『笑っとけ』
「__この匂いは…」
閻魔の瞳が揺らぐ。
冷徹で氷のようだった眼差しが、初めて迷いを帯びていた。
おとーは無言で皿に盛り、玉座の前へと差し出す。
鬼たちが止めようとしたが、閻魔は手をかざし制した。
零司はゆっくりと箸を取り、一口。
__その瞬間
「__この味は?!」
裁きの日々に埋もれ、かつての仲間の顔すらも忘れていた今、記憶が雪崩のように溢れ出す。
「……お前、シンなのか」
閻魔の声が震える。
「僕だって……辛かった。毎日毎日……地獄に落とす者の絶望する顔、僕を恨む顔、情けを乞う声……どうしていいか、僕にも分からなかった……」
零司の肩が静かに震える。
玉座に座したまま、こぼれることなく、ただ頬を伝って落ちる涙。
声はなくとも、その静かな涙がすべてを物語っていた。
「泣くなよ、閻魔」
シンはふいに笑う。
「うちの家訓を教えてやる。“笑っとけ”。それだけだ」
零司は目を見開き、そして__かすかに口元を緩めた。
「……馬鹿だな。お前は、本当に_馬鹿だよ」
だがその声は、もう冷たくはなかった。
気付けば、裁きの間は大宴会と化していた。
おとーの焼きそば、近所衆の酒、太鼓と笑い声。
零司も鬼も杯を取り、シンと肩を並べて笑っていた。
「いいのかよ、閻魔様がこんなはしゃいで」
「コレまで年中無休で来たのだ。1日サボっても罰は当たらない。
それに、たまには裁きより、人の温もりに浸りたい」
その笑顔は、あの頃の同級生のままだった。
宴の終わり、零司は立ち上がり、光を手の中に生み出した。
「シン。お前はまだ現世でやることがあるそうだな。」
「おうよ、その焼きそばを超える焼きそばを作らなきゃならねぇ」
「それではない」
零司の掌から零れた光は、まるで陽が昇る瞬間のように、暗闇を押し返した。
「これは“天照”。私が与えられるせめてもの情だ。
時間制限はあるが……困った時は必ず力になる」
二人は拳を軽くぶつけ合った。
「……ありがとな、零司」
「……またいつか会うだろう、シン」
俺は振り向き大声で叫んだ
「おとー! ありがとう、おかーにもよろしくって伝えておいてくれ!」
おとーは何も言わず、背中を向けたままだった。
「おいおいゲンさん?! もしかして泣いてる?!」
皆がゲンの珍しい姿を肴に盛り上がった。
気付けば、シンの足元は光に包まれていた。
「行け。お前の仲間が待っている」
零司の声を背に、シンは再び現世の肉体へと引き戻されていく____
(と、その前にやる事が__)
肉体へと戻る途中で、ふと寄り道をした。
観客席に響く嘲笑。押し込まれるECO。
必死に声を上げるシュウ。
シンは静かに微笑んだ。
「シュウ、ECO……よく頑張ったな」




