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円明園のピアニスト

このお話で最終話となります。ここまで読んでくださりありがとうございました!

島野葵は展覧会の場所に突っ立っていた。


(あれ?私、死ななかったっけ…?)


 今でも鮮明に思い出せる死の感覚。

だが、皮膚を見ても若汐と呼ばれていたときのような皺がない。

どうやら魂だけ現代に戻ってきたらしい。至って健康体だ。

 あれは夢だったのだろうか。それを証明する術はない。

 タイムスリップする直前まで見ていた絵とピアノの一部はあったものの、絵はなくなっていた。代わりにあったのは、西洋風の描き方で描かれたピアニストがドレスを着てお辞儀をしている姿の絵だった。

 それはまるで若汐がもしあの時代にドレスを着て髪型を変えていたらこのようになったのではないか、と思わせるような自分のお辞儀の仕方にそっくりな絵だった。


(絵を処分した代わりにこれをこっそり臨終の際に書いてたわけか…郎世寧殿は。)


しょうがない恩人だ、と心の中で確証もないのに島野は懐かしんでいた。あの後、どうなったのか令皇貴妃の肖像画の元へ戻った。

 何か変わった点はあったかどうか確認をしておきたかったのだ。特に変わった点はなかった。

 若汐という名もない。自身が歴史に何か影響を及ぼしてしまったということはなかったようだ。ただ、少しだけ気になる記述が増えていた。


(ピアノが得意だったようだ…?こんな記述あったっけ。あと、焼かれた絵がある?)


確かなかった気がする、と長い夢から覚めた感覚の島野葵はまだ記憶があやふやだ。

そして焼かれた絵というのはもしかして、郎世寧に頼んで焼いてもらったあの絵か?そう考え、書いていることをよく読んでみる。

すると、確かに絵が焼いた事実とそしてその絵の題名が書かれていた。


『円明園のピアニスト』


 そう、展覧会の説明には書かれいた。


(もしかして、本当に自分はタイムスリップしてピアノを弾きまくっていたのかも…。)


大いにやらかしてるじゃないか。

 そんなことを思ったが、変わってしまった歴史は変えようがない。歴史を変えまいと必死に自分を堪えてきた自分が馬鹿みたいだと思った。

そもそも、前提として島野は望んでタイムスリップしたわけではないのだ。

 これは仕方のない歴史の改変と言えた。

 タイムスリップしたのはあの絵があったからか、それともピアノの一部があったからなのか、恐らくはあの絵が原因だったのだろう。

 今はピアノの一部は普通なのだ。ならばあの絵がきっかけで自分はタイムスリップしたのだ、と予測を立てた。


(まぁ、あれらが本当に夢だったかどうかはおいておいて。)


また明日からピアノ頑張りますか。


 島野はあの日に失ってしまったはずの情熱を取り戻していた。

それはあの夢のような日々が取り戻させてくれたのか、死を体験したからなのか。

分からない。ただ、ピアノをもっと弾きたい。それだけが島野の頭の中を占めていた。


誰に聴かれなくたっていい。ピアノの為に弾こう。


そう決めたのだ。

島野は思わず口ずさむような歌を歌おうとしたが、ここは私語厳禁。それを思い出して慌てて口を閉じ、まだ見ていなかった残りの展示物を見に行った。



数年後、中国公演にて。

島野は赤いドレスを着てステージに立っていた。首にはかつて乾隆帝が着けていた翡翠の指輪と同じ指輪がチェーンを通してかけられた。

 ドレスをつまみ、いつものようにお辞儀をする。盛大な拍手が贈られた。

ステージから観客席というものはよく見える設計になっている。

 その中で一瞬だけ両把頭の髪型をした女性たちや子供の姿が見えたように島野には見えた。清朝時代の独特の髪型である弁髪の髪型をした青年も見えた気がした。

 あの時代に島野蒼というピアニストが居たということがバレてしまって来てくれたのだろうかとつい彼女は苦笑いしそうになった。

 もしそうなら、あの時とは違い本来の形で聴かせることが出来ることの喜びを感じた。

ピアノの後ろにはオーケストラが今か今かと待ち構えている。

 この曲をオーケストラと一緒に弾ける幸せを噛みしめながら、島野はピアノに座った。履きなれたヒールをペダルに置いて確認する。身体との距離、問題なし。全ての確認を終えた後に鍵盤に指を置く。

 そして一瞬だけ指揮者に目をやってから一気に弾き始めた。

それはかつて乾隆帝に聴かせた曲、『皇帝』。それを今度は乾隆帝によく似た中国人であり、自身の愛する夫である指揮者と共に演奏している。

 島野は数年の間にピアノ以外にもピアノと同じくらい愛するものが増えていた。それは彼女の精神的な成長ともいえることであった。

卓越した音色は人々を魅了させた。

演奏は大成功に終わった。再び盛大な拍手が贈られた。


「お父さんかっこいい!お母さんすごい!」

「本当!かっこいいし、綺麗!」

「そうだねぇ。2人とも素敵だねぇ。」


ステージの裏には島野の子供2人と彼女の母親が2人の演奏姿を見てそう喜んでいる。

本来なら観客席にいる方が自然だが、演奏者の家族ということで特別に許されていた。


島野はもう情熱を失うことはないだろう。

ピアノを愛している。音楽を愛している。人を愛している。

それは最期までピアノを愛しぬいた若汐という一人の女性と同じなのだから。


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