歴史の流れ①
高貴妃が病に倒れたのだという。
若汐が聞いた話によれば、顔が黄色になっていて具合がよくないそうだ。
恐らくそれは黄疸であり、肝臓の病気か何かではないかと現代の知識からそう考えた。
元々、高貴妃は身体が強い人間ではなかった。
むしろ弱い方の人間だった。若汐はその話を皇后から聞き、素直に気の毒だと思ったが、いじめなど身体が弱いのならばしなければ良かったのにとも思った。
彼女からのいじめは実に酷いものだった。しかし、だからと言って恨む理由にはならない。
いじめは呆れたことではあるが若汐にとってはなんて事のないことだった。
全て経験と才能で乗り越えることが出来たからである。
この時代で肝臓の病に倒れたということはもう長くは生きられないのかもしれない、彼女は冷静にそう考えた。
肝臓は沈黙の臓器とも言われている。この時代の医者が治せるとは到底思えなかった。
乾隆帝は高貴妃の回復を願い、皇貴妃に位を上げた。
だがそんなもので回復などできないことは若汐はよく知っている。
現代人の考えというものはタイムスリップして何年も経つというのに消えることは
ない。残酷な現実というものをわかっていた。
1745年、皇貴妃・高氏が亡くなった。慧賢皇貴妃と追贈された。
呆気なく亡くなってしまった。
若汐はお見舞いに行きたい気持ちがあったが、憎んでいる人物の見舞いなど本人からしてみれば病気が悪化するだろう。
その気持ちを汲み取り、行くことは避けていた。
そのことは皇后や他の妃嬪達も察しており、むしろ気遣いを良くしていると考えるほどであった。
若汐は葬儀当日、真っ白な喪服を着て出た。この当時の喪服というものは、日本と違って白だった。
妃嬪としてこの服を着るのは初めてだな、と虚しさを胸に若汐は葬儀に参加していた。
あれほど憎まれていたというのに心に残るのはこの想いだけ。
もっと違う出会いなら高貴妃とも仲良くなれていたのだろうか。
そんなことを考えてみるが死人に口なしだ。もう話すことさえ叶わなかった。どうしてか、若汐は実感というものが沸かずにいた。
自分はどこか他人事のように思っているのだろう、自分はこの時代の人間ではないのだから。
曇天の空の下、本当の意味で悲しむことが出来ず悲しいと若汐は思いを抱いた。
──さよならさえ言うことが出来なかった。
虚しい気持ちが消えることは、なかった。
高貴妃が亡くなったことにより一部の妃の位が上がった。嫻妃と愉嬪もその対象となった。
若汐はそのまま貴人の位だった。
皇帝の寵愛が消えたわけではない。単に大きな理由がなかっただけという話である。
皇子や公主に音楽を教えているというのは大きな部類に入るはずだが、乾隆帝はそうは思わなかったらしい。
位に興味がない若汐はそのようなことはどうでも良い話だった。




