第9話 七剣星
生存戦争開戦宣言から、3日が経とうとしていた。
本格的に戦いが始まるのは、参加ゲームが確定してからだが、既に様々な情報戦が繰り広げられている。
どのタイトルが強いのか。
そのタイトルのトッププレイヤー、つまり主力は誰なのか。
攻めるのか、もしくは守りを固めるのか。
プレイヤー同士で、どれだけの連携が取れるのか。
あるいは今のゲームを諦めて、勝てそうなタイトルに移行するか。
その他にも、ありとあらゆる手段を使って情報を集め、少しでも有利に戦おうとしているプレイヤーが多い。
一方で、生存戦争を本気にしておらず、いつも通りにプレイしている者もいる。
更にはこれを機に、ゲームをやめようとしているパターンもあった。
逆に興味を持って、それまでゲームをしていなかった人間が始めるケースも見受けられる。
何にせよ、生存戦争がゲーム界隈に与えた影響は、計り知れない。
当然と言うべきか、正体不明の団体であるGENESISも、調査の対象だ。
しかし、GENESISに関しては何もわかっておらず、今も謎のままである。
確かなのは、あらゆるVRMMORPGに干渉出来る、高度な技術を持っていること。
各タイトルも抵抗を試みてはいるのだが、どうしてもGENESISの管理下から逃れることが出来ない。
いつでもサービス終了させられる状況は、常に銃口を突き付けられているようなものだ。
中には逆に、GENESISを攻撃しようとした企業もあるのだが、返り討ちに遭って大打撃を受けている。
それ以降、下手な真似をしてGENESISの不興を買うことを恐れた企業は、否応なく従うことになっていた。
警察や国に助けを求めたところもあるようだが、何らかの力が働いているのか、積極的な動きは見られない。
こうなると最早、誰にも生存戦争を止めることは出来ず、刻一刻と本当の開戦日が近付いている。
そんな中で今、1つのタイトルが大きな動きに出ようとしていた。
ファンタジーゲームで良く見られる、厳かな雰囲気の城内。
どちらかと言うと、魔王城と言った方がしっくり来る。
暗く広い室内を燭台の火が照らし、怪しさを演出していた。
真ん中には豪華な丸テーブルが置かれ、それを囲うように7人のプレイヤーが座っている。
それぞれ態度は違うが、全体的には重苦しい空気が流れていた。
生存戦争を目前にしているのだから、致し方ないかもしれない。
ところが、最初に口を開いた者は、至極楽しそうである。
「良く集まってくれたな、七剣星。 正直、断られるんじゃないかと思ってたぜ」
ニヤリと笑いながら言い放ったのは、長い黒髪に獰猛な紅眼の、長身で逞しい男性。
禍々しい黒の甲冑を身に纏い、強烈なプレッシャーを撒き散らしていた。
名をガルフォードと言い、【ソード・クロニクル・オンライン】、通称SCOの大会優勝者である。
そして七剣星とは、SCOにおける最強の武器、『レジェンドソード』を持つプレイヤーの通称。
第一星から第七星までおり、優勝者であるガルフォードが第一星。
要するにこの場には、SCOのトッププレイヤーが集結しているのだ。
PVP推奨のこのゲームでは極めて稀なことで、それだけの異常事態と言う証左でもある。
ガルフォードの言葉にしばし返事はなかったが、腕を組んで瞳を閉じていた男性が、目を開きながら不本意そうに声を発した。
「本当は来たくなかったがな。 SCOの命運が懸かっている以上、仕方なかろう」
ガルフォードとは対照的なイメージの男性は、金の短髪に知性溢れる碧眼が印象的。
白金の鎧を身に付けており、高貴な身分に見える。
名をロランと言い、現在は第二星に甘んじているが、実力ではガルフォードと同等だ。
続いて口を開いたのは、ロランの隣に座った女性。
「ロラン様が参加されるのなら、副官のわたしが参加しない訳には行かない」
ロランと同じ金髪をショートカットにしており、全てを見透かすような鋭い碧眼。
白金の胸当てと手甲、脚甲を装備している。
ロランの副官を名乗っているが、実際にはそう言ったシステムはなく、あくまでも自称だ。
名前はイヴで、第三星に相応しい強さを備えており、大会の上位常連でもある。
次に言葉を紡いだのは、順番的に自分だと空気を読んだ青年。
「僕もロランさんと同じで、来たくはなかった。 しかし、SCOを存続させる為なら、お前と組むのもやぶさかじゃない」
爽やかな水色の髪に銀の瞳、白銀の甲冑。
非常に整った容姿をしているが、今は苦悩に満ちた表情になっている。
彼の名はフレン。
第四星の名に恥じない、相当な実力者だ。
更に七剣星の参加表明は続く。
「あたしは……今でも、参加したくないと思ってます。 でも……こうなったからには、仕方ないのかなって……」
落ち込んだ様子で声を落としたのは、薄緑のサイドテールに空色の瞳の少女。
緑の胸当てと手甲、脚甲を装備している。
名前はアリエッタで、本来は明るい性格なのだが、生存戦争を前にして気持ちの整理が付いていないようだ。
彼女も第五星と呼ばれるほどの使い手なものの、今はその実力を発揮出来るか怪しい。
そこに嘲るような声を投げたのは、2人の少年。
「おいおい勘弁してくれよ、アリエッタ。 テメェも『レジェンドソード』の所持者なら、死ぬ気で働けや。 なぁ、カイン?」
「だな、アルド。 おいアリエッタ、本気で協力しないってんなら、第五星の座を譲れよ。 そもそも、俺らがテメェの下ってのが気に入らねぇんだ」
初めに文句を言った少年が、アルド。
燃え盛るような赤い髪に、勝気な橙黄色の瞳。
深紅の甲冑を纏い、やる気満々なのが伝わって来た。
もう1人はカインと言う少年で、癖の付いた灰色の髪と見下すような瞳が特徴。
鈍色の軽鎧を装備しており、どことなく邪悪な空気を感じた。
この2人は第六星と第七星に君臨するのだが、はっきり言えば第五星までよりは格が落ちる。
それでも『レジェンドソード』を持っているだけあって、強力なプレイヤーなことに違いはない。
ここでSCOの、基本的な情報を紹介しておこう。
西洋風の世界観で、剣に特化したゲーム。
武器は剣のみだが、片手剣や両手剣、大剣、双剣、細剣などのバリエーションはある。
PVP推奨で、決闘形式。
職業と言う概念はないが、様々な剣技を磨く楽しみがある。
装備の入手難易度はCBOほど高くなく、他の4大タイトルと同程度。
ただし、『レジェンドソード』だけは特別で、現時点で7本しか確認されていない。
定期的にPVPの大会が開かれ、上位入賞者には賞金が出る。
この賞金は、他の4大タイトルと比べてもかなりの額だ。
それゆえ、ゲーム自体には興味がない者も集まって来て、賞金を奪い合うことがある。
アリエッタはそのようなタイプではないが、だからと言って言われっ放しで済ませるのは、彼女の気性が許さない。
「嫌です。 第五星なんて呼び名に拘りはないですけど、貴方たちみたいな人に譲るほど安くはないので」
「あぁッ!? ムカつく女だぜ!」
「上等だ。 なら、実力で引き摺り下ろしてやるよ」
アリエッタの態度に腹が立ったアルドとカインが、席を立つ。
それを見たアリエッタも内心で嘆息しつつ、腰を浮かしかけたが――
「やめろアルド、カイン。 これが何の集まりかわかってねぇのか?」
「で、ですが、ガルフォードさん……」
「うるせぇぞ、アルド。 どうしてもってんなら、俺が相手になってやろうか?」
「そ、そんな、滅相もないです!」
「だったら、大人しくしてろ。 カイン、テメェもだ」
「わ、わかりました……」
ガルフォードに睨まれたアルドとカインは、途端に縮こまって座り直した。
今のやり取りからわかるかもしれないが、彼らはガルフォードに絶対服従を誓っている。
何故なら、2人に『レジェンドソード』を与えたのは、何を隠そうガルフォードだ。
自分たちでは逆立ちしても勝てないとわかっている少年たちは、いつも彼の機嫌を窺っている。
このように、七剣星と一括りに言っても、様々な分野で一概には比べられない。
それを踏まえた上で、ガルフォードはようやく本題に取り掛かった。
「テメェらも知っての通り、生存戦争が4日後に始まる。 まさかとは思うが、抜ける奴はいねぇよなぁ?」
彼の確認に対して、アルドとカインは首を大きく縦に振り、他のメンバーは沈黙を保つ。
それを肯定と取ったガルフォードは、話を次の段階に進ませた。
「んじゃ、どこからぶっ潰して行くか決めるか」
「待て、ガルフォード」
「あん? 何だよ、フレン?」
「こちらから、積極的に攻め入るつもりか?」
「当たり前だろ。 こんな怠いことに、1年も掛けてられっかよ。 とっとと全部ぶっ潰して、勝ち残りを決めるぜ」
「お前の言っていることもわかるが、他のゲームに罪はない。 僕たちは守りに徹するだけでも……」
「は! 前々から甘ちゃんだとは思ってたけどよ、ここまでとはな。 どうせ生き残れるのは、1つだけなんだ。 だったら、早いか遅いかの違いだろうが」
「それは、そうだが……」
「テメェだって、SCOがなくなって賞金が手に入らなくなったら、困るんじゃねぇか?」
「……」
「図星のようだな。 だったら、つべこべ言わずに戦え」
懊悩しているフレンを、嘲るように笑うガルフォード。
それでもフレンは踏ん切りが付かなかったが、背中を押したのはロランだった。
「腹を括れ、フレン」
「……! ロランさん……」
「ここに来た時点で、お前もこうなることはわかっていたはずだ。 今になって迷いを見せるな」
「……はい」
「はは、流石は第二星だな。 どこぞの甘ちゃんとは違うぜ」
「勘違いするな、ガルフォード。 わたしたちは、完全にお前に賛同したつもりはない」
「あん? どう言うことだよ?」
「こちらから攻め入って、早期決着を求めるのは良いだろう。 だが、だからと言って守りを疎かにしてはいけない。 手薄なときにクリスタルを狙われたら、終わりだからな。 違うか?」
「まぁ、その通りだな」
「だから、わたしたちは主に防衛を担う。 侵攻はお前たちが担当しろ。 戦力が足りないときは、要調整だ」
「テメェ、ロラン! ガルフォードさんに意見してんじゃ――」
「黙ってろ、アルド」
「……ッ! はい……」
ガルフォードの一言で、アルドは撃沈した。
そんな彼を無視して思考を巡らせたガルフォードは、ニヤリと笑って告げる。
「良いぜ。 侵攻はアルドとカインをメインにして、場合によっては俺も出る。 守りはテメェらに任せるぜ」
「わかった、引き受けよう。 フレンも、それなら文句ないだろう?」
「……有難うございます、ロランさん」
「てことで、開戦直後からアルドとカインには暴れてもらうからな?」
「望むところですよ、ガルフォードさん! なぁ、カイン!?」
「おうよ。 思う存分、やらせてもらおうぜ」
「当たり前だが、2人だけで行こうとすんなよ? 最初が肝心だって言うしな、ビビらせる為にも大軍で攻め込んでやれ」
「了解です!」
「手当たり次第に集めておきます」
その後も、どの順番に他ゲームに攻め込むかを、話し合うガルフォードたち。
決まった以上は仕方ないが、やはりフレンとアリエッタは気乗りしなかった。
すると、話が一段落したのを見計らって、イヴが別の議題を放り込む。
「ガルフォード、他ゲームとの戦いに夢中になっているところ悪いが、GNESISクエストに関してはどうするつもりだ?」
「ん? あぁ、あれか。 確かに無視は出来ねぇが、今んとこ情報がねぇだろ? 打てる手はねぇよ」
「そうとも限らん。 もしかしたらわたしたちが知らないだけで、どこかにGNESISクエストの情報が流れている可能性はある」
「まぁ、完全否定は出来ねぇな。 それで? どうしろってんだ?」
「フレンとアリエッタに、調べてもらおうと思う。 防衛組の手筈は、ロラン様とわたしがあとで伝えておこう」
このときフレンとアリエッタは、イヴの思惑を察していた。
生存戦争に積極的になれない自分たちを、この場から遠ざけようとしているのだろう――と。
それで何が解決する訳ではないが、少しは頭を冷やす時間が出来るかもしれない。
ガルフォードにも彼女の考えは筒抜けだったが、条件付きで許可することにした。
「別に構わねぇぜ。 ただ、1つ伝えておくことがある」
「伝えておくこと、ですか……?」
「そうだ、アリエッタ。 この馬鹿げた戦争には、運営も関わって来ることは知ってんな?」
「……はい」
「実は昨日連絡があってな、何が何でもSCOを勝たせろだとよ。 ただ、その代わりに協力は惜しまないそうだ」
「何が言いたいんだ? 要点を言え」
「くく、意外とせっかちだな、フレン。 要するに、俺ら七剣星には特別に、金や素材を融通してくれるそうだ。 それを使って、装備を強化しろだとよ」
「ば……馬鹿な!? そんなことが許されるはずがない! それに、もしもGNESISに気付かれたら……」
「SCO運営を舐めんなよ、フレン? GNESISどもには劣るかもしれねぇけどな、俺らを援助するくらいなら奴らの目を掻い潜れる。 まぁ、大々的なことは出来ねぇけどよ」
「だとしても、それでは公平性が……!」
「そんな場合か? 言っただろ、何が何でも勝たねぇと駄目なんだよ。 ちなみに、俺とアルドとカインはもう受けた。 あとはテメェらだけだ」
フレンは葛藤した。
彼にとっても生存戦争は、必ず勝利する必要がある。
だが、だからと言って、不正を働いて良い理由にはならない。
それでも、生き残る為なら――
「わたしは断る」
「わたしもだ」
フレンの心が揺れ動いていたとき、ロランとイヴの毅然とした声が彼の耳朶を打った。
それはアリエッタも同様で、目を丸くして2人を見つめている。
しかし、ロランたちは威風堂々とした態度で、はっきりと言い切った。
「そのようなものに頼らなくても、わたしたちは負けない。 援護するなら、もう少しマシな案を出すように運営に言っておけ」
「ロラン様の仰る通りだ。 資金や素材など、自分でなんとでも出来る」
彼らの姿を見たフレンとアリエッタは、自分が恥ずかしくなった。
だが、すぐに立ち直った2人も、迷いを断ち切って告げる。
「僕も、その支援は断る」
「同じくです。 話が終わりでしたら、イヴさんの指示に従って情報収集して来ます」
「ちッ……まったく、仕方ねぇな。 わかったよ、行け」
面倒臭そうに手を振って、フレンとアリエッタを追い払うガルフォード。
それを受けても2人は気にせず、揃って部屋をあとにした。
その際、ロランとイヴに軽く頭を下げると、彼らは薄く笑みを浮かべている。
フレンとアリエッタは日頃からロランたちの世話になっているが、今回も甘えてしまったと思った。
今はまだ動揺が勝っているが、生存戦争では必ず2人に報いようと誓っている。
そうして、城の通路を並んで歩いていた2人だが――
「フレンさん、これからどうしますか!?」
突然、アリエッタがにこやかな笑みで問い掛けた。
対するフレンは僅かに身を逸らし、若干引き気味に声を発する。
「そ、そうだね。 と、取り敢えずイヴさんの言う通り、GNESISクエストの情報を探してみようか」
「わかりました! あたし、頑張ります!」
「う、うん。 お、お互い頑張ろう」
グイグイ迫って来るアリエッタを、フレンは完全に持て余していた。
念の為に言っておくと、彼は決してアリエッタが嫌いな訳ではない。
ただ、根本的に女性が苦手なせいで、話すと緊張してしまうのだ。
だが、フレンに恋しているアリエッタが止まることはなく、ことあるごとに彼に接近しようとする。
その後、アリエッタに捕まったフレンが解放されたとき、彼の精神的な疲労はピークに達していた。
そんな一幕がありながらもSCOの作戦会議は進み、とうとうその日がやって来る。