優しい世界 ―Re:code―
__この世界は、優しい。
誰かが差し出す手。
誰かがくれる微笑み。
どこまでも穏やかで、どこまでも柔らかい。
けれど――時々、思うんだ。
優しさって、本当に“救い”なんだろうか?
涙を拭ってくれる手が、
ほんの少し冷たかったら?
笑い声の裏で、
誰かが黙って泣いていたら?
痛みを忘れさせる優しさは、
本当に優しさなんだろうか。
もしも、傷つくことさえ許されない世界なら。
もしも、泣くことすら間違いだと笑われるのなら。
そんな世界は、きっと――あまりにも優しすぎて、
少しだけ、こわい。
だから僕は祈る。
どうか世界が、ほんの少しだけ不器用でありますように。
優しさの中に、ほんの少しの痛みを残しておいてほしい。
その痛みこそが、
きっと、“生きている”証だから。
◆昼の日光が「深夜の世界」を包んでいた。
換気扇の回る音、揚げ油のはぜる音、
そしてどこか懐かしい、だしの香り。
「シュウ! 今日の筑前煮の仕込み、お願いなー!」
カウンターの奥からシンの声が響く。
「うん。わかったよ、兄……」
「シュウ?」
シンがニヤリと笑う。
「お……お兄ちゃん…」
赤面しながら、小さくそう呼んだ。
何も変わらない、穏やかな昼下がり。
あの日以来、シュウは少し明るくなった気がする。
自分から会話を切り出したり、常連と冗談を交わしたり。
その姿を見るたびに、胸の奥があたたかくなる。
けれど、変わったのはシュウだけではなかった。
「マスター、串打ちが終わりました。神楽へ向かいましょう。神楽へ。」
……前よりもECOの“神楽”への催促が増えた。
しかも――勝率も、確実に上がっている。
「お、おう……そうだな。唐揚げの下味が終わったらな!」
「下味は不要です。唐揚げの味に差は出ません。無意味。早く行きましょう、早く。」
声はいつも通り冷静だ。
だが、その“冷たさ”の向きが違う気がした。
「わかった、わかったよ……ごめん、シュウ。下味、お願いするわ!」
「うん。わかったよ…あn……お、お兄……ちゃん。」
「(笑)」
何度聞いても、シュウの「お兄ちゃん」はくすぐったい。
言い出したのは俺だけど……律儀に守る姿が、妙におかしい。
あと一週間くらいは、言ってもらおうかな。
「ECO? どうした?」
ふと見ると、ECOが厨房の隅で動きを止めていた。
「……何でもありません。」
答えは短く、どこか冷たい。
何かを隠している。
だが、今のECOが何か“抱えている”ことは、俺にも分かっていた。
最近、スマホにこんな通知が届くようになったのだ。
> 『システムに、異常な負荷をを検知。』
『削除できませんでした。』
本人に聞いても、ECOは淡々と答える。
「アップグレードによるものです。不要なので、随時削除しています。」
だが、その“不要”の中に、
確かに“何か”が息づいている気がしてならなかった。
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そして、G2アリーナ戦。
今日もECOは好調な戦いを見せていた。
3連勝の後、上位の御子との対戦に挑む。
結果は惜しくも黒星。
けれど、その顔は負けたとは思えぬ表情だった。
「大丈夫か? ECO」
「ハァ……ハァ……負けた――けど……楽しいッ!!」
その言葉に、胸の奥がざわめいた。
“合理性のための戦い”ではなく――“感情のための戦い”。
ECOの中に、何かが芽生え始めている。
あの日、感じた違和感が……再び蘇る。
まるで、何かが世界を書き換えようとしているように。




