直感の代償
シンが目を覚ましたのは、数時間後だった。
「……唐揚げッ!!……あれ?」
勢いよく上げた声が、白い天井に吸い込まれる。
消毒液の匂い。点滴の感触。
一拍遅れて、状況が繋がった。
「あ……そっか………」
今も耳に残るのは、アリーナの歓声だった。
「……ECO?」
反射的に呼ぶ。
だが返事はない。
ベッドの周囲には、誰もいなかった。
静かだ。――いや。
ドアの向こうが、やたらとうるさい。
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「駄目です!病人に酒など言語道断です!お引き取りください!!」
「飲ませないからッ!! 飲む姿を見せるだけだからッ!!」
「そう言ってあなた達、前回、病室で宴会を開いた事、我々は忘れてませんからねッ!!」
……聞き覚えのある声ばかりだ。
シンは苦笑しながら、ゆっくりと身体を起こす。
点滴を気にしつつ、ベッドを降り、ドアを開けた。
「よ!」
その声に廊下にいた常連たちが、一斉に振り返る。
「お!なんだよ!元気そうじゃんか」
「顔色いいな!よ~し!一杯やろうぜ!」
全員、酒瓶を隠す気すらない。
「だーかーら!!ここは病院です!!駄目ですッ!!」
看護師が本気の目をしている。
シンは、その光景を見て――胸の奥が、少しだけ緩んだ。
(……あぁ。いつものだ)
変わらない。何も変わってない。
「悪い。今日は帰ってくれ!今度埋め合わせするからさ!」
シンがそう言うと、常連たちは一瞬だけ黙り――
「……チッ」
「仕方ねぇな」
「次は全快祝いだぞ!ご馳走期待してるからな!!」
文句を言いながらも、素直に引き下がっていった。
看護師が深く息をつく。
「……本当に、勘弁してくださいね」
「すみません」
シンは苦笑して、ベッドに戻った。
しばらくして。
ガラ、とドアが開く。
「兄……」
顔を出したのはシュウだった。
「もう大丈夫なの?………み、店のことは心配しなくていいから、ゆっくり休んで」
その後ろから、ハルカが顔を覗かせる。
「そうネ!入院ついでに、馬鹿も治してもらうネ!」
「……おいおい、それは医者でも無理だな」
少し遅れて、ECOと天草も入ってくる。
「……」
ECOは、何も言わずにシンを見る。
その視線が、
いつもより少し――遠い。
まるで、何かを測っているようだった。
「いや~、びっくりしたよ~」
天草は相変わらず軽い口調だ。
「もうちょっとだったねぇ〜」
「……あぁ…ごめんな、特訓に付き合って貰ってるのに…」
天草は、ふっと真面目な声になった。
「ちょっとゴメン。シン君と2人だけで話させてくれないかな?」
顔を合わせ、何かを察したかの様に
シュウも、ハルカも、ECOも病室をあとにした。
病室のカーテンを、静かに閉める。
残ったのは、シンと――天草だけ。
「……なんかさ」
天草は、ベッド横の丸椅子に腰を下ろし、
いつもの調子で足をぶらぶらさせた。
「病院って、音が少なくて落ち着くよね~」
「…そうか?毎日が騒がしいから落ち着かないかな?」
「そっか……賑やかだもんね………あのさぁ………」
沈黙。らしくない天草だった。
「ねぇ、シン君」
軽い声。
「……僕さぁ」
天草は笑った。
「今回のこと……ちょっと“想定内”だったんだよね」
「……ふ、まぁ俺達の実力に合わない大会だったからなぁ……あそこで勝っても____」
「そうじゃなくて……」
シンの視線が、ゆっくり天草へ向く。
天草は肩をすくめる。
「わかってたんだ……シン君が“壊れる前兆”ってやつ」
病室の空気が、わずかに冷えた。
「………そっか……まぁ俺ももう若くないって思ったよ(笑)」
天草の声は低かった。
「違う……気付いてた…でも…止めたくなかった……」
天草は、少しだけ視線を逸らした。
天井を見上げるでもなく、床を見るでもなく、ただ横へ。
しばらく、何も言わない。
病室に、時計の音だけが落ちる。
「……なぁ」
シンが、ぽつりと聞いた。
「何かあったか?」
天草は一瞬だけ口を開き、すぐ閉じる。
それから、困ったように笑った。
「いや、 なんて言えばいいのかなぁ」
指を組み替えながら、独り言みたいに続ける。
「最近さ。 今の神楽が、ちょっと“退屈”に見え始めちゃって」
いつもの軽い口調。でも、目は笑っていない。
「努力とかさ、積み重ねとかさ。 そういうの全部すっ飛ばして、
最新の御子と装備ポンって持った人が、 はい上位~、みたいなの見るとさぁ……」
肩をすくめる。
「なんだろ。 勝ってるはずなのに、全然楽しくなくて」
一拍。
「……前はね、そんなの気にしなかったんだよ? “それも戦略だよね~”って笑えてた」
でもさ、と天草は小さく息を吐く。
「けど、いつからか、 今の神楽、あんまり好きじゃなくなってた」
沈黙。
「そんな時にさ。 シン君の事を知ったんだよね」
ちらっと、視線がシンに戻る。
「いや、“出会えた”って言った方が正しいかな」
照れたように笑う。
「覚えてる? 最初に会った日」
「本当はさ。 流水寺くんに頼んで、ちゃんと紹介してもらう予定だったんだよ。“ECOって子に会いたい”って」
「でもさぁ……」
少しだけ、声が柔らかくなる。
「君の方から来てくれた…」
「それが、なんか……直感で感じた“運命”だって」
小さく笑って、ぽつり。
「努力して、悩んで、 躓いて、 それでも前に進こうとしてる人が、 まだいるんだって思って」
一瞬、言葉を探す。
「……それで、楽しくなっちゃったんだよね」
「君が世界を少しづつ変えて行くのが楽しかった__」
天草は、また軽く笑った。
「だからさ。
止めたくなかったんだ……」
一瞬、言葉を探してから。
「……結果的に、迷惑かけたよね」
天草は立ち上がり、病室をあとにした。
扉が静かに閉まる__




