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郎世寧の女官②

(多分、郎世寧本人だよね…)


 白人の男を目の前に島野蒼はパニックになりそうな自分をなんとか保っていた。

ピアニストはメンタルの強さも重要な要素の1つである。

 こんなにも自分がピアニストであって良かったと思える日が来るとは彼女自身思ってもみなかった。

辺りを見回した限り、ここは先程まで居た紫禁城の展覧会会場ではない。

 そして考慮すべきは自身の服装に身体だ。

靴は中国の時代劇ドラマで見たことがある靴である。

 服は薄緑のワンピース風の服の下にズボンを履いている、というこれはまたドラマで見たことのある女官の服装だと島野は思い出していた。


(つまり現代の日本じゃないってこと…?)


 辿々しい話し方で郎世寧と思わしき人物とのやり取りからここが紫禁城の離宮、円明園であることがわかった。

 島野は日本語で話をしているつもりだが、違う言葉に変換される。

彼女の中だけで不思議な現象が起こっていた。

 頭上をそっと確認してみる。

両把頭だ、とため息を長くこぼした。

この髪型は清朝時代に宮廷の女性たちがしていた髪型である。

 手も足も展覧会に居た自分よりも遥かに小さい。

身体の至る所の大きさが違っていた。

 つまり自分は自分ではなく、中身だけタイムスリップしたということだ。

島野が散々確認し、考えた挙句の結論がそれであった。

郎世寧も同じような結論を出しているとは彼女は思ってもいないだろう。

思えばおかしな事が続いていた、と島野は思い出していた。


まずあのピアノを弾いている女官の絵画。

その絵画の下にあったグランドピアノの足の一部。


あれを見てから光に包まれたのである。

まさかそのせいだろうか、と考え込んでいた。

出すべき言葉が分からない彼女に郎世寧が話しかけてくる。


「どうやってここに来たか、言えマスカ?」

「いいえ。…光に吸い込まれるようにして来た、としか…。」

「そうですね。私にもそう見えマシタ。」


 郎世寧の態度は島野に終始優しいものだった。

普通なら紫禁城の離宮におかしな手段で侵入した人間を許すはずがない。

ここは清朝、18世紀の時代。

 現代の日本の考え方とは大きく違うのである。価値観も何もかもだ。

だが郎世寧はそうではなかった。

最初から優しくあろうと努力しているのを彼女は感じとっていた。


「どうして、そんなに優しいんですか…?」


ずっと疑問に思っていたことを島野は尋ねる。

すると、郎世寧の青空のような碧眼が弓形に細まった。

口元はとても穏やかで微笑みながら彼は言う。


「困っている人を放って置けません。」


 現代社会でそれを実践できる人間はどれほどいるだろうか。

そう考えながら彼女は郎世寧の言葉に呆然としてしまった。

 なんてシンプルな理由。

困っている人が居たら助けるべきだ、なんてそんな言葉。

今の現代社会の人間は当たり前のように実践する事ができるだろうか。

 いや、できないだろうと島野は内心で即答できた。

きっと困っていても誰かが助けてくれるだろう、と通り過ぎるだけである。

実際、そのように心理が働きやすいらしい。

それが彼女が居た社会。


(あぁ…ここは本当に違う時代、違う場所なんだ…。)


 だからそのような考え方が出来るのだろうと彼女は思った。

微笑みで言われたのなら微笑んでこちらも返すべきだ。

 そう島野は考えリサイタルの時とは違う作り物ではない、本物の笑みを浮かべて言葉を紡いだ。


「ありがとうございます。私は日本の島野蒼と言います。貴方の名前を伺っても宜しいでしょうか?」

「ジュゼッペ・カスティリオーネと言いマス。皆さんからは郎世寧と呼ばれていマス。」


 こうして日本人ピアニスト島野蒼と3代の皇帝に仕えた実在した宮廷画家、郎世寧は邂逅を果たした。



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