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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

大好きを入れたカレー

作者: 笹門 優

しいなここみ様主催『華麗なる短編料理企画』作品です。

人によっては気持ち悪いと思われる描写もございますのでお気を付けください。


 今日、三日ぶりに彼女に会うコウは、純粋な気持ち(あい)下心(エロ)の狭間でゆらゆらと振り子のように揺れる期待を持ちながらもその部屋を訪れていた。


 研修と言う名目で行われた、シゴキとも取れるブラックな「指導」を受けてきた彼である。

 彼女に心身を癒して貰いたいと思うのは当然の帰結であると言えよう。



 部屋の外、二階の外廊下にまで漂ってくるのはカレーの匂い。 彼女のカレーはルーを使わずにカレー粉と小麦粉から作る、ちょっとだけ手間の掛かるモノだが、彼はそのカレーをこよなく好んでいた。


 今日は研修を終えたら直ぐに行くと伝えてあった。 だからこそ彼女はそれを準備してくれたのだろう。

 そんな彼女を想うと、愛おしさも一入(ひとしお)である。

 あまりに愛おしすぎて、ご飯を食べる前に彼女を押し倒してしまわないかを心配するくらい愛おしい。

 下心(エロ)だろ? とツッコミを入れられても、堂々と胸を張って「愛だ!」と公衆の面前で臆面無く言えるくらいには愛だと彼は思う。


 まあ、コウの下心はいつも沸々と燃え上がっているし、付き合う切っ掛けはちょっとした出来心だったりする。

 実際の所、三日間の禁欲生活もあってか、今の彼はドアを開けて早々にルパンダイブをかましたいくらいくらいなのだが、流石に理性で押し止めている状況だ。

 なので理性的にノック……をしようとしてインターフォンを押す。


「……――は~い」


 ドア越しに聞こえる声。 それを聞きながら、そう言えば電話もしなかったな、と思い出す。

 薄情な彼氏だと自嘲しながら自らも声を上げた。


「おう、オレだ」


「あ、コウ? ちょっと待って、今開けるから」


 直ぐにチェーンが外される音と鍵を開ける音が聞こえた。


「もう、遅いよ、コウ」


 ドアを開け、カレーの香りと共に顔を出すのは椎木(しいのき)まどか。 コウの可愛い恋人である。

 現役短大生でコウより七歳年下だ。

 ウェーブのかかった髪を肩に掛かる程度まで伸ばした、ちょっと童顔な彼女は将来のパティシエを目指すお菓子職人のたまごである。 そのせいか、カレーの香りの中にも甘いそれが混じっている様な気がした。


「悪い悪い。 土産もあるから許してくれ。

 っていうかニュース見てなかったのか? 新幹線遅れたんだよ」


 言いながら、さっさとお邪魔するコウだ。

 今身につけているのはスーツと革靴だ。 少なくとも上と靴はさっさと脱ぎたい。


「見てない、っていうか出張は聞いてたけど新幹線で行ってるとは思ってなかったよ」


 声色には若干の驚き。

 自分はそんな事も伝えていなかっただろうか、とコウは自身を省みるが正直よく覚えていない。

 スーツの上を脱ぎ、出されていた座布団に腰掛ける。


「…………言わなかったっけ?」


 首を傾げると、何時ものカレーとお菓子の匂いとは違う、何か別のにおいがした。 不思議な、甘いようなそうでないような、嗅ぎ慣れないにおい。


「すぐえっちいコトするから、言うの忘れてたんでしょ」


「あ~……。 ゴメンナサイ」


「素直でよろしい。

 そんな彼氏様には特製カレーを進呈しましょう」


 なるほど。

 彼女が特製と言う時は本当に特製だ。

 突拍子もないものが入っている事もあり、油断は出来ないが、味見はしているのでメシテロはない代物である。

 このにおいはその為のものだろう。


「はは~~、ありがとうございます、まどかさま~」


 進呈された大皿を両手で受け取ると、色は普段より黄色がかっているのが判った。 香りは普段よりスパイスが多いのかスッと鼻を抜けるような感じや、ねっとりとした感じのものもある。


「……随分、実験的な事をしていませんか、まどかさん?」


「大丈夫。

 大好きに大好きをかけたら大好きなものができるんだよ」


 つまり好きな物を入れたという事だろう。

 何を入れたかは判らないが、こういう時の彼女に聞いても答えは返ってこない。 まずは一口食べるしかないのだ。

 意を決して ――は大袈裟だが、コウはぱくっとスプーンを口にした。


 ――旨い。


 日頃口にするカレーとは違う、全く異質な味なのにカレーだと解る不思議な味だ。

 見た目は溶けたデンプン質のせいかドロッとしているのに、口に入れた時に不思議と清涼感がある。 それにじゃがいもかと思ったこれは……


「……ブーケガルニか。 それとカブだな」


「流石にこれは判っちゃうかあ。 でもまだまだだよ?」


 確かにまだまだだ。

 別のねっとり感と、変わった歯ごたえの肉が入っている。


「もう一杯貰ってもいいか?」


「うん、いっぱい食べて」


 皿を受け取ろうとする彼女を押し止めコウが立ち上がる。


「おかわりくらい自分で持ってくるって」


「いつもいつもすまないねぇ」


「それは言わない約束でしょ、おばあちゃん」


「誰がばあちゃんか!?」


「自分で始めておいて……」


 そんなコントはさておき、勝手知ったる何とやら。 入り浸る訳ではないが何度もお邪魔した彼女の部屋だ。 すたすたと台所へ移動する。

 少しねっとりしたにおいが強くなった。

 だが答えになるものは出していないだろう。

 コウは視線だけで周囲を観察し、それっぽいものがない事を確認する。


(隠してあるか、全部使ってしまったか)


 そう考えながら鍋の蓋を開けた彼は、その動きを止めた。


 自分の見ているモノが何なのか、認識出来ずにただ固まった。


 ドロドロに溶けて見える、ソフトボール程度の何か。

 カレーに(まみ)れてはいるが、その形は判る。 解ってしまう。


「あ、バレちゃった(ういてた)?」


 後ろから彼女の声。 愛しいはずの彼女の声。

 なのに、それは何処か得体の知れない音に聞こえた。


「今朝起きたらねぇ、ミャアってば冷たくなってたの」


 ミャアはこの部屋で飼っている猫だ。


 捨て猫だったせいで正確な年齢は判らないが、結構な老猫だったはずだ。

 年のせいなのか、猫だからか、コウが来ても特に顔を出すような事はなく、部屋の隅でじっとしているかと思えば、たまにすり寄ってきたりもする気まぐれな生き物。


「……な……に」


「だから、大好きなミャアをコウの好きなカレーに入れたら美味しいかなって思ったの」


 カレーの中に浮いていたのは、愛猫(ミャア)の頭。

 毛皮を毟られ、薄い肉だけを残した頭蓋骨。


 それを認識してしまったコウは蹲り、嘔吐した。


「…………コウ」


 まどかの声。


 遠く聞こえる声。



「どうしてそんな勿体ない事をするのかな?」



 彼女の声は酷く冷たく響いた。


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― 新着の感想 ―
想像してなかった……(´;ω;`) いや、大好きなもの入れるって、そういうこと……? まどかさん、サイコが過ぎる……! 笹門さん、ありがとうございました。
具はウン○かなぁ?と思ったら甘かった(◎-◎;)
私が高校生の頃。 友人とよく行っていたラーメン屋がありまして、そのラーメン屋さん。 近隣の猫がいなくなるという噂がたちました。猫を捕まえて、ラーメンのダシ汁に使っているとですね。 実際、出汁を入れてい…
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