深夜の世界 〜米国少女突発婚姻録〜
『旦那様、お嬢様がお店に入られました。』
夕暮れの路地裏。黒いスーツ姿の男・助六が、
時代にそぐわない“ガチャッ”と鳴るトランシーバーを口元に近づけた。
双眼鏡の先では――
常連たちと笑顔で働くハルカの姿。
『ご苦労だ助六。すぐ向かう。』
低く渋い声が返ってきた。
やがて、店の前に大型の黒塗り高級車が止まり、
ガラッとドアが開く。
中からスーツ姿の男と、数体の強面御子が降りてきた。
店の扉を開けると同時に、店内の空気が変わる。
ガランッ
男は腕を組み、凍えるような視線を向けた。
「ハルカ。」
店は一瞬の出来事に静まり、ハルカの嫌悪感に察した、
メリーが男の前に武器を構える。
「ハルカ様お下がり下さい。命令を下されば排除いたします。」
「やめるネ…その人はあたしの____パパ…」
どよめく店内
「……了承しました」
メリーは武器をしまい、奥へと下がった。
「縁談が決まった。遊びは終わりだ。家に戻れ。」
「遊び?遊びなんかじゃない!……立派な仕事ネ!!」
「笑止。未熟者が何を言うか……料理一つ満足に作れぬと聞いたが?それでお金を貰って何が仕事だ?」
ハルカは机をバンッと叩き、
「そんな事ない!いいよ!なら作ってやるネ!!」
父は冷静に返す。
「そうか…なら――料理で示せ。
残る価値があるほどの実力をな。」
シンとシュウ、常連は何が起きているのか理解はできず、まるでドラマみたいなやりとりを肴に酒をつまむ。
(なんだコレ…なんだコレ?)
ハルカは厨房に飛び込み、シンが仕込み中だった唐揚げを揚げはじめた。
だが____
油の温度は高すぎ、黒曜石のように黒光りする唐揚げが出来上がった。
「ちょっと焦げたけど、香ばしさがクセになるから食べてるネ!」
(……ちょっと)
誰もが言いかけたが、空気を読んだ。
旦那様は唐揚げを眺め、何も言わずに一口かじった
____瞬間。
「……ッ!? ぉ、お゛ぇええええええッ!!」
悶絶し、嘔吐する。
「「「でしょうね!!」」」
その場にいる全員からツッコミが入った。
御子達は慌てふためく。
「旦那様ぁぁぁあ!!コチラお水をッ!?」
だが、父は席で苦しみながら、震えるながら、唐揚げを完食した。
周りは騒然とする。
「……た、食べきった……」
「おい、シンさん!初めてじゃぁねぇか?ハルカの料理を完食したのは?」
シンが引き気味に呟いた。
「いや、流石に食べなくても……」
父は水を飲み干し、シンに向って静かに言う。
「娘が作った料理だ。無駄にできん。それに____
料理は最後のひと口に答えが出ると、覚えておくといい」
シンはハルカの父親が“本物の料理人”だと悟り、口を噤んだ。
「恐れ入ります。」
父親は身を正し、厨房を眺め改めてハルカ言った。
「さて、ハルカ。何一つ成長していないじゃないか…
料理もできない。まともに片付けもできていない。
そんなお前でも『嫁いで欲しい』と申し出る者がいる。
悪い話じゃないんだぞ。家に戻るんだ。」
「いやネッ!!「作法」だの「礼儀正しく」だの、もううんざり!あたしのアメリカンソウルを邪魔しないで欲しいネ!!」
ハルカはダダをこねる子供のように机に突っ伏しながら叫ぶ。
「シン!代わりに料理をつくるネ!それで納得させるね」
「……よかろう。君の料理も気になっていたところだ」
「「「なんでだよーーッ!!!」」」
結局、ありがちな料理漫画のような勝負が始まった。
◆シンは仕方なく厨房へ入る。
慣れた手つきで唐揚げを作り差し出す。
「貴方が料理人であることはわかります。口に合うかわわかりませんが…どうぞ。」
父は一口食べ、目を細める。
「……悪くはない。だが君の親――ゲンさんの味には遠いな」
「おとーを知ってるのか!?」
「私が料理人を志したのはゲンさんのおかげだ。
君はまだ“あの境地”には届いていない」
「………返す言葉もありません。」
父は静かに言い放つ。
「ハルカ、茶番は終わりだ。帰るぞ。」
「シンの役立たずッーーー!!!」
ハルカは机に手をつき、叫んだ。
「いや!!アタシは帰らないネ!!」
「何故だ!なぜ拒絶する!」
ハルカは胸を張り、堂々と言い放つ。
「アタシ、自由になるって決めたネ!それに……結婚相手はもう決まっているネ!!」
「な、なに?!誰なんだ?!ハルカッ!!」
店内が時間が止まるかのように凍りつく中、
シンは心臓バクバク。
「け、け、結婚……!? (なんでこんなベタな展開にドキドキしてるんだ俺!?落ち着け…落ち着け…)」
胸が高鳴り、心臓が踊りはじめた。
ハルカは勢いよく刺した指先は
シュウへ向かっていた。
「あたし……シュウと結婚するネ!!」
「……え? え、ぼ、僕!? え?え??え???」
「ハルカ様?!」
慌てるシュウとメリー、少し落ち込むシン
(…………俺じゃ……ないんかーーい!……ちょっとでも期待した俺が馬鹿だった……)
ECOはシンの肩に手を置き、励ました。
「……マスター、落ち込まないでください。
まだ“選ばれる可能性がゼロではない”と判断します。」
「いや、期待はしてなかったよ……ただ、ちょっと、ドキドキしただけだから……」
シンは起き上がる。
だが店内をと大半の常連さんが肩を落としている事に気づいた。
「……俺じゃなかったのか……」
「……夢を………ありがとう…」
「短い青春だった____」
(あぁ……消え去りたい…コイツラと同じ同じ考えだったと思うと……消え去りたい…)
父親は眉をひそめる。
「君がそのシュウと言う少年かい?おい、助六、この子のデータはあるか?」
助六がシュウを見てメモを見返す。
「はい。旦那様………。え~と、特に目立った功績も無く……ただの凡人ですね」
父親が腕を組み、シュウを試すように見つめる。
「そうか。まぁいい。さて、問おう、シュウ君。
君は――ハルカを幸せにする努力はできるか?」
店内は静まり返った。突然の質問に
しばらく考えたシュウは、拳をぎゅっと握り、
震えながらも前へ進んだ。
「……ぼ…僕は、立派な人間じゃありません。
足も不自由で、体力もなくて、兄に頼りっぱなしで…ハルカさんとの性格もまるで逆です…
努力ではどうにもならないことが、この世には確かにあります…」
言葉は弱い。
でも――逃げていない。
シュウは深く息を吸い、真正面から旦那様を見上げた。
「____それでも。
ハルカさんと“幸せを共有する覚悟”なら……あります。」
ハルカは目を丸くし、息を呑む。
シュウは続けた。
「僕にはハルカさんの自由を叶えてあげる力はないかもしれません。
けど――自由を追うハルカさんの隣で、
一緒に笑って、一緒に泣いて、
どんな未来でも“二人で分け合う覚悟”だけは……誰にも負けません。」
喉が震えながらも、はっきりと言葉を紡いだ。
「____ハルカさんの……
僕に……ハルカさんの“半分”を、預けてくれませんか?」
シュウの言葉を聞いたハルカは、ぽかんとした後、
ぎゅっと唇をかみしめて、震える声で言う。
「……なにそれ……ズルいネ……」
目を潤ませながら、シュウに一歩近づき、
「“幸せにする”じゃなくて……“共有する”なんて……
そんな言い方されたら……さ……
アタシ……選ぶしかないじゃないネ……」
拳で自分の胸をトントン叩く。
「アタシは!
ずっと“自由”が欲しくて……
誰にも縛られたくなくて……
家から逃げてきたネ……」
シュウの手をそっと握る。
「けど……アンタとなら……
『縛られる』んじゃなくて……
『結ばれる』って……思ったネ。」
涙をぬぐい、いつもの調子に戻しながら笑い、
「アタシは強くないし、料理も少し下手だし、
たまにアメリカンソウルが暴走する、
変な言葉使いだってする、
それでも一緒に笑ってくれるネ?」
そして、胸を張り、
「アタシも覚悟はあるよ。
シュウと幸せを“共有”する覚悟____
絶対に……離さないネ!!」
「はい……よろしくお願いします。」
静まりかえった店内が湧いく。
「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」
常連客たちが、一斉に立ち上がって歓声。
「なんかわからんがお祝いじゃぁああ!!」
「祝儀だ!!袴を取ってこなきゃ!!」
「シュウ君!今のプロポーズは……10000点や!!」
「シュウちゃん……泣かせるじゃねぇか……!」
「シンさん!酒だ!酒もってこい!あれ?シンさん??」
誰もが祝い、祝福の言葉をかけるなか、シンは厨房の奥で静かに泣いていた。
あのシュウが……一歩進んだ……自ら一歩踏み出した事に……
かける…言葉が…見つからない、ただ、おめでとしか出てこない…
店内の熱気が落ち着き、
ハルカの父はゆっくりと立ち上がる。
腕を組み、鋭い目でシュウを見据える。
しかし先ほどの冷たさは、もう無かった。
「……なるほど。“幸せにする”と言えぬ弱さ____
だが“幸せを共有する”という強さ。これは……簡単には持てぬ覚悟だ。」
少し口元をほころばせる。
「シュウ君、君は自分が凡人以下だと思っているかもしれないが…君は立派な男だよ」
父親は静かに息をつき、ハルカへ向き直る。
「ハルカ……良い男を選んだな。
私は……父としてその判断を尊重しよう。」
ハルカは驚いたように目を見開いた。
「パパ……いいの……?」
父親は一歩前へ進み、ハルカとシュウをまっすぐに見つめ――
深々と頭を下げた。
「娘を……どうかよろしく頼む。」
その背中は、偉ぶるでもなく、威圧でもなく、
ただ一人の“父親”としての祈りに満ちていた。
茶番のような騒動から始まったはずなのに――
気が付けば、誰もが胸に熱いものを抱えていた。
◆そして……
「よーーし!!結婚祝いネ!!飲むネ!!」
ハルカが叫び、店中がどっと沸く。
「今それ決めるのか!?落ち着け!!」
シンが慌てても、常連たちはすでにジョッキを掲げていた。
「「「かんぱーーーい!!!」」」
父親も思わず笑いを浮かべ、差し出されたジョッキを受け取る。
「……ふむ、悪くない店だな。」
「でしょ!?アタシが選んだ店だよ!」
「はいはい、はいはい……」
シンは半泣きで片付けをしながら、どこか誇らしげだった。
◆宴は遅くまで続き、夜が明け始めるころ、
父親は車に乗り込みながら振り返った。
「いかん。少し飲み過ぎてしまった……
では、シュウ君、娘を頼んだぞ。」
シュウは胸を張り、まっすぐ応える。
「はい。必ず。」
父親は頷き――そしてシンへ向いた。
「それと……シュウ君のお兄さん。」
「は、はいっ。」
父親は少しだけ優しい目をして言った。
「余計なお世話かもしれないが、ひとつ助言を。」
シンは固唾をのんで聞き入る。
「君はゲンさんに近づこうと、“背中だけ” を追い続け、大切な事を忘れかけている」
「…………大切な事」
「だが君も料理人だ。いつか私の言葉を理解すると思っているよ」
「…………」
「なに、答えは、料理場に立てば自ずとわかる。
――ゲンさんの味は、君の中にも息づいているよ。」
父親は軽く手をあげ、車に乗り込んだ。
「では、また会おう。」
エンジンがかかり、黒塗りの車は静かに走り去っていった。
残されたシンは、胸の奥が熱くなるのを堪えながら呟いた。
「……おとーおかー……俺……がんばるよ……」
急展開すぎたかなぁ…




