風切ツバメの夢道中 前半
夕方の余韻がまだ残る『深夜の世界』。
開いたばかりの静かな店内では、シュウとECOが買い出し中、
ハルカとメリーは……案の定、遅刻。
久しぶりに訪れた穏やかな時間に、シンは思わず息をついていた。
そのとき――
カラン。
静かに戸が開いた。
「へいらっしゃ……」
振り返った瞬間、そこには――誰もいなかった。
ん?
「こっちだよ、人間。」
声のする方へ目を向けると、カウンター席に背を預けるように立つ、
旅人のような大きな帽子を深くかぶった御子がいた。
「なんだ、御子はお断りかい?」
「……いや、そうじゃねぇけどよ。ひとりで来たのは初めてかなって。
まぁ気を悪くしたらゴメンね。」
「いいさ。慣れてる。お邪魔するよ。」
御子はことりと椅子に腰を下ろし、店の隅々をゆっくりと眺めた。
「いい店だね。では――大将のオススメをお願いしようか。」
「おう、唐揚げだけどいいか? 好きなだけ用意するよ」
「気がきくね。そうだね、二つもらおう。」
「了解!」
唐揚げを準備している最中、その御子と沢山の話をした。それと質問をしてきた。
――店のこだわり
――どうしてこの名前なのか
――何年続いているのか
――どんな客が多いのか
まるで “人間という生き物そのもの” に興味があるようだった。
シンもつい、逆に質問してしまう。
「なぁ……失礼かもしれないが、君のマスターは……どうしてる?」
御子は一瞬だけ、遠くを見るような仕草をした。
「僕の名前は“ツバメ”と言われてた。
主は……ずいぶん前に『他界』したよ。」
シンは肩をすくめ、後悔する。
余計なこと聞いたか……?
「……あぁ。悪かった、無神経すぎたかな…」
するとツバメはふわりと笑った。
「そんな顔しないでくれるかい?
人間が有限だってことは、ちゃんと理解してる。
だから――気にしてないし、気にならない。もう慣れてさ。」
ツバメは帽子のつばを指で持ち上げ、夕方の光を受けて目を細めた。
「だから僕は旅をしてるんだ。
生前、主が言っていた“夢”をね――」
「夢?」
シンが思わず尋ねると、ツバメは微笑んだ。
「“全国のうまいもんを全部食ってやる”って主の口癖さ。
叶わなかった夢……なら、僕が代わりに辿ってやろうと思ってね。」
その声には寂しさも混じっていたが――
同時に、確かに前へ進む風のような強さもあった。
シンは少しだけ自分の死後を考えた。
丁度その頃、店の外から聞き慣れた声がする。
「ただいま戻りました、マスター。買い出しは完了しました。」
「兄、ただいま。今日スーパーがすごく混んでたよ……」
ECOとシュウが紙袋を抱えて帰ってきた。
シンが軽く手を挙げようとしたその時――
ECOがピタリと動きを止める。
「……マスター。あちらの御子……一人……ですか。」
ECOが静かに目を細め、警戒モードに入る。
シュウもつられてツバメを見るが、ツバメは悪びれず帽子を傾けて軽く会釈した。
「やあ、帰ってきたところをすまないね。僕はツバメ、ただの流れ者さ。」
「流れ者……?御子がひとりで飲食店に来る理由は……非合理的です。少し気になります。」
「あぁ、ソレには訳があってだな……その……」
ECOの反応は珍しく鋭い。
しかしツバメは穏やかに笑った。
「警戒しなくていい。旅の途中で、ちょっと立ち寄っただけさ。美味しい唐揚げをたべにね。」
「……美味い……?」
「お、おう?……まぁ…褒められると照れるな……」
シンが頬をかくその横、会計を済ませようと、ツバメは席を立ったが、
「さて、僕は今どうやら持ち合わせがないらしい。」
「わ?!まじか…まぁ唐揚げ2つだけだから今日はいいよ。またいつか払ってくれれば」
聞いたECOが少し強く言う。
「駄目です、マスター。ツケは増やすべきではありません。そうやっていつもツケが溜まって____」
「いや、でも…持ち合わせが無いんじゃぁ…」
ツバメは立ち上がり、背中の大きな刀を軽く叩いた。
「提案があるんだが、聞いてくれるかい?
僕はこの身ひとつでね。唐揚げ二つの対価として……
大将の御子に、ひとつ“剣の手ほどき”をするというのはどうだい?」
ECOとシュウが一瞬だけ固まる。
「……剣術を…ですか。」
「マスター、興味深いですね……受けてもよろしいでしょうか?」
ツバメは穏やかだが、どこか底の知れない静かな気配をまとっている。
戦闘用の御子とはまた違う、“旅の剣士”の空気。
シンは腕を組み、短く答えた。
「…そうだなぁ……まぁ、仁さん以外からも剣術を学べる機会があるのは良いことだ!しっかり学んでこい!」
「交渉成立だね。僕は礼儀だけは心得ているつもりだよ。金銭の代わりさ、とことん付き合うつもりだ。」
ツバメは立ち上がり、その場で静かに刀を構える。
空気が変わる。
ECOのセンサーがわずかに震えるほどの――“静かな圧”。
「ECO。」
「はい、マスター。」
ECOが一歩前へ出て、ツバメと向かい合う。
夕日の名残が店の入り口から射し込み、
二人の影が長く伸び、影に染ったその時、
「では……参るよ。」
ツバメが先に仕掛けてきた。




