ノンストップガール 前編
『久遠の刻』に挑んだんだ……」
仕込みの最中に手を止め、シンは深いため息をつき、テーブルへ顔を伏せた。
「結果から言う――ゼロ体でした。ゼロでした!!」
「落ち着いてください、マスター。何度口にしても結果は変わりません」
テーブルに突っ伏して嘆くシンを、ECOは冷静に見つめていた。
「だって! だって! 今なって考えたら悔しさが爆発してさぁ!!」
「それは私たちの実力不足です」
「ランダムマップ? 知らねぇよ、そんなの!」
珍しく、シンは酒をがぶ飲みしていた。
グラスの底が鳴るたびに、カウンターの空気が少しずつ重くなる。
ECOはわずかに眉をひそめた。
「……マスター、飲みすぎは肝臓に悪影響です」
「今は、心がズタボロだよ!!心を治すには肝臓くらいくれてやるよ!」
ECOは静かに首を傾げる。
「……心の耐久力も、訓練が必要ですね」
「心の耐久力ねぇ……つらいことには慣れてるはずなんだけどなぁ……」
テーブルに肘をつき遠くをながめる。
「慣れすぎると、鈍くなるものです。
でも、立ち上がるたびに強くなれるのも、人間の特権です」
シンは少し笑い、空になったグラスを置いた。
「あぁ……どこかに立ち回りを教えてくれる、接近戦のプロがいねぇかなぁ。
チャイナ娘みたいに接近特化いねぇかなぁ? ……いねぇよなぁ……」
「マスター…さすがに酔いすぎです」
その時、扉が――バァァン!! と勢いよく開いた。
「失礼するネーっ!! ECOのいるクラブはここネ!?」
シンとECOが、ぴたりと動きを止める。
扉の向こうに立っていたのは、金髪のツインテールの少女。
星条旗のジャケットを翻し、腰には巨大なリボルバーを一丁携えていた。
「マスター、まさか……フラグが立ちましたね。
チャイナ娘では、ないようですが……」
「チャイナッコ? ノンノン! アタシは“アメリカン”ネっ!」
ビシッと親指を立てる少女。
笑顔は太陽のように明るかった。
「アタシ、『ハルカ・ジョウガサキ』ネ!
相棒は第四世代の『メリー』ネ!
アタシ、ECOに憧れて神楽を始めたネ!」
「その身なりで日本人かよ?!……ってか、よかったな、ECO。お前にも人の心を動かせる力があるみたいだぞ?」
「そうかもしれませんが、私を目指すよりも、もっと強い方々を目指した方が合理的です」
「ノンノン! アタシは相棒と、四世代の汚名をぶっ飛ばしたいネ!!」
ハルカはリボルバーをクルクル回し、ニッと笑うと、
パァンッと一発、銃を撃った。
弾丸がシンの頬をかすめ、カウンターの酒瓶がひとつ、カタッと揺れる。
「安心するネ! おもちゃネ!」
シンはぽかんと口を開けたまま固まった。
「たまたまネットで見たの! ECOの配信!
“最速敗北記録更新”ってタイトル見て、“馬鹿だなぁ”って思ったネ!」
「あ、無知で傷に塩を塗るタイプの人だ……」
「けど、アタシのアメリカンなハートに、ECOの“不屈のソウル”が撃ち抜いたネ!
だからアタシも御子を買ったネ。初期型はいくら探しても見つからなかった…けど、調べると第四世代の"理不尽な世代"の記事を読んで、ハートがブレイクしたネ!この子と大神楽、"日本一"になろうって…思ったネ!!」
シンは頭を抱えながら、さっきまでの酒の勢いが嘘のように冷めていた。
「いや、お前日本人だろ? さっきから変な単語言ってるけど?!」
ハルカ・ジョウガサキは、カウンターの上に両肘をつき、きらきらした瞳でECOを見つめていた。
「アタシ、ECOと一度戦いたいネ! アタシの“アメリカン・ソウル”を証明するネ!」
「まず、人に銃を向けるなッ!!そしてお前は日本人だ!!大和魂…撫子魂だろ?」
「安心無用ネ、さっきのは威嚇射撃ネ!それにアメリカは自由で懐の深い国ネ!アタシがアメリカンと言ったら歓迎されたネ!!」
「いや…なんでだよ」
ECOが淡々と補足する。
「マスター、威嚇射撃は、安全弾によるものでした。致命傷の可能性はゼロです」
「なんか変な奴に絡まれた…ECO、なんとかしてくれ!」
ECOは小さく首を傾げた。
「処理対象、ですか?」
「いや、そういう物騒な意味じゃなくて!」
ハルカはケラケラと笑いながら、リボルバーをクルクル回す。
「Hey!マスター、アタシにチャンスくれるネ? ECOの“戦い方”、アタシも習いたいネ!」
「いや、戦い方って……お前、“神楽システム”の扱い方、わかるのか?」
「ノンノン、この前、神楽に参加登録したばかりネ! 細かいことは勢いでどうにかするネ!」
「勢いでどうにかなる世界じゃねぇよ……」
ECOがわずかに口元を動かした。
「ですが、マスター。
彼女のような“勢い”も、時にシステムの壁を超える鍵になります。
私たちにも……何か、ヒントが得られるかもしれません」
「はぁ……お前まで何言ってんだよ!?」
ハルカは嬉しそうに拳を握りしめた。
「やっぱり! ECOはわかってるネ! 理屈じゃなく“SOUL”ネ! これがアメリカンスピリット!」
「理屈も理解してほしいものです……」
シンは遠い目をして、グラスを持ち上げた。
「……フラグ、完全に立っちまったな」
「決まりネ!じゃあ紹介するヨ! アタシの相棒――『メリー』ネ!!」
ハルカの肩の上から、金髪のツインテールがふわりと揺れた。
そこに現れたのは、テンガロンハットを被ったカウガール姿の御子。
だが、その仕草は驚くほど落ち着いていて――
まるで和服姿の令嬢が茶席で礼をするように、優雅に頭を下げた。
「はじめまして。私は“メリー”と申します。
このたびはハルカ様がお世話になります。どうぞ、よろしくお願いいたしますわ」
「…………え、なにこのギャップ」
「でしょ!? アタシの相棒、完璧ネ!」
ハルカが胸を張る。
メリーはそんな主を静かに見上げ、穏やかに微笑んだ。
「ハルカ様。“完璧”などと仰いますと、天が笑われますわ。
人は皆、日々の精進をもってこそ成長できるもの。
どうか慢心なさらぬように」
「……えええっ、アタシ怒られてるネ!?」
ECOが淡々と分析する。
「なるほど。外見はウェスタン、内面は大和撫子。
文化的ミスマッチの極致ですね」
「いや、もはやジャンルのキメラだろ!」
シンが頭を抱える。
メリーはそんな騒がしさにも微動だにせず、
カウガール姿のまま、完璧な所作で会釈した。
「――賑やかでございますわね。
どうか、今後ともお見知りおきを」




