紫禁城の音楽教室④
「皇子、この曲を弾けるのを目標にしましょう。ここまでで充分です。」
譜面台に探してきた『きらきら星変奏曲』の楽譜をそっと置いて開く。
とある大きな決断をされているとも知らずに、若汐は永琪にピアノを教えることに集中していた。
現代と同じようにピアノ教室で教えているようにしてしまっていることにすっかり失念してしまっていたのだ。
2人の妃嬪に慣れているように見られてしまうのも当然の話だ。
演技をすることを若汐は忘れてしまっていた。
いわゆる、職業病というやつだった。
「まず私が弾いてみますね。ここまで弾きます。」
現代では有名なメロディーが響き渡る。
ド ド ソ ソ ラ ラ ソ ファ ファ ミ ミ レ ド
ソ ソ ファ ファ ミ ミ レ ソ ソ ファ ファ ミ ミ レ
ド ド ソ ソ ラ ラ ソ ファ ファ ミ ミ レ レ ド
立ちながら片手で若汐は弾いた。
音色は言うまでもなく美しいものだった。
「この曲はきらきら星変奏曲と言われているんですが、初めて習う方はここまでの人も多いんです。ですので今私が弾いた所まで頑張ってみましょう。頑張れますか?」
「うん、頑張れる。」
「では次に音符の読み方をお教えしますね。」
そう言って音階から丁寧に若汐は教え始める。
2人の妃嬪に見守られながらおそよ半刻の時を消費した。
「そろそろ時間ですね。皇子は素晴らしいです。きっと上手に弾けますよ。」
「本当!?」
「はい。筋が良いと思います。しっかり弾けるように頑張りましょう。」
皇子という身分は他にも勉学をしなくてはならないので時間が限られていた。
若汐はその限られた時間で基礎をどうにか教えこんだ。
意外にも永琪は飲み込みが早く、これならゆっくりでもきらきら星の部分が一週間あれば弾けるのではないかと若汐の経験上感じていた。
「なんだか永琪だけ教えてもらうのも勿体無いわね。」
「そうだわ。若汐、貴女他にも楽器は教えてもらった?」
嫻妃に問われて、はいと答える若汐。
「せっかくだもの。他の皇子や公主、それに他の楽器も教えてあげるのはどう?」
「…え?私がですか?」
他に適任者がいるのではないだろうか。
何故自分ばかり?
若汐は表情が固くならないように必死に笑顔を保った。
──それらの光景を直接、高貴妃が見ていたという事は流石に気がついていなかった。




