表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/54

令皇貴妃③

 1765年、ここ数年で皇后の体調も良くなってきており一緒に南部への行幸に同行することになった。

若汐は子供たちがまだ幼い理由から子供は乳母に預けて同行することになっていた。ここで若汐が気が付けばもしかすると歴史は変わっていたのかもしれない。

 若汐は差配役の役目や音楽を皇子や公主に教えること、自分の子供を育てることに日々追われておりその歴史的な記憶がすっかり抜けていたのだ。


 もし、若汐が覚えていたとしても彼女は何もしなかっただろう。

 何もしてはいけないと自身をとめただろう。

 歴史を変えてはいけない。その考えが若汐の中に根付いているのだから。


 行幸当日。

 若汐は馬車に乗る前に皇后の元を訪ねる。

体調は本当に大丈夫なのかどうか、気になっていたのだ。

 馬車の小窓からそっと顔を出した皇后は元気そうな表情で大丈夫よ、とそう若汐に言った。

 その表情と言葉に嘘はないように見えたので、安心して自分も馬車に乗った。この馬車の旅の経験は二回目だ。

 長い旅路になる。春海や翠蘭、空燕に特に無理しないようにと厳しく命じておいた。奴婢の心配をここまでする妃嬪など当時はいなかっただろう。

 だが現代人の考えを年齢を重ねようと捨てきれない若汐は気遣って当然と考えていた。

 やがて馬車は出発。前回と同様な行き方で目的地まで向かった。流石にピアノはないわよね…?と前回の行幸の記憶を辿る。

 皇后の馬車から戻る時にピアノらしきものは見えなかったので恐らく今回はない。少しだけ肩の荷が下りた気がした。


 それから幾日もの間、一人の時間を久しぶりに過ごすことが出来ていた。ここ数年は寝るとき以外はずっと誰かと話しているか、子供の世話もしていたので一人の時間というものがなかったのである。

 この一人の時間で休憩できるな、と若汐は静かに目を閉じて馬車の揺れを感じていた。

 その道中、皇后の誕生日が祝われた。48歳というまだ現代から考えれば若い年齢の誕生日だった。当然若汐も盛大にお祝い。

 楽器は持ってきていなかったので、歌でお祝いをした。勿論、得意のイタリア歌曲で。皇后はとても喜んでいた。

そして前回と同じように水上へ到着。

 やはりずっと座っているというのもキツいものだ。花盆底靴を地面に付けて上手く歩けるようになるまで幾ばくかの時間を要した。


「皇后娘娘にご挨拶致します。」

「楽にして。数日前は歌をありがとう。とても美しかったわ。」

「恐縮でございます。」

「差配役は大変でしょう。」

「皇后娘娘のことを思えば、何ということもございません。お加減はいかがですか。」

「平気よ。きっと貴女がそう思ってくれているからなのでしょうね。」

「勿体ないお言葉でございます。」

「もう夜も遅いわ。早めに休みなさい。」

「はい。失礼致します。」


数歩頭を下げたまま後ろ歩きをした後、若汐はその場を春海と翠蘭と共に去った。

──それが、最後の会話だった。


2月18日。

 乾隆帝は朝食に妃嬪たちへ肉料理を分け与えた。

朝から肉料理…と若汐は思ったが、きちんと残さず食べた。少しだけ胃もたれがした気がしたので、侍医から薬を貰って飲んだ。

 夕食までは清朝の楽器に触れて独学で勉強しており、一人で過ごしていた。

夕食は乾隆帝と妃嬪は若汐、慶妃、容妃の三人のみ。

 この時点で気が付くべきだったかもしれない、と振り返った若汐は思わざるを得なかった。

 皇后が、一向に姿を現さなかったのだ。そのことは、夕食後他の妃嬪も気にかけており、どうしたのだろうかと話しをしていたが答えは出ず。

 若汐も考えてみたものの、日々の忙しさで本来の歴史の記憶が曖昧になってしまっていた。それにタイムスリップしてもう何年も経つ。記憶が薄れてしまうのは自然の摂理と言えた。


その10日後、乾隆帝の命により皇后は都に戻ることが決定。

 それでようやく若汐の記憶が掘り起こされた。急いで馬車が居る所にへと走って向かった。いつもの靴では転んでしまう。

だから脱ぎ捨てて裸足同然でとにかく走って走って馬車まで向かった。

 衣服が乱れようとも構わない。今、ここで問いたださなければ一生後悔すると。


だが。


「皇后娘娘より仰せつかっております。令貴妃娘娘、どうかご自分の寝殿にお戻りくださいませ。」


皇后の女官長にそう言われてしまった。

 皇后は何らかのことをして皇帝の怒りを買ってしまったのである。

恐らく、有名な説である髪を切るという行為をしてしまったのだ。

 だが、どうしてそこまで追い詰められたのか、若汐にはそこが分からなかった。

 自分はこの後に皇貴妃になる。その足枷になりたくないのだろう。

 そこまで予測して皇后はそう言ったのだ。若汐はその場に崩れ落ちそうになる。

春海がなんとか受け止めていた。笑顔の仮面は外れている。無表情だった。


──本当に、自分は無力だ。何が貴妃だ。何がタイムスリップだ。何もできないじゃない。


地面に、雫が零れ落ちていた。

紫禁城から戻った後、乾隆帝から勅命を受けた。若汐は皇貴妃となった。



今まで数々の命令を下されたが、1番嬉しくない命令だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ