表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/31

第8話 GENESIS

 ケーキとともに町に戻って来た雪夜は、早くも後悔しかけていた。

 彼女の絡みが鬱陶しかったから――ではない。

 むしろケーキは、ほとんど何も話さなかった。

 ただし――


「……」


 穴が開くほど、見つめられ続けている。

 頬を上気させて瞳を潤ませており、どう見ても()()()()感情としか思えない。

 それくらいのことは、経験の乏しい雪夜にもわかった。

 だが、彼からすればほぼ初対面の相手。

 いくら容姿に優れていようが、いきなり恋愛感情を持てるほど、雪夜は面食いではない。

 そもそも、実際の性別も不明だ。

 それはケーキも同じはずだが、彼女からは圧倒的な()()が伝わって来る。

 どうしたものか悩みつつ、同行を許した手前、突き放すのは躊躇われた。

 だからと言って、この状態が続くのは耐えられそうにない。

 それゆえに彼は、苦肉の策を提示する。


「……ケーキ」

「……! はい!」

「声が大きい」

「あ……すみません……」

「いや、そこまで謝らなくて良いが……。 それより、あまりジッと見られると落ち着かない。 何か言いたいことがあるなら、遠慮なく……いや、適度に話してくれ」

「え、良いのですか……? 付いて来るだけと言われたので、話したら駄目なのかと思っていたのですが……」

「確かにそう言ったが、多少の雑談くらいは構わない。 少なくとも、今のように見られるだけよりはマシだ」

「わ、わかりました! 改めて、よろしくお願いします!」

「……あぁ。 では、またな」

「あ、はい。 またで……えぇ!? ち、ちょっと待って下さい! どこに行くのですか!?」

「言っただろう? 俺は、キミが行けない場所にも行くと」

「で、ですから、どこに行くのですか!? 多少の高難易度なら、わたしは付いて行けます!」


 少しでも雪夜と一緒にいたいケーキは、必死に食い下がった。

 しかし彼は、一切取り合うことなく、キッパリと告げる。


「無理だ。 何せ、相手はCBO最強だからな」

「……ッ! それって……」

「キミもCBOプレイヤーなら、聞いたことくらいはあるだろう? 剣姫だ。 彼女を相手にするなら、レベルMAXと全身UR装備が最低条件だからな。 欲を言うなら、強化値はオール4以上欲しい」

「……雪夜さんは、そこまで剣姫を評価しているのですね」

「そうだな。 今までいろんな相手と戦って来たが……彼女ほど歯応えのある相手はいない」

「ふふ……」

「どうした?」

「い、いえ、何でもありません。 ですが、わかりました。 そう言うことでしたら、今日は諦めます」


 突然上機嫌になってニコニコ笑うケーキを、雪夜は怪訝そうに眺めた。

 だが、敢えて問い質すことはせず、内心でホッとしながら別れる流れに持って行く。

 ところが、その直前に新たな火種が到来した。


「あ! 雪夜くん! 偶然……だ……ね……」


 雪夜を見付けたAliceが、満面の笑みで駆け寄って来る。

 だが、距離が縮まるにつれて表情が硬くなり、尻すぼみに声は小さくなった。

 頬は痙攣しており、辛うじて笑顔を保っているものの、平常心には見えない。

 そして、彼女の視線は雪夜ではなく、彼の隣に立つ美少女に向いている。

 上から下までじっくりと眺めたAliceは、ぐりんと首を巡らせて、全く笑っていない笑顔で雪夜に問い掛けた。


「雪夜く~ん? この可愛い子は誰かな~?」

「知り合いだ」

「し~り~あ~い~? は! ま、まさか……フレンドってこと!?」

「いいや、知り合いだ。 それ以上でも、それ以下でもない」

「ふ~ん……」


 探るように雪夜を見るAliceだが、彼は何も嘘は言っていない。

 そのことを察したAliceは、再びターゲットをケーキに戻し、今度こそ華やかな笑みで話し掛ける。


「初めまして! あたしは、Aliceって言うの! 貴女の名前を教えてくれる?」

「……ケーキです」

「ケーキちゃん! 美味しそうな名前だね!」

「そうですか」

「えっと……そうだ! 良かったら、フレンド登録してくれない? タイミングが合ったら、一緒に遊ぼうよ!」


 このときAliceは、笑顔の裏で打算塗れだった。

 ケーキとフレンドになることで、なし崩し的に雪夜にフレンドを申し込もうとしている。

 断っておくと、()()彼女は雪夜に恋心を持っている訳ではない。

 ただ、お気に入りのオモチャを、他人に取られるのが許せないのだ。

 本心はともかく、このときのAliceはそう考えていた。

 もっとも――


「お断りします」

「有難う! ……え?」

「お断りしますと言いました」

「……どうして?」

「貴女に興味がないからです」

「そ、そんなことを言わずに! 遊んでるうちに、仲良くなるかもしれないし!」

「関係ありません。 話がそれだけでしたら、どこかに行って下さい」


 けんもほろろなケーキを前に、Aliceの計画は呆気なく潰えた。

 しかし、このまま2人を放置したくないと考えたAliceが、必死に次の策を考えていた、そのとき――


「うぉ! 何だあれ!?」

「何かのイベント?」

「そんな告知あったか?」


 周囲のプレイヤーが騒ぎ出す。

 煩わしく思いつつ、振り向いたAliceが目にしたのは――空に浮かんだ巨大なウィンドウ。

 そこには、アルファベットの『G』を模したマークが描かれており、奇妙な雰囲気を感じた。

 なんとなく不安感を抱いたAliceが雪夜を見ると、彼も険しい顔になっている。

 一方のケーキは訳がわからず、困惑しているようだった。

 そうして騒然とするプレイヤーに頓着することなく、いよいよ物語は動き出す。


『VRMMORPGプレイヤーの諸君、ご機嫌よう。 我らはGENESIS。 わたしのことは、そうだな……代表とでも呼んでくれたまえ』


 ウィンドウから聞こえた代表の声を聞いた雪夜は、反射的に刀に手を掛けた。

 この行為に意味がないとわかっているが、凄まじい何かを感じている。

 それと同時に、代表の言葉に違和感を覚えた。

 しかし、その違和感の正体はすぐに判明する。


『この放送は、ありとあらゆるVRMMORPGに流れている。 そのことを念頭において、今からする話をしっかり聞いて欲しい』


 違和感の正体。

 それは、CBOプレイヤーではなく、VRMMORPGプレイヤーと表現したこと。

 理由を知った雪夜だが、驚きを禁じ得ない。

 基本的にVRMMORPG同士は関りがなく、互いに干渉することなどなかったからだ。

 これから何が起こるのかと、雪夜がますます緊張していると、代表はマイペースに話を続ける。


『諸君には最長で1年間、VRMMORPG生存戦争に参加してもらう』


 VRMMORPG生存戦争。

 かなり不穏ではあるが、この時点ではまだ判断が難しいと思う雪夜。


『ルールを説明しよう。 少し長くなるが、内容を纏めたものをサイトにアップするから、後ほど確認することをお勧めする』


 良いから早く話せ。

 それが雪夜の気持ちだった。

 そんな彼の思いが伝わった訳ではないだろうが、代表は言葉を連ねる。


『まず、1週間後の今日、19時までに参加ゲームを決めてもらう。 決めなかった場合、生存戦争への参加権を失う』


 詳しいこともわからないのに、参加するもしないもないだろうと雪夜は考えた。


『参加を決めたゲーム以外の、VRMMORPGアカウントは凍結される』


 ざわつくプレイヤーたち。

 それはそうだろう。

 雪夜は現在CBOしかプレイしていないが、複数のゲームを遊んでいる者もいるのだから。

 混乱に陥るプレイヤーたちをよそに、代表は尚もルール説明を続ける。


『その後、全てのVRMMORPGが様々な形で競い合い、脱落した者はアカウントを凍結され、それ以降の生存戦争に参加出来ない。 そして、最終的にプレイ人口が最も多く残ったゲームの勝利だ』


 馬鹿げている。

 代表の説明を聞いた雪夜は、真っ先にそう思った。

 システムも何もかもが違うゲーム同士を競わせるなど、出来るはずがない。

 Aliceや他のプレイヤーもそう考えているようで、これが単なる余興だと思い始めている。

 ところが、代表の言葉は終わっていなかった。


『ただし、本拠地にあるクリスタルを破壊されたゲームは、残りのプレイ人口に関わらず脱落となる。 今、それぞれのゲームの拠点に、クリスタルが出現したはずだ。 それを守るように』


 代表が言うや否や、雪夜たちがいる町の広場に巨大なクリスタルが生成された。

 信じられない光景に他のプレイヤーたちは絶句し、雪夜は厳しい顔付きになっている。


『このルールによって、期間である1年を待たずして決着が付く可能性は、充分にある。 残りのゲームが1つになったら、終了だからな』


 この時点で雪夜は、生存戦争がただの悪戯ではないと確信していた。


『競い方はいろいろあるが、大きく分けると我々が課すクエストへの参加と、各ゲーム同士でのPVPなどだ。 クエストをクリア出来なかった者は脱落となり、PVPで敗れたプレイヤーも同様だ。 相手が自分のゲームのプレイヤーだろうと、負ければ脱落となるから、くれぐれも注意しろ』


 クエスト失敗とPVPでの敗北。

 仮に1度でもと言う条件なら、かなり厳しい。


『脱落したプレイヤーはアカウントを凍結されるが、ゲーム自体が勝利した場合は復活出来る。 更に、勝利ゲームは我々から資金提供を含めた、様々なサポートを受けられる』


 これに関しては、微妙なところだ。

 ここまで大掛かりなことを実行出来る団体から、サポートを受けられれば、かなりゲームは発展するかもしれない。

 しかし、これほど怪しい団体の協力を得て、本当に大丈夫なのだろうかと言う不安を、抱えることになる。

 そう考えた雪夜だが、正直に言うとそのようなことはどうでも良かった。

 問題は――


『勝利ゲーム以外の、脱落したゲームがどうなるかだが……』


 これだ。

 とは言え、おおよその見当は付いている。


『強制的に、サービス終了となる。 要するに、生き残れるVRMMORPGは、たった1つだけだ』


 説明が始まって、最大の混乱が町に溢れた。

 雪夜も例に漏れないが、比較的落ち着いている。

 生存戦争と言う名称を聞いたときから、薄々考えていたことだからだ。

 だとしても衝撃的だったが、代表はまだ終わらせる気がないらしい。


『PVPで不公平が出ないように、各ゲームの戦闘力は調整済みだ。 また、各ステータスの呼称は統一している。 バラバラだと、わかり難いからな』


 呼称はともかく、戦闘力の調整は必須だろう。

 ゲームによっては、攻撃力1つ取っても数字の桁が違う場合があるのだから。

 雪夜がステータスを確認したところ、確かにいくつかの項目の呼称が変わっているが、こちらは大きな影響がなさそうに思える。


『改めて言っておくが、全てのプレイヤーとPVPが可能だ。 敵ゲームの主力を狙うも良し、地道に戦力を削いで行くのも良し。 だが、他ゲームに侵攻出来るのは、毎日19時から22時までの3時間のみだ。 日中は学校や仕事で、ログイン出来ない者が多いだろうからな』


 次第に冷静になって来た雪夜は、この生存戦争のルールが意外と理に適っていると思わされた。

 規模が大き過ぎることと、ペナルティが重過ぎる点を考慮しないなら、楽しいと思えたかもしれない。


『最後に、運営によるアップデートは2回まで認める。 その代わり、常識の範囲内で行うように。 それとは別に、不具合修正などは適宜行ってもらう。 また、プレイヤーと運営の架け橋として、担当者を1人配属しても構わない。 変更や追加はあるかもしれないが、ルール説明は以上だ。 この1週間、しっかりと考えてくれ。 諸君の健闘を期待している』


 その言葉を置き去りに、ウィンドウが消滅する。

 まるで、初めからそこには何もなかったかのように。

 全てを聞き終えた雪夜は、何とも言い難い気分だった。

 ゲーム存続が懸かっているのだから、ある意味当然かもしれないが、運営が直接プレイヤーに関わって来ることにも、どう反応すれば良いのかわからない。

 あまりにも突拍子もない話で、現実味がまるでなかった。

 しかし、実際にクリスタルと言う形でGENESISの力を見せ付けられて、無視出来ない事態だと思わされている。

 周囲のプレイヤーたちは未だに戸惑っており、どうするべきか迷っているらしい。

 するとそこに、Aliceから不安そうな声で呼び掛けられた。


「雪夜くん、どうする……?」

「どうすると言うと?」

「決まってるでしょ? 生存戦争だよ。 本気で他のゲームと戦うの?」

「まだ何とも言えないな。 大体のルールはわかったが、不明瞭な点もある。 まぁ、最悪CBOがサービス終了しても、生き残ったゲームに移れば良い」

「そ、そうだよね。 あたしも、そのときは一緒に行こうかな」


 少し恥ずかしそうながら、満更でもないAlice。

 そんな彼女を横目に、雪夜は思考を巡らせる。

 今のは彼の本心ではあるが、なるべくならCBOを続けたい。

 だが、他はともかく4大タイトルを相手に勝てるかと言えば、正直なところ厳しいと思った。

 何より人口の差が大きいが、人気なだけあってプレイヤーの質も高い。

 それゆえに、半分くらいは諦めの境地にいたのだが――


「駄目です」


 強い口調で言い切るケーキ。

 驚いた雪夜とAliceが目を向けると、彼女は覚悟を宿した瞳で宣言した。


「何があっても、CBOは生き残らなければなりません」

「う~ん……。 あたしもそうしたいけど、実際難しいと思うよ?」

「難しかろうが何だろうが、生き残るしかないのです」

「……どうして、そこまで固執するんだ? キミはまだ、CBOに染まっていないだろう? 別のゲームに移行することになっても、ダメージは少ないんじゃないか?」

「他のゲームなんてありませんよ、雪夜さん。 CBOがなくなれば……わたしは消えます」

「消えるって……そんな大袈裟な」


 ケーキの言い様に、Aliceは苦笑を浮かべた。

 対する雪夜は、あまりにも真剣なケーキを前にして、どうしたものかと考える。

 彼女の気持ちはわからないが、とにかくCBOを終わらせたくないらしい。

 だからと言って、生き残るのは至難。

 ましてやケーキのレベルや装備は、まだまだ未熟だ。

 それでも――


「ケーキ」

「……はい」

「とにかく、キミはレベリングを頑張れ。 今のままでは、勝てるものも勝てないぞ」

「わかりました……」

「良し。 じゃあ、解散しよう。 俺は剣姫のところに行って来る」

「またソロ~? ホント、雪夜くんは剣姫が好きだよね~」

「そうだな。 彼女との戦いは、本当に楽しい」

「はいはい。 じゃあ、あたしは適当にしますよっと。 またね!」


 そう言って立ち去るAliceを見送った雪夜は、ケーキに目を向ける。

 彼女は何故か顔を赤くしていたが、緊迫した雰囲気は変わっていない。

 そのことに溜息をついた雪夜は、ポツリと呟いた。


「俺も出来る限りは手伝う」

「……え?」

「CBOがなくなって困るのは、俺も一緒だからな」

「あ、有難うございます!」

「あくまでも、出来る限りだ。 過度な期待はしないでくれ」

「はい!」

「……じゃあ、行って来る」

「行ってらっしゃい!」


 元気良く返事したケーキは、すっかり立ち直ったらしい。

 期待するなと言ったが、聞いていなかったのだろうか。

 そんなことを思った雪夜は、改めて彼女に背を向ける。

 彼の背中が見えなくなるまで、笑顔でその場を動かなかったケーキだが――


「……行きましょう」


 極めて真剣な表情で、足を踏み出した。

 他のプレイヤーたちはまだ混乱の只中にいるらしく、あちらこちらで論争が起きている。

 そう言った雑音を、全てシャットアウトしたケーキの人工知能が、最大効率のレベリング方法を導き出した。

 あとはそれに従って、時間の許す限り走り続けるのみ。

 こうして生存戦争は幕を開け、闘いの日々が始まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ