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令皇貴妃②

 それから月日が経ち、若汐は令貴妃にへと位が昇格した。皇后と皇帝の関係が良くなるということはなかった。

 その代わりにと言わんばかりに若汐は新たに3人の子を設けていた。

その中の一人、永琰(えいえん)と名付けられた男の子の名で若汐は長年の勘違いが判明した。


自分は本当に居た人物だ、ということだった。


 令の称号を貰った時にどうして気がつかなかったのだろうと自分を殴りたくなった。

 今の自分は令皇貴妃、死んだ後に追贈される孝儀純皇后であるということに気がついたのだ。

 架空の人物などではなかったのだ。

 それを郎世寧の元へ訪ねて話をしに行った。久しぶりに見た郎世寧の髪には白髪が混じっていた。


「架空ではない、デスカ。」

「はい。私は本当に居た人物のようです。この若汐という女は。」

「確かに実際に居る人物に偽証を頼みました。しかし、歴史に影響を与えるほどの人物だとは…。」

「私だって信じられません。でも、永琰は次期皇帝なんです。」

「なんですって?」

「本当です。私が知る歴史ではそうなっています。」


そう若汐は事実を話した。

 郎世寧はかなり驚いている様子だった。若汐も自分が逆の立場なら同じ反応をしただろうと考えた。

 だが、事実は変わらない。永琰が次期皇帝となることはこのままの歴史の流れに沿って行けば決定事項である。

 そしてその母親である自分は死後、皇后として追贈される。自分は、本当にこのまま死んでしまうのだろうか。

 元の時代に帰ることはできないのだろうか。そう思いを馳せていると、一枚の絵を見つけた。郎世寧が書いたものだろう。

 その絵には見覚えがあった。展覧会で見つけた一人の女官が噴水が建設している途中でピアノを弾いている姿だ。その絵がここにあった。


「その絵を見つけた後に光に吸い込まれたんです、私は。」

「え?この絵デスカ?」

「はい。…この絵が私の時代にあってはいけません。今すぐに燃やしてもらえますか。」

「若汐。」

「その絵は私を描いたものですよね。その絵も私がこの時代に来たきっかけなのかもしれません。現代に残してはいけないものです。どうか、私の願いを聞き入れてください。」


もしかしたらそれで正しい歴史に戻るのかもしれない。

 そう願いを込めて若汐は言った。

 若汐の必死さに郎世寧は頷くしかなかった。こんなにも懇願してきたことは今まで一度だってなかったのだ。苦渋の決断だが、この女性の為に燃やそう。郎世寧はそう決めた。


「分かりました。今すぐ燃やしましょう。こちらに来てもらえますか。」

「はい。」


 郎世寧に導かれ、若汐はついていく。

部屋の外で燃やすようだった。室内で燃やすようなら注意するつもりだったが、そんなつもりはなかったらしい。

 展覧会に確かにあった絵をしっかりと握りしめて自分で火を起こしていた。やがて絵は燃え上がる炎の中にへと放り込まれた。

 それをしっかりと目に焼き付ける若汐。

 これで自分は現代に帰ることが出来るのだろうか、そんな淡い期待を抱いてみたがやはり何の反応もなかった。

 元々、そこまで期待はしていなかったからそこまで落胆はしなかったが少しだけ落ち込んだ。

 今、自分が消えてもこの若汐と呼ばれた人物は残るのだ。消えたところでなんの問題もなかった。


「この絵だけが原因というわけではなかったようですね。」


郎世寧は極めて冷静にそう言う。

 自分の絵を焼けと言われたのにも関わらず、怒ることもしなかった。この人はやっぱり最初から優しいままだなと若汐は思った。出会った時から、ずっと。


「そうみたいです。余計なことをさせたかもしれません。」

「イイエ、そんなことはありません。貴女の時代にこの絵がまだ残っていたのです。知られてはならない歴史のはず。だから、これで良かったのデス。」

「そう言ってもらえるとありがたいです。」


 郎世寧の微笑みに若汐もいつもの笑顔の仮面は外して微笑みを返した。

 若汐の中で郎世寧が特別な存在であることは言うまでもない。

 『困っている人を放っておけない』とそれだけの理由で若汐を助けたのだ。

特別に思わないわけがなかった。恋愛感情などではない。

 言い表せないほどの恩人という存在だ。他の誰よりも恩人だった。彼がいなければ、今の自分は決していなかったのだから。


「あの絵は燃やしてしまいましたし、そうですね…」

「何か考えでも?」

「いえ、何でもありません。さぁ、そろそろ寝殿にお戻りになったほうがいいデスヨ。」

「あ、もうそんな時間でしたか。お時間頂戴してすみません。」

「久しぶりに若汐とお話出来て嬉しかったですよ。」


そう言って郎世寧は見送ってくれた。

変わらない優しさが、若汐に安心感を与えてくれた。

 この先もこの安心感を覚えていればきっと平気だ、そんなことを若汐は感じてい

た。



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