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驚愕の邂逅③

「ピアノの演奏をしてほしい…ですか?私は構いませんが理由を聞いても?」

「ここにる工事の者達は皆疲れています。貴女のピアノで癒して欲しいのです。」


 若汐は郎世寧に頼み事をされた。

ピアノの演奏をしてほしい、と。

 彼女は疑問に思いながら笑顔まま尋ねる。

郎世寧も何故か笑顔だ。

答えを聞いても若汐の疑問は解決しなかった。

──自分のピアノを聴いてはたして癒されるのだろうか。

自分のことなので彼女は分からなかった。

 理由は至極簡単で、郎世寧はごく一部で噂になっている若汐のピアノの実力を皆に聴かせたかったのである。


「出来れば派手な曲だと盛り上がると思います。」

「かしこまりました。」


 盛り上がりではなく、癒しが必要だったのでは?

盛り上がりは癒しに繋がるのだろうか。

 疑問は解決しないまま、どの曲を披露するか考えながらピアノが置かれている東屋に若汐は向かった。

──選曲には相変わらず時間は掛からなかった。

 今回は難易度が高い曲にしようと若汐は決めていた。

だが、難易度が高すぎる曲もこの時代の人間に疑問を抱かせる。

 程よく盛り上がるであろう曲にしようと若汐は選曲していた。

誰も開け方は知らないので前回と同じように蓋を全て自分自身で開ける。

椅子の調整はもうほとんどしなくても良かった。


──弾ける人間は、ここには1人しか居ないのだから。


人がどんどん東屋に集まってくることに若汐は気がついた。

日本でリサイタルを開く時のことを思い出す。


──心地良い緊張感が自分の中に膨れ上がっていることを確認する。


全く緊張しないというのは演奏家としてはよくないメンタルの状態である。

 自分のメンタル調整をすることも演奏に必要な1つであることを若汐は知っていた。

 ペダルの確認をし、指をそっと鍵盤に置く。

──大きく息を吸った。

奏で始めた曲はフレデリック・ショパン作曲、ポロネーズ第6番。

 現代では『英雄ポロネーズ』と親しまれている難曲の1つである。

最初は小さくそして大きく。

それを繰り返す。

 強弱を上手くつけながら有名なメロディーへと弾き進めていく。

派手なメロディーではあるが、どこまでも歌うような音であることに変わりはなかった。


──カンタービレ、歌うように弾くことを忘れずに。


 ずっとピアノを弾いてきた若汐の身体に刻まれている言葉。

演奏をする時は歌う時と同じように必ず息を吸ってから歌って弾くように。

 そう教えられていた。

それは音楽大学でも忘れずに行っていた若汐の弾き方であった。




──碧眼が、若汐の指を捉えていた。

祖国で英雄ポロネーズを聴いたことはない。

 恐らく、まだ生まれていない作曲家の曲なのだろう。

中身が未来の人間だからこそ弾ける曲なのだ。

この曲は知らないものの音色を聴いた限り、祖国で聴いたピアニストよりも上手く聴こえた。

 同じ楽器だというのに弾く人物が違うだけで違うことに郎世寧は驚いていた。

今まで若汐に何曲か演奏を頼んだことはあった。

だが、ここまで技術が高いとは予想だにしなかった。

 その証拠に円明園の工事の後片付けを終えた宮女や男や宦官達がどんどん東屋に集まって聞き入っている。

若汐はそのことに気がついていなかった。

どこまでも集中し続け、歌うように音を響かせていた。

──それはピアノの詩人のようでショパンが友人達に聴かせる為サロンで弾いているように。

彼女自身がショパンと言っても過言ではないくらい美しい音色であった。

──ひっそりと郎世寧が若汐のスケッチをしていたことは誰も知らない。


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