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犬とオカマが吠える夜 後編

____夜。

街の灯が霞むほどの高さにある、ビル最上階の一室。

分厚い絨毯と無機質な照明だけが、妙に広すぎる空間を支配していた。


机の向こうに座るのは、漆黒のスーツに身を包んだ男。

その視線だけで、呼び出された男の背筋は凍りついていた。


「……わかっているのかね?」


低く抑えた声が室内を震わせる。

怯える男は思わず膝を折り、うつむいた。


「旧型の御子がG2で快挙__それだけで市場がざわめいている。

ECO……そう呼ばれている個体のせいで、リサイクル店に人が押し寄せ、新型の売上は落ち込む一方だ」


淡々と告げられる言葉の一つひとつが、刃のように突き刺さる。

そして冷酷な瞳が細められた。


「……G2へ昇格させると提案したのは、他ならぬ君だ。

さて、どう落とし前をつけるつもりかね?」


男は震える手で額の汗を拭い、必死に声を絞り出す。

「……は、はいっ。事の重大さは、十分承知しております……。ですが……されど旧型。

必ずボロを出します……やがて人々は、新型こそ正しいと気づくはず……」


言いながらも、その声はかすれ、今にも泣き出しそうだった。


長い沈黙。

上座の男はただ無言で、氷のような瞳を細め、机の上の指先で規則正しく机を叩き続ける。

――その音が、怯える男の心臓を刻む時計の針のように響いていた。



---


AM1:00

重苦しい圧から解放された男は、全てが嫌になり、遠くの町へとタクシーで1時間走った。

カラフルな街並みから少しずつ色が消え、窓の外は寂しく光る街明かり。まるで「逃げてきた自分」を迎えるように。


都会ほどの喧騒もなく、客引きもいない。今の自分には、この静けさが心地よかった。


やがて、ふと耳に入ったのは、一軒だけ賑わう店の声。

笑い、怒鳴り合い、時に泣き、また笑い…本音でぶつかる声。


胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。

(……羨ましい)


そんなことを考えながら立ち止まっていると、不意に背後から声がした。


「あら~♡ 見掛けない顔ね♡ 疲れきった犬みたいよ♡まるで野良犬ね♡

迷ってないで入りなさいな♡ この店は誰も拒まないわ♡

暖かくて、居心地がいいわよ♡ ……まぁ、馬鹿と貧乏人しかいないけどね♡」


振り返れば、派手な化粧をした大柄な男が、にこやかに肩を組んできた。

呆気に取られる間もなく、そのままズルズルと店へと引きずり込まれる。


「シンさん♡ 新しいお客さん連れてきたわよ♡

私はソルティドッグ♡さぁ、あなたは何にする?」


男は流されるがまま。

「え、えーと……とりあえず生で…」


「ねぇお兄さん♡私お酒占いが得意なの♡

“とりあえず生”って頼む男は、上司に逆らえない子犬ちゃんタイプなのよ♡

どう?当たっているかしら?何か悩みでもある?」


妙に当たっている……いや、見透かされすぎて怖い。


その場を逃げようと立ち上がった時――。


「お待たせしました。生ビールとソルティドッグです」


…が…ガラクタの________


鬱の原因であるECOが、トレイを持って立っていた。


一刻も早く帰りたい__。


「あ、いえ、その……自分……お金無くて……その、雰囲気だけでも……。だから……帰ります」


慌てて店を出ようとした時、オカマに腕を掴まれた。


「いいのよ♡今日はあの人奢り♡」


指差された先には、白髪混じりの中年男。

こちらに向かって、上機嫌にピースサインを送ってくる。


「今日競馬で儲けたらしいのよ♡ だから大盤振る舞い! さぁワンコくん、今夜は吐き出しちゃいなさい♡」


「あ、あ……じゃあ……一杯だけ……」


善意に甘え、席に戻った。



---


2時間後。


「自分だって必死に頑張ってきたんですよッ!!

なのに誰も褒めてくれないし! 『どんまい』って……お前が出来ないから自分が代わりに____!」


涙と酒、声を荒げ日頃の鬱憤を晴らすように吠える。

この人たちなら、受け止めてくれる。そう思えた。


「あらあら、よく吠えるワンコちゃんね♡ その勢いで上司に吠えてやりなさいよ♡」


「……無理ですよ。会社では尻尾を振るしか出来ない飼い犬なんです。

ここでは大きな顔をしてますが……いざ上司を前にすると……」


「あなたは頑張っているわ♡」


「自分の何がわかるんですッッ!!」


「だって、ブラック企業だと知ってても毎日出勤して、遅くまで働いてるんでしょう?

それほどの根性があるなら、言えるわよ♡ 『辞めてやるよバーカ』って!」


「か、飼い犬の自分が……そんな……」


「飼い犬に手を噛まれるってことわざ知ってる? バカな上司には吠えて噛んでやりなさい♡

毎日怒られるより、一度噛みついて辞めた方が楽よ? 野良犬らしく自由になりなさい!」


オカマの真剣な声。

「吠えるのは辛い、けど吠えない方がもっと辛いのよ。同じ犬なら――吠えてやりなさい!」


その瞬間、抑えていた涙がついに崩れ落ちた。

初めて会ったばかりの人たちが、ここまで真剣に話を聞いてくれたのだから。


店内も励ましと同情の声で溢れていた。

ただ一体の御子だけが、???な顔をしていた。



---


後日。

男は会社を辞めた。

あの居酒屋のある町へと引っ越した。


1から……いや、ワンからのスタートだなぁ。(笑)


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