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音楽に愛された妃③

「皇太后、陛下にご挨拶致します。」

「皆楽にするがよい。」


 この場で絶対的立場である皇帝が席に着いた後に、皇太后が席に着く。それを確認して皇后と妃嬪、皇子や公主達は座った。

 目上の人が先に座ってから座るというのはこの時代にもあった礼儀のようであった。


「では、開宴を。」


 皇帝がそう告げると、一斉に清朝時代の楽器を用いて舞が披露された。

 見事な舞であると若汐は感じた。ドラマでは見たくともカットされている場面も多く、本当の踊り子を見るのは実際には初めての経験だった。

 皇太后や皇帝を盗み見てみるが、満足した表情をしいるのが見てとれる。だが、自らの子や孫の演奏だって満足いくもののはずである。

 あまり考えすぎないでおこう、と若汐は思い直した。

そして宴も中盤に入った頃。

 若汐は指揮の準備をするために皇子や公主達に目線を向けて、立ち上がった。

嘉嬪かひんも同じように立ち上がる。

 皇后が、驚いたような視線を嘉嬪に向けた。


(おかしいな。この時間帯だったはずなんだけど…何をしようとしてるのかしら。)


「陛下。私が準備したものをお見せしたいのですがいかがでしょう。」

「良かろう。」


 若汐は皇后を視線だけで見るが、彼女も想定外のことだったらしい。目線がそう語っていた。

 どうやら、皇后が考案していた演目には加われていなかったようだ。

 ちょっと待ってくれ、と言いたくなるのを堪えて皇子や公主に目線を再び向ける。

次、準備しましょうと。席に再びついた。

 そんな若汐や皇后の戸惑いを無視して嘉嬪の宮女が手をパンパンと叩く。

すると何人もの宦官らしき男が入ってきて、楽器を持っていた。

 まるでオーケストラを思わせるかのようなそんな楽器の類だった。

男たちが椅子に座り、準備を整えると一斉に弾き始めた。


『三つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調』


 通称、『パッヘルベルのカノン』そう呼ばれている曲。

ヨハン・パッヘルベルが作曲したものである。

 何故、という言葉を言わないようにするのに若汐は必死だった。

 この曲は、皇子と公主と共に合奏曲として披露する予定の曲だったのだ。

それを先に披露されてしまった。

 皇子や公主たちが混乱しているのがわかる。

 だが、若汐はオーケストラもどきの演奏を聴いて困惑が怒りにへと変化していた。

もちろん表面には出さない。

 しかし、ピアニストであり音楽家である若汐には到底許せぬ音楽への冒涜だった。

簡潔に述べてしまえば、オーケストラもどきの演奏は酷いものだったのだ。

 音程も合っていない、バラバラで音も合っていない。

そのことにきちんと気がつけるのは本物のオーケストラを知る若汐だけ。

 乾隆帝を見ても不満そうな表情を表していない。

満更でもない様子だ。これが自分の夫かと思うと、若汐は頭が痛くなった。


──みんな、耳が悪すぎる。


 皇子や公主の様子を見てみれば自分たちが披露する曲が先にされてしまい、困惑の表情を隠せていない。

まだ子供なのだ。仕方のない話だった。


(これ、わざとよね?上等よ、あんた達。私に喧嘩売ったんだからその喧嘩、買おうじゃない。)


 自分が冒涜されるならまだ我慢しただろう。

しかし、若汐は『音楽』を冒涜されることだけは許す事ができなかった。

例えどんな人物であろうとだ。

 若汐は演奏が終わるとわざとらしく大きく拍手を贈った。

乾隆帝も満足そうな表情だ。

 他の妃嬪達も拍手を贈っている。不自然なことではない。

 だが、若汐が慌てることなく余裕の雰囲気で拍手をしている事はある2人にとって想定外のことであった。

 その2人は若汐の行動を注意深く見る。

若汐はそっと立ち上がり、皇子や公主に目をやっていた。

 やはり慌てている様子はない。


──おかしい。


そう思わざるを得なかった。

 だって、自分たちが演奏しようとしている曲を先に披露されたのだ。

しかも皇子や公主が披露しようとしている楽器より珍しい楽器で。

 普通なら慌てるはず。

なのに若汐は普段通りに行動していた。

 いや、少し不思議な行動をとっていた。

 立ち去ろうとして行く宦官たちに一つの楽器を貸すように言っていたのを見逃さなかった。その楽器の名前は分からなかった。

 何をしようとしている?

もう若汐の行動にそのとある2人は理解が追い付かなかった。


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