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歴史の流れ②

「最近、夏だというのに寒気がとても酷いの。」


 皇后への挨拶の集まりの際、皇后がそう言った。若汐はその発言に雷が落ちたような衝撃を受ける。自身の記憶にある清朝の歴史を思い起こしてみた。


(次に死ぬのは、確か…皇后ではなかったっけ?)


すぐではない。だが記憶が確かであれば皇后だったはずである。

 若汐はその未来を知っている。だが、変えてはいけない未来だ。高貴妃の時はこのようなことは思わなかったというのに、何故か皇后に対しては特別に感じていた。

 気が付かないうちに皇后という存在が若汐の中で大きなものになっていたのだ。


死んでほしくない。もっと生きていてほしい。

特別に思う人間にそう考えるのは当然の話だった。

特に仲が良い嫻貴妃と愉妃は心配して声をかける。


「大丈夫よ。侍医に診てもらっているから。」


 そう気丈に皇后は振舞っていた。

 それが本当に気丈に過ぎないという事実を知るのは皇后の従者か、未来を知る若汐だけだろう。

 自分は耐えることが出来るだろうか。大切な人の死を。何も言うことも出来ず。

 そんな考えが若汐の中を繰り返し巡る。皇后への挨拶は皇后の体調を考え、早めに切り上げられた。

 寝殿への帰り道、付き添っている春海が心配そうに若汐に声をかけた。


「若汐様、顔色が優れないです。」

「さすがに笑える話じゃなかったもの。回復、してくださればいいわね。」


 春海の主人は先ほどの皇后の話で随分と衝撃を受けたようだった。

 こんな主人を見るのは初めてだった。まるで何か大切なことを思い出したかのような、そんな表情を一瞬だけだが見せていたのだ。

 春海の主人は不思議な行動や言動をすることが多い。だが、その中でも今日見せた表情は一番だった。


「皇后娘娘が大切なんですね。」

「…そうみたいね。知らない間にそう思っていたみたい。」


そんなこと、あり得ないと思っていたはずなのに。

 あの日、展覧会で肖像画でしか知らない人だったのに。関係を一線を引いていたつもりだったはずなのに。

自分はここには居ない人間だからだと。なのにどうして。


どうして大切に思ってしまったんだろう──。


 若汐はその想いを春海に伝えることはない。胸に閉まっておくだけだ。どれだけ大切な従者であってもこの事だけは伝えることは出来ない。出来ないのだ。

 寝殿に着くと翠蘭が迎えてくれた。若汐はピアニストに変わる。演奏するかのようにいつものように笑顔を見せる。春海は雰囲気の変わりぶりに驚いたが、いつものことだと自身を納得させた。


──なんて無力なの。


 若汐はその言葉をどうにか言わんとしないようにしているとは知らずに。


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