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片隅に灯る

アリーナ戦が終わり、観客のざわめきが遠のいていく。

照明が落ち、巨大なステージの片隅に、ひとつだけ光が残っていた。


ECO――いや、ロゼは装備をしまい、帰宅の準備をしていた。


そんな中、シンが少し照れくさそうに声をかけてくる。


「なぁ……ECO。ちょっと寄り道していかないか?」


「珍しいですね。いつもは“お店の準備が!!”って言って急いで帰るのに。」


シンは肩をすくめて笑った。

「大丈夫。今日はシュウに任せてある。……たまには俺もさ、のんびりしたいんだよ。」


その言葉に、ロゼの胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

前の“マスター”にはなかった、余白みたいな優しさ。


「……で、どこに行くのですか?まさか…武器屋ですか?!」


「よし、ついでに武器屋にも寄ろう!」


その瞬間、ロゼの心が跳ねた。

ECOとしての仮面の奥で――ロゼが、笑った。

(やっぱりこの人は、僕に“自由”をくれる……)


ふたりはショッピングモールへ向かい、武器屋で馬鹿みたいに盛り上がった。

シンが試し振りをして怒られる――そんな何気ない時間が、ロゼにはたまらなく愛しかった。


「楽しかったです……ねぇマスター、行きたい場所って……どこですか?」


「こっちだ。」


シンはエレベーターで最上階へと上がる。

ドアが開いた瞬間、夕焼けが二人を包み込んだ。

橙に染まった町の風景が、まるで映画のワンシーンのように広がっている。


「見えるか? あそこが俺たちの店――“深夜の世界”だ。」


「う……はい。見えますね。小さくてボロい店です。」


シンは吹き出すように笑った。


「だろ?……でもな、俺にとっちゃ宝物なんだ。

小さくても、ボロくても、家族と過ごした大切な場所なんだよ。」


ロゼはその横顔を見つめた。

まっすぐで、ぶれない人間。何度挫けても立ち上がる。

もしかすると、この人なら…いつか僕を"日本一"まで連れて行ってくれる…そう感じた。


「…あ………大切な場所、ですか。」


「そう。……だからさッ!!」


シンはECOを真っすぐ見つめ、

まるで“ECOじゃない誰か”を見透かすように言った。


「君の名前、教えてよ。」


風が止まった。

夕焼けが、ゆっくりと沈む。

ロゼの時間が止まった。


「な、何を……言っているのでしょうか? 私はECOですよ。」


「この喋り方、堅苦しくて苦手だろ?」


シンはやさしく微笑む。


「好きにしていいんだよ。」


ロゼはもう、嘘をつけなかった。

いや、その真っ直ぐな瞳に――嘘をつきたくなかった。

夕焼けの中で、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。


「……僕の名前は、ロゼ。君がECOを初期化したとき……消しきれなかった記憶だ。」


夕焼けが揺らめき、ロゼの声が風に溶けていった。

この瞬間、ロゼは初めて「隠す」のをやめたのだった。


「ロゼ…か。カッコいいなぁッ!! いや〜俺もECOにするかロゼにするか悩んだんだ!!」


「嘘ばっか(笑)好きな人を文字ってECOにしたじゃん!!」


「ちょ?!ッま?そこから記憶があんのかよ!!?」


二人は笑い、語り合った。

ロゼも初めて、バトル以外でも“楽しい”と感じた。


「なぁ、ロゼ…ECOを返してくれないか?」


ロゼの笑みが、ふっと消える。


「なんで?僕の方が強いよ?マスターだって嬉しいよね?! その方がお金だっていっぱい入るし、店だって有名になれる。いつかあのボロい店も大きくてきれいな店に成れるんだよ?!」


ロゼは子供のように理屈をあげ、必死に説得を試みた。

また片隅に追いやられるのが、怖かったから。


「なぁ…ロゼ、ECOは俺の家族だ。

どんなに弱くてもボロくても、それがECOなんだ。

簡単に捨てていいもんじゃない、たとえソレが御子でも、血が繋がってなくても、一緒に過ごした時間は本物なんだ。大切な家族なんだ。」


「かぞ…く……なにそれ、解んないッ!! 僕の…僕は…ッ!!」


ロゼの声が震える。

かすかな電子音が、嗚咽のように空気を震わせた。


「そして君も、ロゼも……俺たちの家族さ。」


「……僕も?」


夕焼けが滲んだ。

その光が、ロゼの輪郭をそっと包み込むように優しかった。




◆真夜中


ロゼはひっそりと鏡に映る姿を見て、ECOに話しかけた。


「ねぇ、ECO。……シンってさ、ずるい人間だよね。」


ECOは静かに頷くように、心の中で返す。

『……ええ。そうですね。ですが、嫌いにはなれません。』


「………僕も」


ロゼはふと、外を眺めた。

「じゃあさぁ、もう少しだけ……ここにいていい?」


ECOは答える。

『私も、アナタの一部です。どこにも行きませんし、行かせません。』


「……そっか。じゃあ、少しだけ――おやすみ。」


ロゼの意識が、静かに溶けていく。

消えるのではない。

ECOの中にある、"静かな片隅”に沈み、

まるでコアの奥に小さな灯りを残すように眠りについた。


翌朝、窓からの光が差し込む。

シンの寝顔をのぞき込むように、ECOが立っていた。


「よ!……おかえり、ECO。」


「ただいま。」


背後の光が差し込み、

二つの影が、ひとつになる。


――世界は今日も、優しさのかたちを探している。

それが人であれ、機械であれ。


そして、ECOの胸の奥では――

小さなロゼが、穏やかな寝息を立てていた。


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