みちと成りて
――あれから数日。
シンは気づけば、ECOをじっと眺めてしまうことが増えていた。
食器を片づける姿。注文を無表情で読み上げる姿。
何も変わらない、いつもの“ECO”だ。
「……不快です」
不意に刺さる視線。ECOが眉一つ動かさず、淡々と告げた。
「やっぱりいつものECOだな」
シンは苦笑して、胸の奥に沈む違和感を誤魔化した。
あの日の異様な笑み 「やっぱり楽しいや____」
あれは本当になんだったのだろうか、衝撃によるバグだったのか。
その時、シュウが少し真剣な顔をして手紙を持ってきた。
「兄……国海社から手紙が来てる」
シュウから渡された封筒を見て、俺は眉をひそめた。
国海社。
ECOたち御子を作った会社だ。
昔は製造販売が中心だったらしいが、今じゃ神楽そのものを管理している超大企業。
正直、俺みたいな居酒屋の店主とは縁のない場所だと思っていた。
「なんで俺たちに……?」
嫌な予感を覚えながら封を切る。
そして手紙を読み進めた瞬間――
「……は?」
思わず声が漏れた。
「兄?」
「どうしたのですか、マスター?」
俺は手紙を持ったまま固まる。
そこにはこう書かれていた。
『御子・ECOの戦績、ならびに競技への貢献度を評価し、本日付で丙級から乙級への昇格を認める』
店内が静まり返る。
「……え?」
最初に反応したのは資さんだった。
「今なんつった?」
「ECOが……乙級だってよ」
「……へぇ乙級ねぇ……」
数秒の沈黙。
そして。
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
店が揺れるほどの絶叫が響いた。
「ちょいと読ませてくれ」
そう言って仁さんは手紙を受け取り、咳払いをひとつ。
店内が静まり返る。
みっちゃんも。 資さんも。 福ちゃんも。 ECOでさえ仁さんに視線を向けていた。
仁さんは眉間にしわを寄せながら読み上げる。
『御子・ECOの戦績および、その話題性・観客動員数への寄与を高く評価する。
よって、神楽競技会管理局ならびに製造元・国海社の承認をもって、
本日をもって御子ECOを丙級から乙級へ昇格させる。
これにより
特別な神楽および『暦の栄冠』の参加を認める。
――ただし、本決定は例外的措置であり、今後の戦績次第では即時降格処分もあり得る。
従って本昇格は、神楽競技の新たな可能性を示す“試金石”として扱われるものである。』
「……マジか」
シンは思わず声を漏らした。
『暦の栄冠』それは大神楽への参加権をかけた神楽。
ついにECOの名前が全国へ届くかもしれない。
「ECO!大神楽への道ができたんだ! お前はみんなに認められたんだ!」
「そうみたいですね。 マスター達が喜んでいるので、きっと良いことなのでしょう」
「もう少し喜べよ!!____こうしちゃいられねぇ!宴の準備だ!!」
その夜。
居酒屋「深夜の世界」は、大宴会に包まれた。
狭い店に溢れるほどの常連客たちが集まり、祝いの声が飛び交う。
「シンさん!♡ECOちゃん♡ やったわねぇ♡」
「酒だ!熱燗だ! 今日は飲み明かすぞ!」
「テレビだってよ! 俺もついに全国デビューかぁ!?」
「誰もお前を映さねぇだろ!!」
笑いと拍手で、店の梁が震えるほどだった。
シンはグラスを掲げ、隣のECOに視線を送る。
「なぁECO。これで……俺たちは世間に認められたんだ」
ECOは一瞬瞬きをし、小さく首を傾げた。
「合理的に考えれば、ただの昇格処理です。ですが……なぜ私なのでしょうか」
その真顔に、店中がドッと笑いに包まれる。
「そりゃあ美人で可愛いからだよ!」
「髪の艶だろ!スタイル良いし…… まぁ、胸は……無いか」
バシィッ!
飛んできたしゃもじが、発言者二人の頭に直撃した。
「……不快です」
ECOの淡々とした追撃に――爆笑。
「キッツいなECOちゃん!」
「最高だ、もう一杯!」
店はさらに盛り上がった。
笑い声と酒の匂いの中。
シンの耳には、あの日の声だけが確かに残っていた。
『……やっぱり楽しいや。』




