歴史の流れ③
皇后はそんな体調の中、東巡までにこの体調を治してみせると意気込んでしばらく妃嬪達の挨拶の集まりはしないと命じていた。
東巡とは咸陽から山東半島まで主に治安維持の為に皇帝や皇后、妃嬪たちが直々に民の暮らしを見る為に行うものである。
即位して十三年、乾隆帝は皇后の回復も願って行うことにしていた。
若汐も貴人として同行することが決まっている。
正直、皇后の体調が不安定なのを皇后の従者が隠し通していても知っていたので、若汐はあまり気が乗らずにいた。
若汐の中では体調は回復してこのまま生きてほしいと思う自分と、回復はせずこのまま死ぬのだろう、と冷静に歴史の事実を考えている二人の自分が居た。
きっと前者が若汐という娘で後者が島野葵という女の考えだった。どちらが本音なのか、わからない自分が居た。
東巡当日。皇后がわざわざ若汐の馬車までやってきた。慌てて若汐は馬車から降りてお辞儀をする。
「何度も見舞いに来てくれてありがとう。おかげで回復したわ。」
「臣下として当然のことをしたまででございます。道中、どうかお気をつけてくださいませ。」
「…貴女くらいよ、そこまで言ってくれるのは。」
「え?」
「なんでもないわ。さぁ、しばらくはお別れね。また会いましょう。」
「はい。」
立ち去るのを見届けてから馬車に再び乗る。
長時間馬車に乗るのはこれが初めてだ。間違えて吐いたりしないようにと食事は最小限に留めた。春海と翠蘭、空燕を連れて紫禁城を何年振りかに出た。
馬車の中から清朝の民の暮らしを見ようと小さく窓を開けてみる。すると、ドラマでも見たような皇帝が通る道を皆が頭を下げて通り過ぎるのを待っていた。
清朝時代の民の暮らしぶりを見るというのは無理かな、と恭しい態度を見て若汐は思った。
春海たちは歩いてついて行っている。今更だが凄い体力を持っているのだなと感心してしまう。
なんだか自分だけ楽をさせてもらって申し訳ない気持ちが彼女の中にあった。
現代の庶民的な考えが消えることはない。ピアニストとしての収入も音楽教室の収入もそこまでなかったからだ。
贅沢は敵という考えを常に持っていたというのにそんな若汐が皇帝の妃になるとは思わなかったものである。
(随分と遠い場所まで来てしまったなぁ…)
遠い故郷を若汐は思い出す。
日本はこの時代では江戸のはずだ。
自分の生きていた時代とはかけ離れている。何処にいても、自分は居るようで居ない。
だって現代の人間なのだから。この娘の身体は光の中から突如現れたのだ。
この娘だって架空に違いない。
いつ、自分は消えてしまうんだろうか。そんなことを考えずにはいられなかった。
旅をしているというのに若汐は素直に楽しむことのできない自分がいた。
一人の時間はいつもこのような自問自答の毎日を送っていた。




