継皇后③
それからその足で円明園に直結。皇子や公主に教えた時のように楽譜を探していた。
春海は近くで待機している。主人は集中しているな、と観察していた。
「この曲…はダメだ。この曲も…うーん。初心者には難しすぎる。」
若汐が楽譜を一定の場所に纏めて置いたので楽譜を探す手間は省けるようになったが、選曲には珍しく悩んだ。
あの皇帝が弾きたいと言っているのである。自分が弾けと言われたことは何度もあったが、逆は初めてだ。
いつも通りに言ってくれたら自分が弾くのにな、と少々皇帝が憎らしく思えた。
「若汐様、お悩みですね。」
「うん…なかなかね。その人に合った曲を選ぶのって難しいんだよ。」
「皇子や公主の時も悩まれていましたんもんね。」
「人それぞれだから。…さて、どうしようかな。」
それから数時間格闘したが、今日のところは退散することにした。
お目当ての曲というものが見つからなかったのである。若汐にしては珍しいことだ。
これは寝る時まで考えそう。そう考え、溜息を小さく漏らした。これくらいは今は妃なんだし許されるだろうと思いを込めて。
その夜、夢を見た。
幼い頃に先生と一緒に同じピアノで弾いた夢だ。それはよくあるレッスンの光景だったが今の若汐にしてはとても珍しい光景だった。
──懐かしい、故郷の夢だった。
「そうか、連弾…!」
飛び起きて閃いた若汐。春海が慌ててやってくるが、何でもないと落ち着かせた。
連弾とは一台のピアノを二人で弾く曲のことである。連弾は皇子や公主ともやったことはない。
それなら皇帝も自分の息子や娘に自慢することが出来るのではないだろうか。そう考えたのである。
(睡眠妨害を開放された気分…。)
あとは弾けそうな曲を探すだけだ。そう安心して若汐は布団に再び潜り込んだ。
春海には翠蘭と共に早く休むように伝えた。春海は奴婢である自分が休んでいいものなのだろうか、と少し悩んだが自分の主人は変わった性格だ。
お言葉に甘えようと自分も休むことにした。




