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焦がさずに、焦げ落ちる

夜が明けきる前――まだ町が眠っている午前四時半。

 遠くで新聞配達のバイクが通り過ぎる音だけが、外の時間を知らせていた。


 カウンターの奥。

 ECOは調理台に整然と並んだ器具を、ただ静かに見つめていた。

 光を受けた金属が、淡く冷たい光を返す。


 その横で、シンは仕込み台に突っ伏して、気持ちよさそうに寝息を立てている。


「……まったく。四時には起きると豪語していたのに」


 呆れたように言いながらも、ECOは起こさず、ただ見守っていた。

 いつ目を覚ますのか、少しだけ気になりながら。


 そのとき、シンの端末が小さく震えた。


 ――《久遠の刻 ご案内・予約指定時間まで 残り3時間30分》


 ECOは目を細めた。

 胸の奥に、かすかな緊張と――もう一つ、別の感情が混ざる。


 “どこまで通用するのか”――ただ、それだけを確かめたかった。


「ガラクタと揶揄される御子が、『久遠』でどこまでいけるのでしょうか……」

――誰も期待してなくても、マスター達だけは信じてくれた。

その“非合理”が、今の私を動かしている。

だからこそ、今度は私が“証明する番”です。


 静かな声が、夜明け前の厨房に溶けていく。

 ECOは、眠るシンに視線を向けた。


「ですが、あなたの“焦がすなよ”……その言葉、忘れません。

 焦がさず、煮詰めず、ただ静かに、時間をかけて――

 私の味を、完成させてみせます」


 短く息を整えると、ECOは静かに立ち上がる。


「ECO、出陣準備完了。――いつでも行けます」


 その声に反応するように、シンが寝ぼけた声を漏らした。


「……あれ……え? あっ!? やべっ……ECO!?」


「やっと起きましたか。あと10分で支度して下さい。始発にまにあいません」


「なんで起こしてくれなかった?!」


「……なんとなくです。」


 寝ぐせのついた髪をかき上げながら、シンはぽりぽりと頭を掻く。

 ふと、カウンターの上に置かれた一枚のメモに気づいた。


『頑張ってね♡


常連一同より


PS.お土産待ってるわ♡』


 シンはしばし黙ってそれを見つめ、そして小さく笑った。


「……ほんっと、緊張感のない奴らだ」


 窓の外、空が薄明に染まる。


 遠く離れた《久遠の刻》の戦場で――

 俺たちの伝説が、静かに始まろうとしていた。








◆久遠の会場


「それではエントリーNo.501番、ECO選手。ゲートへ移動して下さい。」


「では、マスター――行ってきます。」


「おう、暴れようぜッ!!」


 光が包み込み、ECOの姿が戦場へと転送される。

 白い砂漠。無数に刻まれた紋章。

 吹く風すら、どこか無音のように重い。


「久遠の刻――開始します」


「おぉ! なんか初めてみるステージだな!? ECO! 頼むぞ、まずは準備運動だ!焦るなよ!」


『はい。言われなくても大丈夫です。』


 初戦の御子が姿を現した。

 小柄な少女型。だが、手にした斧はECOの身長の二倍はある。


「……おいおい、武器サイズおかしくない?大丈夫?食らったら俺死んじゃうと思うんだけど?」


「サイズ差は問題ありません。当たらなければダメージは問題ありません。____では、行きます。」


 ECOが勢いよく地面を蹴る__


 ズボッッ!!


 ……ECO、右足が地面にめり込む。


『……え?』

「……え?」


 ふたり、同時に固まる。


 大斧が、身動きの取れないECOを軽く一振り。

 ECOの体が砂埃を上げて吹っ飛ぶ。


「痛ッ!? ……え? ちょっ、待って!? けっこう痛いんですけど?!」


『シンクロ率70%です。我慢して下さい』


「おいおいおい!? まだ一体目だぞ!? 相手AIレベル1だぞ!? 十体目までは無傷で行こうって____」


 ECOは砂に足を取られながらも立ち上がる。

 顔は無表情だが、声だけ少し怒っている。


『砂漠での実戦は初めてです………初戦から予想外で、想定外で、予定外です。』


「~??いや、全部同じ意味!?」


 ECOが再び構え、砂を蹴り――

 刀が光を放つ。

 斧もまた、唸りを上げて振り下ろされた。


 ――ドゴォォォン!!


 画面が真っ白になる。


 ……次の瞬間、通信が切断された。


「……え、ちょ、え? まさか……」


 《SYSTEM:敗北。記録 0体。》


「うそーーーん?! いや……え!? 移動時間の方が長かったぞ!?」


 シンは絶叫し、笑い声が、観戦ホールに響き渡たった。



---


 光が再び瞬く。

 ECOが、砂まみれで帰ってきた。


 髪から砂をパラパラ落としながら、呆然と呟く。


「……予定外で想定外でした。」


「どこの構文だよ!?」


 ECOはよろよろと立ち上がり、シンの膝に手をつく。


「……大丈夫か?えっと、その……あ…」


 沈黙。本気で凹むECOを見て、シンは必死にボケようとしたが、言葉が見つからない。

頭をフル回転させ、必死に言葉を探した。


「……あ…ぁ、まぁでも、これはこれで……悪くないか」


「何がです?」


「“最速敗北記録更新”って書けばバズるかもしれん」


「やめてください!!」


記念に1枚写真を撮った。


『初『久遠の刻』参加!』

“最速敗北記録更新記念”


とSNSに投稿した。




---


 ECOは膝を抱え、シンの膝の上でうずくまる。

「……想定外でした……ほんとに……」


 シンは苦笑しながら、その背中を軽く叩いた。


「まぁ、焦がす前に焦げ落ちたってことで」


「……それ、うまくないです」


「いいんだよ。今日の料理人は、“味”より“オチ”を取るんだ」


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