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後宮入り②

「なんだか慣れないわね。ついさっきまで女官の服を着ていたんだもの。」

「お似合いですよ、若汐様。」

「それは2人が支度をしてくれたからよ。私1人では無理だったわ。」


 若汐は春海と翠蘭に感謝していた。

宮女だった頃はしていなかった化粧を施してくれて、幼い顔が幾分か大人びた顔つきになることが出来た。

 本来、現代人である若汐がこの時代の化粧品など知るわけがない。

ましてや化粧の仕方などもっと知るわけがない。

 当時は小指と薬指だけ爪を伸ばし、飾りをつける風習がお嬢様方にあったがピアニストで指を繊細に扱う彼女はその装飾品を嫌った。

 指輪も1つも身につけることはなかった。指を繊細に動かす生業をしているため、苦手なのである。

下賜されたものを見るだけで充分と考えている。

 髪飾りに皇后も着けていたラピスラズリもあったが、造花のみで充分だと2人の側仕えに伝えた。

 派手なのはドレスだけで良いと言うのが彼女の考え方だったからだ。

その為に服装もかなりシンプルだ。

ピンクのワンピースのような敷地に白い四角い模様が施されただけのものだった。


「娘娘。もっと素敵な服が下賜されていますのに。」

「常在なんだし、これくらいがちょうど良いのよ。位に合った服装でないとね。それに、別に上の位を目指しているわけでもないし。」

「そうなのですか?」

「妃に封じられただけ幸運よ。」


 翠蘭の問いかけに少し困ったような笑みを浮かべて若汐は答える。

内心は猛反対の考えであることは黙っていた。

 別に2人の事を信用していないからという理由ではない。

若汐は自分自身を信用していないのだ。

 つい自分は未来から来た人間だ、ということまで言ってしまいそうだからだった。

 もしそんなことを言ってしまえば宮女は口が堅いだろうが、何かしら歴史に残るかもしれない。

 タイムスリップしてきた若汐はそういう記録を残すわけにはいかなかった。

 



「皇后娘娘にご挨拶に伺うべきだったけど時間がないわね。」

「そうですね。仕方ありません。明日、伺いましょう。」


 春海が答える。

新入りの妃嬪は皇后の寝殿に赴き、拝礼する決まりがある。

 だが今日付けで常在となった若汐にその時間はない。

何せ仕事中に常在に封じられたことを李玉から伝えられたのだ。時間がないのは当たり前のこと。

夜伽に向かうまであともう半刻を切っていた。

 もう間もなくである。

とてもじゃないが今日中に伺う、ということは不可能だった。


(今の皇后はお優しい方だし、今日中に会って印象良くしておきたかったんだけどなぁ。)


 世の中、物事は上手くは運ばないものである。

でも今日上手く行かずとも明日がある。

 それは現代だとしても誰にでも保証されたものではないが、特にこの時代に当たり前のように明日を信じることが出来るのは幸せなことだった。

 若汐はそのことをよく分かっていた。


「娘娘、そろそろお時間です。」


 それから少し経った後。

空燕が若汐より少し遠くから時間を告げる。

 分かったわ、と彼女は言うと控えめな緋色に刺繍を施された花盆底靴を履いて宮女2人と太監1人を連れて寝殿を出た。



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