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無音が聞こえた。

賑やかなアリーナ周辺。

――うるさいほどの歓声。


公式アリーナを埋め尽くす観客の声。

ビットの駆動音。

照明の熱。

床を震わせる低い振動。


暦は十二月。

最後の『月の英冠』出場をかけた、トーナメント戦。

参加者は、皆――自分たちより“上”の存在。


それでも。行ける!



ここ数か月。


流水寺と天草に、死ぬほど鍛えられた。

勝ち筋は、見えている。


あと二勝。 英冠出場まで……あと二勝。


「いいぞ、シン殿!そのまま押すでござる!」


「ECOちゃ~ん!いけ~!!」


「シンちゃん♡ECOちゃん♡もうちょっとよーー♡」


歓声の向こう。

遠くからでも、確かに届く声。

天草の軽い声。

流水寺の低い声。

みっちゃんや、常連たちの声。


__全部、聞こえている。


『マスター。相手の回避パターン、解析完了。

 次で――詰められます』


「……あぁ」

シンは一度、深く息を吸う。


4機のビットを、同時に操作。


(集中しろ……俺はいける)


風の流れが、読める。


相手の癖も、間合いも――はっきりと。


「ECO、【Q.S.A】で決める!」


『了解』


流水寺と天草の苛烈な訓練の中で編み出した、新技。

【クイック・ソニック・アタック】


――略して  【Q.S.A】


ビットを散開し、正面からの同時攻撃。


相手が反射的に防御を展開した、その瞬間。


「いくぞ!クイックユニット!」


高速装備へ移行。


音が、変わる。空気を裂く音。


歓声が、さらに高まる。


『最短距離、確保』


__懐へ、踏み込む。


『今です――【天照】____』


ECOは、確信をもって要求した。


だが。

矛が、手元に来ない。


一瞬の遅延。

ECOは「判断遅延」と解釈し、拳を構え______


その瞬間。

ステージ全体が、赤く発光した。


『――ドクターストップ?

 なぜ……マスター、状況を説明してください』


「………」


返答が、ない。


ECOは拳を解除し、周囲を確認する。

対戦相手の御子は、安堵したように微笑み、

その主は、ガッツポーズを決めていた。


ざわめく会場。


ECOは振り返る。


――マスターが、いない。


ECOの視界に、シンの姿が映らない。

代わりに、白い服の救護班が慌ただしく駆け回っている。


床に伏せた人影。


その周囲で交わされる、切迫した声。


ECOは、ゆっくりと、しかし確実にその方向へ歩みを進めた。


「…………」

演算処理が、わずかに遅れる。

これは想定外。


審判がマイクを手に取り、アリーナ全体へ告げる。


『えー……本試合は、  シン選手の試合続行不可能と判断し、  諸星選手の決勝戦進出とします』



歓声が、ざわめきに変わる。

そして、どこか安堵した拍手。



勝っていたのに。

あと一勝だったのに。

数値上は、こちらが有利だった。

戦術も、流れも、すべて揃っていた。


それなのに。


ECOは、倒れたシンのそばに立ち止まる。


救護班が必死に呼びかけている。


だが、返答はない。



ECOは、誰にも届かない声で、呟いた。


『         』


その言葉は、

ログにも、記録にも、解析にも残らない。


__けれど確かに、そこにあった。


無音が、聞こえた。

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