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狙われたピアノ①

読んで頂きありがとうございます。今日から2話ずつ投稿いたします。よろしくお願いします。

 妃嬪に封じられた若汐。

それからの日々はというと、乾隆帝にピアノを度々聴かせる日々が続いていた。

 もう自分に興味は失ったと思っていたばかりに彼女は戸惑う日々を過ごしていた。

 夜伽に呼ばれる事はあれからほとんどなくなったのだ。

それはつまり自分に興味を失ったという事。少なくとも寵妃とは呼べまい。

 中国時代劇ドラマの知識からしてそうだろう。

ならば皇帝に関わる事なく平穏に過ごせるはずだ。

 皇帝の寵愛など、自分には必要のないものなのだから。

若汐はそう考えていた。

 少し、人間関係に問題はありそうだがそれも下手に出ていれば問題はないはずである。

 高貴妃にはどうやら嫌われてしまっているようだが、ピアノの事で嫉妬された所でどうしようもない。

若汐は最初の挨拶できちんと気がついていた。

 嫉妬の類というものは音楽大学だけでなく、ピアノ教室に通ってた時から向けられていたものだからだ。

 先生や同級生達からその類稀な才能に嫉妬を向けられていたのだ。

その為、嫉妬を向けられたという事はその人物を見ればすぐに分かった。

 現代での経験がこうも役に立つとはなんと皮肉な話だろうか、と若汐は思った。

 しかし、彼女の願いとは裏腹に円明園にあるピアノを自分の為に聴かせて欲しいと何度も命じられ円明園へ行く日々。

 ピアノを求めるだけなら別に妃嬪に封じる必要はなかったのでは?

移動の時間もかかるのだ。いっその事、円明園に寝殿を下賜してくれればよかったものの。

 若汐がそう考えざるを得ない状況だった。


「今日は何を聴かせてくれるのだ?」

「フレデリック・ショパンが作曲しましたワルツ第6番。通称、『子犬のワルツ』と呼ばれている曲でございます。」


高貴さを崩さない笑顔で乾隆帝に若汐は説明した。

いつものようにピアノとの距離、高さを確認する。

 低めのヒールでペダルを何度も踏んでは離して同じく確認。

ヒールは郎世寧に常在となったお祝いにくれた物であった。

乾隆帝もそのことは知っている。特にお咎めはなかったので内心、胸を撫で下ろした。

 ペダルを確認するこの作業も慣れたものだ。

最初は宮女の靴で行っていた作業。

 今は、現代人が履く靴で行っている。恐らく、この清国でヒールで歩ける人間はそう多くないだろう。

人生どうなるか分かったものではない。

 最初はただ未来から来たのを証明する為に郎世寧に向けて弾いただけだった。

次に聴かせたのは息子の死の悲しみに暮れていた皇后を前向きにさせる為に弾いた。

どれも命じられて弾いたものだ。

 郎世寧は厳密に言えばお願いであったが、あの状況を考えればほぼ命じられたのと変わりはなかった。

そして英雄ポロネーズを郎世寧にお願いされ弾いた時に運が尽きたのだ。

 それが乾隆帝の耳に入らなければ、『皇帝』を弾く事はなかっただろう。

恐らくあれがきっかけだったのだろうと今更ながら若汐は気がついた。


(ピアノが縁を結んだって事か…仕方ないね、それは。)


 音楽の力とは時に恐ろしいものだ。

時には人の心を動かし、時には縁も結びつけてしまうのだから。

 しかし、その力に若汐は魅入られている。

分かっていて魅入られている。

 だからこそ情熱を失おうともピアノを弾き続けているのだ。

こうしている今も、子犬のワルツを手を抜くつもりはなかった。

 確認を全て終えると息を吸って鍵盤を操り始めた。

フレデリック・ショパン作曲、ワルツ第6番変ニ長調作品64ー1。

 ショパンが晩年に作曲したピアノの為の曲であり、デルフィーヌ・ポトツカ伯爵夫人に向けて捧げられた曲である。

 通称、フランス語である『子犬のワルツ』として知られているが英語では『1分間のワルツ』という愛称でも知られている作品だ。

この曲は難易度は高い方ではない。

『皇帝』に比べれば難易度はかなり低い。

だが、指の繊細さが試される曲である。

 どれだけ丁寧に弾き続けられるか、まるで子犬が自分の尻尾を追ってぐるぐると回っているかのように聞き手に聞こえるか、という表現力と技術が試される曲であった。



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