おとー、おかー
病室のベッドで、シンは息を整えながら語り始めた。
「……でな、それで、ちょっと妙な体験をしたんだ」
意識が遠のき、風鈴の音が微かに耳を打った。
目を開けると、そこは病室ではなかった。
見慣れたはずの自宅の天井。
……だが、どこか違和感がある。
(知ってる天井……いや、キレイになってるか?)
「なんね、起きたと? なら、はよ起きてこんね」
懐かしい声。
そこに立っていたのは、もう二度と会えないはずのおかー(母)だった。
(……え?)
「どうしたと? ぼーっとして」
笑いながら手招きする姿は、記憶の中のままだ。
何が起きているのか分からない。
だが、ただ導かれるままに――おかーの背中を追った。
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家の中はすべて「あの頃」のまま。
落書きだらけのカレンダー。
シールがべたべた貼られた柱。
油で黒ずんだ暖簾と、懐かしい匂い。
涙が出そうになる。
やがてカウンターに腰を下ろすと、厨房に立つおとー(父)の背中が見えた。
「……おとー」
声をかけても、返事はない。
だが、黙々と料理をして、唐揚げ定食を俺の前に置いた。
「……コレは」
「……黙って食え」
短い一言。
その響きに胸が締め付けられた。
箸を割り、唐揚げを口に入れる。
________懐かしい
衣がカリッと弾け、油の香りが広がる。
舌に染み込むのは、醤油とニンニクのこの味。
俺がどんなに足掻いても出せなかった、“あの味”だった。
夢でも幻でも――この味だけは嘘じゃない。
「俺は……頑張ってるんだ……この味に少しでも近づきたくて……俺は……」
気づけば涙が零れていた。
おかーが優しく頭を撫でてくれる。
「大丈夫たい。アンタはよくやっとる」
俺はご飯も味噌汁も、一気にかき込んだ。
胸の奥まで、あの頃の温もりが広がっていく。
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「食ったんなら行くぞ」
不意に、おとーが立ち上がった。
「ど、どこに……?」
「決まっとろう________閻魔さんとこたい」
「……はぁ!?」




