シュレディンガーの鍋 前編
ある昼下がり。
年に一度のガラクタ市が、商店街で開催されていた。
焼きそばの香り、子供の笑い声、値切り交渉の声。
どこを見ても人、人、人。まさにカオスの祭典。
シンは買い物袋を片手に歩いていた。
ターゲットは皿とグラス。居酒屋の備品は、割れたり欠けたりして消耗が激しい。
「だいたいみんな割りすぎなんだよ。半年で20枚は割ってるよ」
「す…すまない……兄」
素直に謝るシュウ。割った犯人の一人だ。
「おう、次割ったら一週間、“お兄ちゃん”って呼ぶ刑な!」
「な!?……わ、割らないように努力するよ」
「おう、頑張れ!!」
くだらないやりとりに露店の店主がクスリと笑った。
買い物はひととおり済み、帰ろうとしたそのとき――。
「……お?」
シンの視線がある一点で止まった。
高く積み上げられた土鍋の山。
素焼きの質感、黒く艶めいた蓋のフォルム。なぜか心を奪われてしまう。
「なぁシュウ、コレ……かっこよくね?」
「兄、まだ冬でもないのに土鍋は要らないよ……」
「いやいやいやッ!!今から新メニューを仕込めば、冬には土鍋料理デビューできるんだよ!
うちの店の未来のために必要なんだって!」
「……未来予測アルゴリズムが崩壊しました。」
シンの早口プレゼンが始まった。
一目惚れからの暴走は、いつものことである。
ECOが後ろから冷静な声を落とす。
「マスター、鍋の営業は非合理的です。滞在時間と単価が釣り合いません」
「いやいや、どうせうちの客はビール一杯で4時間居座るんだよ?!単価とかそんなもん最初から無いから!! 無いからぁッ!! 論破ァッ!!論破ァッ!!」
「……それは論破ではなく、感情論です。」
必死である。
結局ECOとシュウは根負けし、土鍋を一つ購入する羽目になった。
「買っちゃったぁ~!」
鍋を抱えて上機嫌なシン。まるで少年が新しいオモチャを手に入れたかのようだ。
「非合理的な出品です…」
「いいんだよ!衝動買いってのは魂の叫びなんだ!今1番求めているもんが土鍋だったって話さ!!」
「衝動的浪費、とも言います」
シンとECOの温度差が、6月の空の下で妙に映える。
◆帰り道
ちょうど角を曲がったところで、資さんが声をかけてきた。
「お?シンさん、それ鍋かい?いいねぇ~。鍋と言ったらやっぱ“鍋焼きうどん”でしょ。蓋を開けたら空へと昇る湯気、広がる香り……たまらん……よし、今日は鍋焼きうどんにしようぜ!」
「甘いな資さん! 鍋っつったらまずはモツ鍋だろ?!」
「はッ!!流石だよシンさん……モツ鍋は締めのうどんが最高に輝く、いいセンスだ!!」
すると、ちょうど通りかかったみっちゃんと仁さんが参戦。
「あら~♡鍋の話? もちろん“豆乳鍋”よ♡ 美容にいいし、野菜もたっぷり摂れてお肌つるっつる♡ 仁さんもそう思うでしょ~?」
「……鍋と言えば水炊きだ。シンプル、だが奥深い。出汁で勝負する……最高だねぇ」
「あ~ら♡ 渋いわねぇ♡お酒が進むじゃな~い♡」
わちゃわちゃと鍋談義がヒートアップしていく中――。
「……統合案を提示します」
ECOがスッと一歩前に出る。
「各人の主張が対立する場合、全ての要素を一度に検証するのが最も効率的です。すなわち――」
「「____闇鍋!!!」」
皆が叫んだ。
「いいじゃな~い♡ 闇鍋♡ 一度やりたかったのよね~♡」
「いえ、今そういう話じゃ……」とECOが止める間もなく、
仁さんも「……悪くない」と頷き、シンと資さんも「面白ろそう!!」と笑う。
シュウは諦めたかのようにECOを見て首を横に振る。
「こうなったらもう、誰にも止められないよ。」
こうして、居酒屋『深夜の世界』の
――突発・闇鍋祭が決定した。
◆そしてルールが決まる。
集まった全員が真剣(?)な顔で向かい合う。
卓上にはなぜか手作りのホワイトボードが置かれ、ルールが書き込まれていった。
①【出汁】ルーレットで決定する。異論は禁ずる。
②【具材】一人一種持ち寄る。固形物のみ。汁物を禁ずる。
③【食】部屋を薄暗くし、一人お玉一杯食す。
④【命】素材に感謝。お残しは許しまへんで!!
「なぜ関西弁なのですか?」
「私たちの子供の頃のおしえよ♡」
誰も止められなかった。
この瞬間、混沌の宴が始まったのだ――。




