じゃ」
「は、はいっ!」
シンは必死にメモを取る。
ECOは無表情のまま一言。
「待つことと戦闘に直接的な相関性はあるのですか?」
福ちゃんはECOの質問には応えず、にこやかに笑うだけだった。
続いて、ドスの効いた声が響く。
「シンさん! 声だ! 声がデカけりゃ勝てるんだよ!」
大声自慢のマサさんが、腹の底から声を張り上げる。
「ハァッ!!! オラァァァ!!!」
突然の雄叫びにシンは飛び上がり、ECOは耳を押さえた。
「……鼓膜への有益な効果は、確認できません」
「違う違う! 大声を出せば自然と力がみなぎる! 必殺技でも叫ぶんだよ!」
シンは少年のように目を輝かせる。
「おお!!なるほど! “必殺技”か!!ECO____」
ECOは無情に切り捨てた。
「嫌ですよ……合理性ゼロです」
次にみっちゃんさんが両手を広げてウィンク。
「それは愛よ愛♡ 全てを受け入れ、全てを愛すの♡
そうすれば相手の全てがわかるわ♡ 愛の力よ♡」
「……非科学的です。戦闘において“愛”は数値化不能です」
「も~ECOちゃんたら冷たい♡ でもそのツンツンがたまらないのよね~♡」
そして酔っ払い気味のカズさんが豪快に笑いながら語り出す。
「聞けよシン! 若い頃の俺はなぁ、一人で百人相手にしてだな――!」
「え、すごい!」
シンが目を輝かせる。
「で、その時はな……まぁ、逃げたんだけどよ!」
「「逃げたんかい!!」」
総ツッコミを入れ、場は笑いに包まれる。
そして、資さんが胸を張って言った。
「人生ってのはうどんと同じ! 細く長く、相手を思ってこねれば必ず美味くなる……大切なのは相手を思う気持ちだよ」
「わかる♡」
「……やはり非合理的です」
ECOは呆れ気味に淡々とデータ入力していた。
最後に仁さんが竹刀を構え、腕を組んで語る。
「戦いは集中だ。相手の動きを見極めろ。けして目を逸らすな、慢心は身を滅ぼす。
集中すれば『剣は銃よりも強し』だ。____つまり集中力だ」
ピタリと止まる竹刀の一撃に、シンは思わず背筋を伸ばす。
「おぉ…集中力……なるほど」
「いいから動け! 動けばわかる!」
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こうしてシンとECOの「居酒屋流特訓」が始まった。
福ちゃんの"じっと待つ修行"
仁さんの"集中力を研ぎ澄ます竹刀稽古"
マサさんの"大声を張り上げる発声訓練"
みっちゃんの"愛を叫ぶ練習"
カズさんの"武勇伝を語る"
資さんの"うどん作り"
ECOは終始首をかしげながらも、どこか不思議そうに彼らを観察していた。
数日間続けた。
「……理解できません」
マサさんがちゃぶ台をバンッと叩き、立ち上がる。
「よし! 全員で必殺技を叫ぶぞ!シン、お前からだ!」
「え、えぇ!? いきなり!?」
「迷うな!技名は勢いで決めろ!」
シンは冷や汗をかきながら拳を握り、咄嗟に思いついた単語を叫んだ。
「えーと……“スーパー居酒屋パンチーーッ!!!”」
「いいぜ!その調子だ!!」
「……ダサい」
ECOの無表情な一言が飛ぶ。
「うるせぇ!こう言うのは勢いだよ勢い!次、みっちゃん!!」
マサさんが吠えると、みっちゃんがすかさず両手を広げて叫んだ。
「“ラブリー♡ハートアタックゥゥ♡♡”」
「……恥ずかしくないんですか?」
「恥ずかしいとか関係ないの! 愛よ、愛!♡」
続いて資さんが胸を張って叫ぶ。
「いくぜ!“秘伝!うどんスパイラルーーッ!!”」
「それはパンチでは?」
「黙って食らえぇぇぇ!」
最後にマサさんが雄叫びをあげる。
「“大居酒屋ソニックブーーーム!!!”」
皆は耳をふさいだ。
畳の間がビリビリ震え、徳利がカタカタ揺れる。
「…………」
シンはニッと笑った。
「どうだECO?これが“居酒屋流”だ!」
ECOはしばらく沈黙したあと、ぽつりと。
「……非合理的です。が………悪くはなさそうです。」
みなが一斉に雄叫びをあげた。
「「「うぉぉぉおおおーーッッ!!! デレたーーーッッ!!!」」」
そして、仕上げとして最後のテストが行われた。
ちゃぶ台の上には、おでん鍋、天ぷらの山、ジョッキ、そしてなぜかストップウォッチ。
もう修行というより宴会の芸にしか見えない。
皆、酒がまわってきたのだろうか
「よーし!“居酒屋流最後の特訓”を行う!」
マサさんが腕を組み、威勢よく宣言する。
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熱々おでんキャッチ
「まずは根性を試す“おでんキャッチ”だ!」
ぐつぐつ煮えたぎるおでん鍋の前に立たされるシン。
「は?!はぁ!? これ素手で!?」
「そうだ! 指先に集中し、耐久力見せてみろ」
マサさんがニヤリと笑う。
「よ、よしっ……!」
シンは気合いを入れて大根に手を伸ばした。
「アッッッッッッッツ!!!」
飛び上がるシン。
「まぁそうなるよねぇ~」
一方、ECOは無表情でこんにゃくをスッとつまみ上げ、平然と皿に移した。
「……内部温度八十五度。耐えられないほどではありません」
「ば、化け物か?!」
常連たちがどよめいた。
完全に悪ノリである。
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唐揚げ早食い
続いて資さんが天ぷらの山をドンと置く。
「次はスタミナだ!天ぷら早食い勝負!」
「よし、負けねぇぞ!」
シンは勢いよく口へ放り込むが――。
「モグモグ……あっ、油っぽ……ごふっ!」
数個でギブアップ。
ECOは一つだけ食べて淡々と報告する。
「揚げ物は効率が悪ので、摂取カロリーと燃費のバランスが崩壊しています」
「お前は真面目にやれよぉ!」
何をしても笑いが起きる。いつもの光景になっていた。
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ジョッキ持ち上げ
ラストはマサさんがジョッキを掲げる。
「この重りのついたジョッキを使ってビールを飲め!」
シンは真面目に開始した。
だが皆は重りを外し、にグビグビ飲み始める。
「ぷはぁ~!かぁ~!!筋肉痛より酔いが先に来るな!」
「"かぁ~!" じゃねぇよ!もうただの飲み会じゃねぇか!!」
この後もテストは続いた。
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全てのテストが終わった。
シンは汗だくで横たわり、それを見下すようにECOは無表情で見ていた。
「……これはテストではなく、ただの宴会です」
その冷静な総括に、皆、顔を見合わせた。
「そうだよ?」
「はぃ?では、何の為の修行だったのですか?」
一同は揃ってこう答えた
「「さぁ?」」
「……非合理的です」
その小さな独白を、シンだけが聞き取っていた。
彼は思わず笑みをこぼし、拳を握る。
「気にすんな……これでいい。俺たちは、絶対に強くなってるッ!!」
「根拠がありません」




