元祖『深夜の世界』極楽行軍
気付けば、懐かしい顔ぶれが店の中にも外にも集まっていた。
俺とシュウとよく遊んでくれた近所のおじさん。
酒が入ると決まって武勇伝を語っていたおじさん。
来るたびにお土産をくれた優しいおばさん。
――みんな、もう会えないはずの人たちだ。
「おいゲン! 聞いたぞ、閻魔様んとこ行くらしいな!」
「よっしゃぁ! ならパーッとやろうじゃねぇか!」
誰もが笑顔で声をかけてくる。
空気はやけに浮き立ち、“お祭り騒ぎ”のように盛り上がっていた。
「気をつけて行ってらっしゃい」
店に残ったおかーは、火打石をカチリと鳴らし、清めるように見送ってくれた。
その瞬間――世界の色はガラリと反転する。
――あたりの喧騒がすっと遠のく。
太鼓の音も、人の声も、やがて潮騒のように溶けていく。
足元のアスファルトが、いつの間にか石畳に変わっていた。
笑い声、歌声、三味線に太鼓。
かつてのご近所衆が、獅子舞や神輿まで担いでいる。
誰もが踊りながら進んでいく。
その光景は盆踊りのようで、葬列のようでもあった。
――まさしく“極楽浄土”を映したかのようだった。
やがて、靄の中から黒々とした巨大な門が姿を現す。
表面には無数の手形が押し付けられたような痕がびっしりと浮かんでいた。
「さぁさぁ、みなよ……いよいよ閻魔様のお出ましだ」
囁き声と、地を突き上げる太鼓の響きが絡み合い、逃げ場を塞ぐ。
俺はただ、背筋に走る寒気を振り切るように前へと進むしかなかった。
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黒々とした門をくぐると、そこは広大な裁きの間だった。
玉座の上、冷ややかな眼差しを落とすのは――閻魔。
「……居酒屋のゲンとその連れか。天国での生活に不満か?」
その声は重く、圧を伴っていた。
まるで氷の刃に刺されたかのように、決して温度を持たない声。
だが、この声、この姿。間違いない。
かつて学校生活を共に過ごした同級生___
冥極零司。
「……冥極__」
だが、閻魔は冷たく吐き捨てる。
「……誰だ、お前は?」
胸の奥がずきりと痛んだ。
肩を並べて笑ったはずの友が_自分を忘れている。
おとーが前に進み出て、静かに言った。
「閻魔さんよ、うちの息子はまだ死んじゃいねぇ。ちとここに来るのは早ぇんじゃねぇか?
もう少しだけ、現世で勉強させてやっちゃくれねぇかい?」
閻魔は冷ややかに目を細める。
「たしかに肉体はまだ生きている。だが、直に尽きる。
……若い命を拾ったせめてもの褒美だ。
それとも、こちらが望みか?」
指先を動かすと、漆黒の門が開く。
その奥からは悲鳴と嘆きの声が溢れ出し、無数の手が伸びてくる。
「そんな話じゃねぇよ。……まぁ、勿論タダでとは言わねぇ」
おとーの連れたちが、大きな鉄板とコンロを運び出す。
「お、おとー!? 何するつもりだよ!?」
次の瞬間――
鉄板にラードを落とし、豚肉、麺、もやしを炒め始めた。
「無礼者! やめろッ!」
鬼たちが一斉に飛び出す。だが、閻魔が手を挙げると、ピタリと止まった。
「……待て」
鼻を掠めた香りが、零司の心の奥を突き刺したのだ。
どこかで嗅いだことのある匂い。
遠い昔――忘れていた、祭りの夜の記憶を呼び起こす匂い。
鉄板の上で油が跳ね、ジュワッと香ばしい音が広がる。
豚肉が焼ける匂い、もやしの甘さ、ソースの濃厚な香り。
それは確かに、冥極零司の心の奥底に眠っていたものだった。




