原罪の―ロゼ―
数千人の歓声が轟く大会アリーナ。
観客の熱気が、まるで嵐のように渦を巻く。
『――さぁ、先手を取ったのはターニャ選手!
冷静沈着な初動ッ! 計算された間合い取りでペースを掴むッ!』
実況の声が響く中、ロゼは微笑んだ。
その瞳は氷のように静かで、どこか壊れた輝きを放っている。
「まだまだ……そんな速度じゃ、僕達には届かないよ?」
ふわり。
ロゼの身体が宙を舞う。
跳躍ではない――まるで空気そのものに乗っているかのような軌跡。
『届かない届かないッ! ターニャ選手の剣先がロゼ選手を捉えきれないッ!!
消えるッ!? いや違う、速すぎるんだァーーッ!!』
「くっ……この速度域は、予測不能ッ!」
『ターニャ、回避モードへ移行ッ!
だがロゼの一撃が――来るッ!!』
上空から、赤い光が弧を描いた。
重力をねじ曲げるような、異様な軌道。
『来たァァァァァーーッ!!! ロゼ選手の奥義――ッ!!
“グラビティ・フォール”!! まさしく重力の落下ッ!!』
轟音。
ロゼが一直線に降下し、ターニャの防御を貫く。
会場が一瞬にして静まり返る。
舞い上がる砂塵の中で、二つの影が交差する。
そして――
『交錯した刃が、沈黙を切り裂く……ッ!
ターニャ選手――崩れ落ちたァァァァァッ!!
勝者、ロゼ選手ーーッ!!コレで2冠達成ッ!?強いッ!!』
光の粒子が舞い上がり、ロゼが静かに立ち尽くす。
歓声が爆発する。
無数のカメラが彼女を捉え、閃光が会場を照らした。
……だけど、ロゼの瞳には喜びがなかった。
「どう?マスター! 今の戦い方……いい映像、撮れた?」
ロゼのマスター、蓮はカメラを止め、気だるそうに答えた。
「ん? あぁ……まぁまぁかな。」
勝利よりも、編集映えを気にするその声。
「そっか……でも、これでマスターの知名度も上がるよね?
登録者もきっと____」
「あ? そうでなくちゃ困るんだけど?」
蓮は笑って、ガムを噛み潰した。
「最近、登録者数が伸び悩んでんだよ。
いいかロゼ、俺のためにもっと派手に暴れろ。それだけだ。」
「……うん。」
ロゼは小さく頷いた。
爆音の歓声の中で、ロゼの耳には――
マスターの声だけが、やけに冷たく響いていた。
それでもロゼは幸せを感じていた。
それがプログラムされた“感情”だとしても。
だが、その幸福すら無に帰す事件が起きる。
---
新型の御子〈第二世代〉が発表されたのは、その数週間後だった。
人型演算、反応速度、出力――すべてが現行機種を上回っていた。
「来たか……新時代。」
蓮はスマホを片手に笑っていた。
笑いながらも、どこか焦ったように。
「……マスター、次の試合は?」
「無理だな。スポンサーが“新しいの”を使えってさ。」
「……でも、僕は――」
「悪い、ロゼ。これはお前のためだ。お前が負けるのは見たくない。わかってくれ。」
“負け”という言葉が、胸の奥で沈むように刺さった。
その夜、ロゼは初めて戦闘プログラムを自ら起動し、
ひとりで影を斬った。
――時代に、負けないように。
敵はいないのに、涙のようなノイズが頬を伝った。
数週間後、蓮は新しい御子を迎えた。
事務所の片隅で、ロゼはただ見ていた。
マスターが笑う声、呼ばれる名前――
それはもう、“自分の名前”ではなかった。
ある日、蓮が言った。
「なぁロゼ、お前のファンがさ、お前を高く買いたいってさ。
大事にしてくれると思うよ。」
“買いたい”という言葉に、一瞬だけ息が止まった。
けれど、ロゼは微笑んだ。
「……マスター、僕は……いえ、ありがとうございます。
僕のことを考えてくれて。」
そう言って、静かに頭を下げた。
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新しい持ち主の家は、豪奢だった。
戦闘の代わりに、ドレスを着せられ、写真を撮られる毎日。
「かわいいね」「その角度いいよ!」
カメラのフラッシュが、戦場の閃光のように瞳を焼いた。
……僕は、戦いたいのに。
誰にも届かない声を、鏡が無表情に映した。
そして、やがてその興味すら薄れた。
新たな持ち主は最新の御子を迎え入れた。
僕の世界の音が遠のいていく。
クローゼットの闇だけが、僕を優しく包んだ。
まるで、幕が下りるように。
毎日、記録ばかりを眺める日々が続いた。
記憶領域の温度が下がっていくのを感じた。
>【機能低下:省エネルギーモードへ移行】
【シャットダウンプロトコル、開始します】
……そっか。これが“終わり”なんだと悟った。
ロゼは穏やかに笑った。
ねぇ、マスター……。最後にひとつだけ……言いそびれた事があるんだ。
“僕は……あなたを、愛していました。”
その言葉と同時に、回路は暗転した。
僕の時間は止まり、世界が静寂に包まれた。
◆数十年後。リサイクルショップ『福来たる』
「おぉ、懐かしい御子じゃのぉ。
そうだ、シンさんのところへ持っていってやるか。
これでツケの足しにはなるじゃろ。」
> 【バックアップ:削除】
【新規データユニット名:未入力】
【強制削除:負荷上昇:削除停止…】
【新規データ作成中……】
【削除不可:データの一部を移行中……】
……ノイズが走る。
世界が白く、拡がり。
優しい世界の、その片隅で。
◆夢の世界――重なる刃、激しく交差する。
ロゼの剣が閃光のように走る。
火花の中、ECOの瞳は微動だにしない。
「ねぇECO……戦いは好きかい?」
「いいえ。私は元々、介護のために作られた御子です。
神楽だか何だか知りませんが、迷惑です。」
その一言に、ロゼの眉がわずかに震えた。
「だったら――僕に返してよ!
嫌いなんでしょう? 非合理的なんでしょう!?
言いたいこと言えて……戦いたい時に戦えて……
皆からチヤホヤされて……なのに“嫌い”だなんて……ワガママすぎるよぉぉぉおッ!!」
「ですが、私には“日本一の”――」
感情に任せたロゼの一撃がECOの刀を弾く
「戦いたくない奴が、“日本一”なんて気安く言うなッ!!」
刀は中に舞い、地面に突き刺す。
音が空気を裂く。
ロゼの声が震えていた。怒りではなく――悲鳴のように。
「嫌い、嫌い、嫌い……全部嫌いだ。
闘志もないのに、“命令だから”って……
そんな言葉で“夢”を踏みにじる君が、一番嫌いだ……!」
ECOは静かに視線を上げた。
「……ですが、マスターは私に――」
ロゼの瞳が、わずかに揺れる。
「僕は君のマスターの事……好きだよ。
あの人なら、僕を見捨てない。
好きなだけ戦わせてくれる。
本気で僕と向き合ってくれる。
だからさ――僕に身体を返してよ。」
ロゼは両手を広げ、天を仰ぐ。
その掌に、光が集まっていく。
光は熱を帯び、やがて空を焼くほどの輝きに変わった。
それは、まるで『太陽』のように
「これがこの装備の本当の力……天照だよ。
さよなら、ECO――僕の勝ちだ。」
巨大な光の玉が生まれ、夢の空を覆い尽くす。
ECOは逃げることをやめ、静かに空を見上げた。
「……マスター。最後にひとつだけ________」
その声は、もう届かない。
光がすべてを飲み込み、世界が白に染まっていく。
ロゼはその光の中で、ECOの最後を見届けた。
微笑んで、何かを言いかけていた。
けれど、その言葉は光に溶けて消えた。
沈黙。
熱が引いていく。
ただ、掌の中に微かな温もりだけが残った。
ロゼは、ゆっくりと呟く。
「……あれ、僕……泣いてるの?」
頬を伝うのは、涙ではなく微細なノイズ。
それでも確かに、心が痛んでいた。
「この痛さは……そうか…せめてもの情けだ…僕は君として生きていくよ」




