第33話 英雄の帰還
ガルフォードの居城をあとにした3人は、仲間の軍勢に出迎えられた。
他のSCOプレイヤーたちは既に撤退しており、最後まで刃が交わされることはなかったらしい。
そのことにフレンとアリエッタが安堵していると、軍勢の先頭に立っていた男性が雪夜に向かって、深く謝意を示す。
「雪夜殿、此度はわたしたちの願いを聞いて下さって、誠に有難うございます。 お陰でわたしたちは、再び主を失うことを避けられました」
男性が言葉を言い終えると同時に、他の者たちも頭を下げた。
それを受けた雪夜は珍しく戸惑いつつ、なるべく平常心を保って言い返す。
「俺は自分の都合で戦ったに過ぎない。 むしろ、援護してくれて感謝したいのは、こちらの方だ。 キミたちがいなければ、俺は最悪ここで落とされていたかもしれない。 だから、有難う」
「おぉ、なんと器の大きい……。 タイトルが同じならば、是非ともフレン様とアリエッタ様とともに、わたしたちの主になって頂きたいほどです」
それは断固拒否する。
雪夜はそう思いながら、敢えて口にするのはやめておいた。
そんな彼の心情を正確に把握しているアリエッタは苦笑し、フレンは是非とも代わって欲しいと思っている。
その後、フレンは軍勢を率いて拠点の町に戻り、雪夜は念の為にアリエッタに付き添われて、安全エリアである丘に向かった。
移動中、2人の間に会話はなかったが、雪夜はアリエッタが非常に機嫌が良いことを察している。
やがて目的地に到着し、雪夜がCBOに戻れることを確認してホッとしていると、ようやくしてアリエッタが口を開いた。
「セツ兄、今日は本当に有難う。 セツ兄が来てくれなかったら、あたしたちどうなってたか……」
「気にするな。 俺たちにとっても、ガルフォードが残るより朱里たちに勝ってもらった方が、正直なところ都合が良かったからな」
「俺たち……か」
「どうした?」
「うぅん。 協力関係にはなっても、やっぱりあたしたち敵同士なんだなって」
「……それは仕方がないな。 タイトルが別である以上、必ずどちらかは落ちるんだ」
「そうだよね……。 あーあ、なんであたしCBOじゃないんだろ」
「そんなことを言ったら、フレンたちが悲しむぞ?」
「う……。 ごめん、今のなし」
「聞かなかったことにしておく」
「あはは、有難う」
冗談っぽく言う雪夜に、アリエッタこと朱里は苦笑した。
互いに向かい合い、朱里は何かを言いたそうにしていたが、やがてそれを振り切るように宣言する。
「じゃあね、雪夜くん! 最後に勝つのはあたしたちだけど、ひとまずよろしく!」
「俺たちも譲るつもりはないが、まずは他のタイトルを倒してからだ。 頼りにしているぞ、アリエッタ」
敢えてゲーム内の名前で呼び合った、雪夜たち。
勝気な笑みを交換して、それぞれの道を歩む決意を固めた。
そうして雪夜はウィンドウをタップして、CBOに帰る。
消える瞬間にアリエッタは寂しそうな顔になったが、彼がそれを見ることはなかった。
侵攻するときは、相手タイトルの安全エリアに飛ばされるが、帰って来る際は直接拠点へと転移する。
雪夜が降り立ったのは、移動する直前までいた、クリスタルの近くだった。
時刻は夕暮れ。
そのことを確認した彼は、思わず辺りを見渡していたが、そこに声を掛ける者がいる。
「お帰りなさい、雪夜さん」
「ホントにもう! いつもいつも、無茶ばっかりして~!」
「あれだけの人数を1人で抑えるとか、マジで何考えてんだよ」
淑やかに立って、柔らかな微笑を浮かべたケーキ。
両腰に手を当てて、プンスカ怒っているAlice。
後頭部を掻きながら溜息をつき、呆れ果てているゼロ。
EGOISTSの面々に出迎えられた雪夜は一瞬声を詰まらせつつ、ひとまず挨拶を返した。
「ただいま、皆。 ちなみに、どこまで見ていたんだ?」
「雪夜くんが、ガルフォードのお城に入って行くところまでかな~。 その先はどうなってるか、わかんなかったよ」
「と言うことは、どう決着が付いたのかは知らないのか?」
「いや、もう知ってるぜ。 終わってすぐに噂が広まったみたいでな、俺たちのとこにまで情報が回って来たんだよ」
「嘘の情報だと言う者もいましたが、ガルフォードがSNSのアカウントを消していることをから、真実味が増しました。 何より今では、フレンとアリエッタが拠点に姿を現しているので、疑う余地がないですね」
「なるほどな……。 それなら、俺から改めて説明することは少なそうだが、いくつか重要な話がある」
「重要な話? 何だよ?」
「その前に移動しよう。 ここだと、目立って仕方がない」
そう言って雪夜がチラリと周囲に目を向けると、近くにいたプレイヤーたちが一斉に目を逸らした。
彼らも配信を見ており、雪夜が防衛を放棄してSCOに乗り込んだことを知っている。
だからこそ彼は、また自分の立ち位置が悪くなったと考えていたが――
「いいえ、ここで話しましょう」
「ケーキ……?」
「雪夜さんは、何ら恥ずべき行為をしていません。 むしろ、難敵であるガルフォードを間接的にとは言え、倒した英雄だと言えます」
「うんうん、そうだよ~! あたしたちにも、詳しい話を聞かせて欲しいな~」
「2人の言う通りだぜ。 散々わがままを通したんだから、それくらいはしてくれても良いんじゃねぇか?」
「……わかった。 ただ、俺はまた自分勝手な行動を取った。 それは先に言っておく」
「は~い! どんなことをしたのか、楽しみ!」
「だな、Aliceちゃん。 良いから早く話せよ」
雪夜を急かす、Aliceとゼロ。
ケーキは黙っていたが、視線で促していた。
彼女たちの圧力に屈した雪夜は苦笑し、城内での出来事を可能な限り話して行く。
このとき彼は、エクスカリバーとフラガラッハのことは、敢えて伏せることにした。
フレンとアリエッタの切り札と呼べるものが、他のタイトルに知れ渡るリスクを排除する為だ。
雪夜の話を周囲のプレイヤーたちも興味深く聞いていたが、彼は努めて気にしないようにしている。
そうして話題は、核心へと移行して行った。
「ガルフォードを倒したあと、俺はフレンに同盟を持ち掛けた」
「同盟だって?」
「そうだ、ゼロ。 主力の多くを失ったSCOに手を貸す代わりに、俺たちに何かあった際は、逆に助力を得ると言うことだ」
「ふ~ん。 それって、信用出来るの?」
「Aliceの疑問ももっともだが、少なくともフレンとアリエッタ、その仲間たちに関しては大丈夫だと思う。 他のプレイヤーはどうかわからないが」
「……CBOとSCOが最後まで残ったときは、どうするのですか?」
「そのときは、正々堂々決着を付けるしかないな。 だがケーキ、それまでは強力な仲間を得たと思って良い。 とは言え、これは俺が勝手にしたことだ。 キミたちが従う必要はない。 ただ、俺がそう言う動き方をするのだけは、許してくれないか?」
真摯な眼差しを、仲間たちに向ける雪夜。
それを受けたケーキたちは、口を引き結んでいたが――
「聞いた、ケーキちゃん? 雪夜くん、SCOを味方に付けたんだって! 凄いよね~」
「そうですね、Aliceさん。 単独で乗り込んだのも、相手に警戒心を抱かせないことが狙いだったのでしょう」
「いや~、流石だぜ。 これでSCOに狙われる心配がなくなっただけじゃなく、他の4大タイトルに攻められてもなんとかなるかもしれねぇな!」
わざと大きな声で話すケーキたち。
そんな彼女たちに雪夜が、何と言ったものか迷っていると、3人を代表するかのようにケーキが言い放つ。
「雪夜さんが決めたのなら、わたしたちもSCOと協力します。 仲間ですから」
「本当に良いのか……?」
「当然だよ! て言うか、贔屓目なしに見ても最高の結果じゃない? 今後、ますます戦いは厳しくなるだろうからね~」
「ガルフォードと組むってんなら話は別だけどよ、フレンとアリエッタなら納得だ。 お前は何も間違っちゃいねぇよ」
「……有難う、皆」
「こっちのセリフだよ、雪夜くん! CBOの為に頑張ってくれて、いつも有難うね!」
「雪夜さん、胸を張って下さい。 わたしたちは、貴方の気持ちをきちんとわかっていますから」
「まぁ、もう少し相談して欲しいとは思うけどな。 あまり1人で抱え込まず、ちゃんと俺らにも話せよ?」
「……あぁ、約束する」
自分の独断を仲間たちに受け入れてもらった雪夜は、胸元に手を当てて誓った。
それと同時に、自分はもう本当に1人ではないのだと実感し、密かに感動している。
他のCBOプレイヤーも、彼に対する認識を少し改めつつあり、完全な敵意は薄らいでいた。
もっとも、和気藹々と接するには、まだ掛かりそうだが。
それでも、大きな前進だと言える。
ケーキたちのお陰だと思った雪夜は内心で感謝し、様々な思いを込めて言い放った。
「じゃあ、行くか」
「え? どこにですか?」
「祝勝会だ、ケーキ。 アンリミテッドクエストで1位になったからな。 皆に時間があるなら、だが」
「良いね~! 行こう、行こう! あ、もしかして雪夜くんの驕り?」
「いろいろ迷惑を掛けたからな。 今日は好きなだけ頼んで良いぞ、Alice」
「やった~! ケーキちゃん、スイーツ全制覇しようよ!」
「わ、わたしは、そんなにたくさん食べません」
「え? いつもはあんなに――」
「そ、それより、ゼロさんはどうなのですか?」
「勿論、参加するぜ! 雪夜、俺も遠慮なく食うから、覚悟しろよ?」
「お手柔らかに頼む……と言いたいところだが、今日だけは好きにしてくれ」
「はは! 良い心掛けじゃねぇか! さぁて、行くか!」
「お~!」
拳を突き上げたゼロに、Aliceも続く。
2人の様子に雪夜は苦笑し、資金の心配をしつつも悪い気はしていない。
そうして4人は意気揚々と歩き出したのだが、スススと雪夜に近付いたケーキが、小声で彼に話し掛けた。
「雪夜さん」
「どうかしたか、ケーキ?」
「褒めて下さい」
「……何をだ?」
「我慢して雪夜さんを送り出し、泣かずに帰りを待っていたことです」
「……偉かった」
「足りません」
「どうしろと言うんだ?」
「頭を撫でて欲しいです」
頬を赤らめて上目遣いで雪夜を見つめ、懇願するケーキ。
その破壊力は強烈で、雪夜は心臓が跳ねたように感じている。
しかし、咄嗟に視線を外して心を落ち着け、躊躇いながらもゆっくりと彼女の頭を撫でた。
控えめながら言うことを聞いてくれた雪夜に、ケーキは目を細めて喜び、気持ち良さそうにしている。
すると、コソコソ(?)していた2人に気付いたAliceが、猛烈な勢いで詰め寄った。
「あ~! ケーキちゃん、何してるの!?」
「雪夜さんに、褒めてもらっていました」
「あ、そうなんだ。 ……じゃなくて! だったら雪夜くん、あたしも褒めてよ!」
「落ち着け、Alice。 スイーツが待っているぞ」
「う~! ズルい! こうなったら食べて飲んで、雪夜くんのお財布を空っぽにしちゃうんだから!」
「やれやれ、Aliceちゃんも嫉妬深いな。 まぁ、今更だけどよ。 ほら、そろそろ行こうぜ」
ズンズン前を歩くAliceに、肩をすくめるゼロ。
幸せ絶頂と言った様子で、鼻歌を歌っているケーキ。
仲間たちの姿に、またしても苦笑した雪夜は、夜が訪れた空を見上げて小さく息をついた。