継皇后①
位が昇格した事で若汐は正式に寝殿の正殿の方へ住むことが認められた。
今までは正殿に住んでいなかったのだ。令嬪となった暁に昇格の儀式が小さく行われた。
その際、初めて肖像画で見たような清朝の朝服を袖に通した。
金色に近い布地に細かな刺繍。
どんな意味を持つかまでは知識を持っていない。そんな豪華で貴重な服を着ているというのに正直、重いし暑いなと若汐はお祝いにそぐわない感想を持った。
あまり嬉しそうじゃない主人に春海は尋ねた。
「嬉しくないのですか?」
「位に興味はないから。正殿は広すぎるわね。」
そう短く返しただけだった。本当に興味がないようだった。
春海はやっぱりか、と主人の性格を嘆きたくなった。正殿に住めるほどに位がようやく上がったのだ。普通の妃なら喜んで当然のはず。なのに春海の主人はいつも通りだ。
寝床が変わって眠れるかな、とか斜め上のことを尋ねてくる。少しだけ頭痛がするような気がした。
皇后の葬儀からしばらく経つ。
あれからも春海の主人は暗い表情が多かったが、乾隆帝が円明園に来た日から少しずつ普段通りの笑顔を見せるようになっていた。
本当は吹っ切れてなどいないのだろう。乗り終えてなどいないのだろう。春海の主人は別れを告げて前に進んだだけの話だ。
きっとこの先、振り返ることもあるかもしれない。でももう、あのように悲しむ事はないだろう。
何故なら春海の主人は、かつて皇后を前向きにさせた人なのだから。
それから三年もの間、皇后は存在しなかった。その為に、上位の妃嬪達の権力争いが勃発。まるで中国の時代劇ドラマの話にでも出るようなそんな権力争いが勃発したのである。
有る事無い事並べて上位の妃たちは他の妃を陥れて自身が皇后の座に君臨しようとしている。それを近くで見る事が出来る若汐。身の危険を感じた。
自身の位など大したものではないが、用心に越したことはない。
若汐はなるべくその権力争いに巻き込まれないように上位の妃嬪達はもちろん、恩人である皇貴妃とも距離をとっていた。
ピアノを弾きに行くのにも慎重になり、ほとんど寝殿に引き篭もっていた。
皇貴妃も何故いきなり親しかった若汐が自分と距離を取り始めたのか、すぐに察しがついた。
頭の回転が早い娘だ、と素直に感心していた。
それと同時に位というものに無関心であることも分かった。本当に身の程というものを弁えている。
自分の立場を理解している。皇貴妃は若汐に対してそう感じた。
他の上位の妃嬪達に若汐のことを見習って欲しいと頭痛がしてそう思うほどであった。
やがて権力争いは終結し、皇太后からの推薦で次期皇后は皇貴妃になることが決定。
盛大な冊封式が行われた。暑い、夏の日のことだった。
地面は勿論熱く、このまま何もしなければ日焼けでもしてしまいそうだ。
金色風の朝服を着て装飾品を身につけ、飾りが付いた帽子を被った若汐は参列しながらそんなことを考えていた。
誰もが当代皇后にひれ伏せ、また若汐もしっかりと教わった通りに挨拶をした。
愉妃から三年の間にしっかりと礼儀作法を教わっていたのだ。
その為、そつなくこなすことが出来た。




