唐揚げ論争
数日後――。
盛り上がる店内の奥で、シンはいつものように無心で唐揚げを揚げていた。
カラッ……と油が跳ねる音。
揚がったばかりの唐揚げをひとつつまむ。
ニンニクの風味、醤油のコク。
味は決して悪くない。むしろ美味い。
……だが。
“おとーの唐揚げ”とは何かが違う。
レシピも同じ。
変わらぬ現産地。
火加減だって、何度も研究を重ねた。
それでも到達しない“あの味”。
ふと、あの言葉が胸の奥で響いた。
『君はゲンさんに近づこうと、“背中だけ”を追い続け、大切な事を忘れかけている』
正直、この言葉ががピンと来ない。
(……独りで考えてても埒が明かねぇ。こういう時は____)
シンは大皿に唐揚げを盛り、カウンターへ運んだ。
「なぁみんな……この唐揚げ、おとーと何が違うと思う? 」
「おぉぉ試食ってことだな?」
無料で差し出された唐揚げに、常連たちは群がった。
皿は一瞬で空になり、次々と口に運ばれていく。
「うん、いや、まぁ十分うまいんだけどよ……ゲンさんの味じゃぁねぇなぁ…」
「でもよ、ゲンさんの“背中”がチラつくぐらいには近づいてるぜ!
頑張れよシンちゃん!」
「そうそう。ゲンさんが手ぇ振ってる気がしたぞ。
『はよこっち来い!』ってな!ガハハ!!」
「大丈夫!お迎えはすぐそこだ!!」
……冗談混じりで参考にならない。
シンは眉間を押さえ、席で静かに飲む仁へと声をかけた。
「……仁さん。どう思う?
おとーの事、よく知ってるでしょ?」
仁は静かにグラスを置き、唐揚げをひとつ摘んで眺めた。
「そうだな……。
思い出補正ってやつかもしれねぇが――」
一呼吸置いて、仁は呟く。
「ゲンさんのとは、まるで別物だな。」
シンは肩を落とす。
仁さんは唐揚げの皿を見つめながら、続けた。
「……シン。お前の唐揚げはたしかに“上手い”んだ。
けどなぁ、ゲンさんの唐揚げは“美味い”んだよ。」
「上手い?と美味い?ん……わかりそうでわからない」
シンが動揺していると、別の常連が焼酎片手に語りだす。
「そうそう!ゲンさんの唐揚げ食べたら、なんか人生の諦めてた部分に塩が染みるんだよなぁ…!」
「それは塩味じゃなくて人生の傷では?あと、ニンニク醤油味だし、」
「あ?そっちかもしれねぇ」
店内のあちこちから、勝手な意見が飛ぶ。
◆そして、唐揚げ討論会スタートがはじまった。
「ゲンさんの唐揚げの秘密は“衣”にあると思うんだよ俺は!」
「」
「いや“油”だね!魂が宿ってた!絶対魂が揚がってた!」
「油…か……同じやつのはずなんだけどなぁ」
別の常連が手を挙げて立ち上がった。
「そうだ!!シン!ゲンさんは“塩唐揚げ”だった!」
「だからうちは、ニンニク醤油味一本だって言ってんだろ?!」
「いやいや!塩だよ!!あの塩味は疲れた身体を癒すんだよ!」
「味音痴かッ?!」
---
そこへ、休憩してたハルカがジュース片手に登場。
「味の秘密?知ってるネ。アメリカンソウルだよ。」
「いや絶対違うだろ!!まず、お前はおとーを知らないだろ??」
「うるさいネ、アメリカンは細かい事は気にしない!ソウルを込めるネ!」
「いや、味の話をしてるんだけど!?」
「ならソウルの味を作れ!レッツトライネ!」
「体育会系みたいな事言うな!」
◆ECOが唐揚げを一つ摘まみ……
もぐもぐ……
「……。」
「お、おお?どうした、ECOさん?」
ECOは数秒の沈黙のあと、真顔で言う。
「この唐揚げは……レシピ通りの味です。」
「でしょうねッ!!レシピ通り作ったもん!!」
「いえ、レシピに記載された素材・配合・温度から理論上導き出される味と、
私の味覚センサーの数値が完全一致しています。」
「???つまり……レシピは間違ってないって事?」
「はい。」
「ってことは……おとーがコッソリ“隠し味”でも入れてたってわけか!?」
ECOは少しだけ考え込み――
「隠し味……もしくは、人間がよく入れる“アレ”が含まれていた可能性が高いかと。」
「“アレ”?なんだよ?!」
ECOは胸に手を当て、少し誇らしげに言った。
「はい。“愛”です。」
「哲学やめろォォォ!!!
さっきまでめちゃくちゃ化学的に分析してたのに急に精神論とかやめて!?
愛なら俺だって負けてないからなぁ!!」
「きしょいネ」
「では……違いますね。」
◆仁さんがカラン、とグラスを置いた。
「まぁ、アレだな……シン____お前はゲンさんになりたいのか?____それとも超えたいのか?」
ふざけあった後の、まともな質問に答えが出ない。
「え??それは………」
「まずは答えを出す所から始めろ。まずはそれからだ。」
厳しくも優しい言葉だった。
※ストックを書き置きしていたアプリが使えなくなり、1から書き直す事になりました。
更新頻度が下がります。




