居酒屋と賑やかな日々
『……18時になりました。本日のニュースです。地上からおよそ400キロ離れた宇宙ステーション【天ノ原】へ向け、連結ゲート【天ノ柱】の工事が本日も進められており――』
カチッ、とダイヤルを回してテレビを止める。
静寂のあと、俺は声を張り上げた。
「えー……本日も『深夜の世界』にお越しいただき――」
「おいおいシンさん、堅苦しいぞ!」
「もうガンちゃん飲み始めてるぞー!」
笑いが起きる。
木のテーブル、油の匂い、グラスの音。
年の瀬の「深夜の世界」は、いつにも増して賑やかだった。
「じゃあ……今年一年を労って、飲んで食べて、はしゃいで!
来年も頑張っていきましょう!
それじゃ――今年もお疲れさまでした! かんぱーい!」
「「「かんぱーーーい!!!」」」
乾杯の声が弾け、店中が笑いに包まれる。
障子を破る音、誰かの叫び、笑い声。
混沌こそが、ここでの平和の証だった。
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「シンさん、ごめんねぇ♡ また乾杯終わっちゃったかしら~?」
みっちゃんが暖簾をくぐると、空気がさらに明るくなる。
ソルティドッグを手に、豪快にイッキ飲み。客たちが歓声を上げる。
「シンさ~ん! メガハイボールちょうだい♡ あとイケメンくん呼んで♡」
厨房の弟・シュウは苦笑して首を振る。
「僕はいいよ。料理もまだあるし」
その言葉が終わるより早く、みっちゃんは厨房へ突入――そしてお姫様抱っこ。
「みっちゃんさん!? デジャブ!?」
「だ~か~ら~♡ あとはシンさんに任せなさい!」
笑いと怒鳴り声が交錯する。
今年もまた、騒がしく温かい年の瀬だ。
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時刻は年越しカウントダウン直前。
厨房の片隅で、俺はECOを呼んだ。
「マスター……なんで皆さん、私を見ているのですか?」
「いいから、座れって」
ECOが不思議そうに腰を下ろした瞬間――
パンッ!
クラッカーの音と同時に店内が拍手に包まれた。
「ECOちゃん♡ お誕生日おめでとー♡」
「『なんですか?やめて下さい。』なんて言わせねえよ!」
テーブルの上には大きなケーキ。
苺がびっしり乗ったその中心に、拙い字で書かれたチョコプレート。
『ECOちゃん、お誕生日おめでとう』
ECOは目を丸くし、ぽつりと呟く。
「私の……誕生日……?」
「そう。お前が“ECO”として生まれた日だ。だから、皆で祝いたかった」
ECOの口元が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「……はい、マスター。私はECO。今日ここで、ECOとして生まれました」
拍手と歓声。
花束を差し出す子供、笑う常連、肩を叩く福ちゃん。
この夜、確かにECOは“居場所”を得ていた。
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夜が更け、客たちが一人また一人と帰っていく。
皿を洗いながら、俺は一年を思い返す。
大神楽の本戦出場は叶わなかった。
10億の夢も、店の修繕も、まだ遠い。
けれど――。
「すまない兄、お皿を取ってくれな……兄?」
俺の思考を読んだように、ECOが呟く。
「マスター、また神楽のことを考えていたのでしょう?」
「……ははっ、よく分かったな。そうだ。今年こそ勝つぞ」
その時、店の戸が勢いよく開いた。
「たのもーーう!!」
「すいませんもう店じまい……ってお前らかよ!?」
羽織姿の流水寺と、黒いドレスのアリスが立っていた。
「大神楽のあと、近くを通ったもんだから!」
「わたくしも、ご挨拶に参りましたわ」
呆れながらも笑う俺。
鍋を囲み、再び小さな宴が始まった。
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「この出汁……青春の味がするぅぅぅ!!」
「「うるせぇ、静かにしろ!」」
少しビビる流水寺。
それでも彼は叫ぶ。
「あ、あと、アリスは6位になりましたーーッ!!」
「マジで!?」
「6位……おめでとうございます、アリスさん」
アリスは紅茶を口にしながら微笑む。
「来年も頑張りなさい。あなたは確実に成長しているわ」
ECOはわずかに頬を染めて頷いた。
「……そうですか? よくわかりません。でも、頑張ります」
「ふふ。ええ、それでいいのよ」
アリスはグラスを掲げ、女王のように告げた。
「来年――必ずここまで来なさい。その時は、わたくしも本気でお相手してさしあげますわ」
流水寺はサムズアップして叫ぶ。
「青春は! まだまだ続くぅぅぅ!!」
「「うるせぇよ!」」
笑い声と湯気と酒の香り。
その中で、俺はECOの横顔を見つめた。
「今年はもっとすげぇ景色を見せてやる。だから一緒に来い、ECO」
ECOは少し間を置いて微笑む。
「……はい、マスター。期待はしてませんが」
温かな笑いに包まれながら――
この一年の最終成績は「3勝196敗」。
数字だけ見れば惨敗。
だが、最初の“10秒敗北”を思えば、確かに前へ進んでいた。
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◆ 新年・元旦の朝
昨日の喧騒が嘘のように、居酒屋「深夜の世界」は静まり返っていた。
テーブルには飲み残しの酒瓶と皿。
その隅で、正座のまま動かないECO。
「……おいECO、正月早々疲れて寝たか?」
「寝ていません。省エネモードです」
「ECOだけに、か(笑)」
苦笑しながら片付けをしていると、外から声がした。
「初稽古だシン! サボってんじゃねぇ!」
戸を開けると、仁が竹刀袋を抱えて立っていた。
冬の朝日が差し込み、空気が少しだけ新しかった。
「うわ……もう始まっちまったかぁ……」
ECOは立ち上がり、小さく笑う。
「新年早々、忙しいですね、マスター」
「おうよ。いい一年にしてやろうぜ、ECO」
こうして、俺たちの新しい一年が、また賑やかに幕を開けた。




