エピローグ 仮面の紳士
MLOの本拠地である、ファンシーな町。
その中央に聳え立つ大樹にある1室に、ペンタゴンが集結していた。
張り詰めた空気が充満しており、真剣な面持ちを浮かべている。
1人を除いて。
「いやぁ、まさか本当にガルフォードさんが脱落するとは。 正直、驚きましたよ」
モノクルの位置を手で調整しながら、朗らかに口火を切ったダリア。
対する残りの4人は黙っており、そのことに苦笑した彼は、続けて言葉を連ねる。
「皆さんが戸惑うのも無理はありませんが、これはチャンスです。 以前に話した通り、SCOを攻めましょう」
「待て。 確かにそう言っていたが、フレンとアリエッタを相手にするのは簡単じゃない。 守りながらとなれば、猶更だ」
「わたしもノイと同意見よ。 もう少し、様子を見るべきではないかしら?」
ダリアの言葉に反論したノイに、ネーヴェも追随した。
モエモエとエリスは黙っていたが、気持ち的には似たようなもの。
だが、ダリアが揺らぐことはなく、にこやかな笑みを湛えて声を発する。
「確かに、フレンさんとアリエッタさんを同時に倒すのは、難しいかもしれません。 ですが、どちらか片方ならどうですか?」
「そ、そんなに都合良く行くでしょうか?」
「大丈夫ですよ、エリスさん。 生存戦争も長くなって来ていますが、毎日防衛に参加出来る人の方が少ないはずです。 必ず攻め時は来ますよ」
「そうかもしれませんけど……。 あたしたちが無理しなくても、他のとこかが動きそうじゃないですか?」
「モエモエさんの言う通りかもしれません。 ですが、ここでわたしたちが動くことで、今後の主導権を握れるのです。 生存戦争で勝ち残るには、ここが勝負だとわたしは考えています」
はっきりと言い切るダリアに、他の主力たちは沈黙した。
それを確認したダリアはニコリと笑い、この場を纏めに掛かる。
「と言うことで、細かいことはまた話し合うとして、取り敢えずその方向で考えましょう。 それぞれの大事なものを守る為に、一緒に頑張りましょうね。 それでは、失礼します」
そう言い残したダリアは、あっさりとログアウトした。
現実に戻った彼が目を覚ましたのは、何の変哲もない部屋。
さして広くもない、どこにでもある一人暮らし用の賃貸。
ただし、部屋の様子は一般的とは言えなかった。
カップ麺の空き容器やお菓子の袋、空のペットボトルが散乱している。
その反面で、ショーケースには多数のフィギュアなどが飾られ、丁寧に扱われているのが窺われた。
そんなちぐはぐな部屋の主は、寝癖の付いた髪に中肉中背の男性。
歳は30前後で、名前は真野弘和。
ゲーム内では紳士然としていたが、今はかなりだらしない印象だ。
ベッドで身を起こした弘和は、立ち上がりながら吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「まったく、どいつもこいつも弱腰過ぎる。 やっぱり、僕がいなきゃMLOは駄目だな」
ダリアのときとは、まるで別人。
しかし、これが彼の本性。
苛立たしそうに、床のゴミを乱暴に足でどかした弘和は、椅子に座ってパソコンを起動した。
その傍らでスマートフォンを取り出し、とある連絡先を表示させる。
画面を見た弘和はニヤリと笑い、楽しそうにタップした。
暫くコールが続いたが、弘和が辛抱強く待っていると、応答があったが――
『何の用だ?』
相手は、ガルフォードこと橘光一郎。
あからさまに不機嫌で、酒でも入っているのか若干呂律が回っていない。
そのことに笑みを深めた弘和は、いけしゃあしゃあと言い放った。
「そう邪険にしないでくれよ。 ライバルが落とされたから、心配して電話したんだろ?」
『はん、そんな訳ねぇだろうが。 大方、俺を笑おうってんだろ? 相変わらず、陰湿な野郎だぜ』
「あはは、バレちゃったか。 でも、本当に用ならあるよ」
『あん? 何だよ?』
「キミが落とされたときのことを、詳しく教えてよ。 勿論、タダとは言わないからさ。 フレンとアリエッタの弱点があれば、ボーナスを付けても良いよ」
『ふん、やっぱSCOを狙ってやがるのか?』
「まぁね。 でも、もうキミにはどうでも良いことだろ? だったら、少しでも金を稼いだ方が賢明だと思うけど?」
『ちッ……うぜぇな。 だがまぁ、金額次第で話してやっても良いぜ』
「流石、金の亡者。 そう来なくっちゃね」
『うるせぇよ』
橘光一郎と真野弘和。
彼らは同じプロゲーマーとして、かつてはしのぎを削っていた。
実力は拮抗しており、勝率はほぼイーブン。
そこで2人は話し合い、互いに別のタイトルでトップを狙うことにした。
金への執着が強い光一郎はSCOに拘り、弘和は比較的楽が出来そうなMLOを選んだ。
そうした背景のある彼らは交渉を続け、結論を出してから光一郎が話し始める。
弘和はそれを記憶するとともに、録音する抜け目のなさ。
しばしして話を聞き終えた弘和は、1つ息をついて告げた。
「有難う、参考になったよ」
『礼なんざいらねぇから、金を寄越せ』
「わかった、わかった。 すぐに振り込むよ。 じゃあね、橘くん。 もう連絡することはないと思うけど」
『そうしてくれ。 テメェの声を聞いてると、虫唾が走るからな』
「はは、負け犬が何を言っても、無様なだけだよ」
その言葉を最後に、弘和は通話を切る。
顔にはいやらしい笑みが浮かんでいたが、次いで引き締まった顔になった。
彼の頭には、光一郎からもたらされた情報が駆け巡っており、対策を考え始めている。
この辺りは、弘和が態度に反して、確かな実力を持っていることを匂わせていた。
そのまま室内に静寂が落ちていたが、唐突に口を開く。
「うん、やっぱりフレンとアリエッタ、両方はキツそうだね。 でも、どちらかなら行けそうだ。 ペンタゴンの連中と他の駒を使えば、なんとかなるだろう。 面白くなって来たな」
ブツブツと呟きながらキーボードを叩き、作戦案を作り上げて行く弘和。
こうして生存戦争は、続いての展開に広がって行った。