第30話 受け継がれたもの
フレンがガルフォードに喰らい付いていた頃、アリエッタはゲンスとロウリを手玉に取っていた。
「ほらほら、こっちだよ!」
「くそ!」
「待ちやがれ!」
なるべくフレンたちから離れた場所に2人を誘導し、決して邪魔させないようにしている。
その上で、レーヴァテインとティルヴィングを相手にしているのだから、やはり彼女も群を抜いた実力者。
盾を使っていないことには訳があるのだが、副次効果として移動速度が上がると言う恩恵もあった。
もっとも、余裕などない。
2本の『レジェンドソード』を同時に捌くのは、アリエッタにとっても重労働。
勝気な笑みの裏で、背中にびっしょりと汗をかいていた。
それでも彼女が優位に立てているのには、いくつかの理由がある。
「おらぁッ!」
「おっと! 危ない危ない。 けど、当たんないよー」
「舐めやがって……!」
ゲンスが放った獄炎を、サイドステップで華麗に回避するアリエッタ。
ジュワユーズの能力で上がった速度が、大きな力になっているだけではなく、ゲンス自身の実力が問題だ。
レーヴァテインを使うようになって間もない彼は、アルドほど使いこなせてはいない。
広範囲に高火力の攻撃が可能なレーヴァテインだが、味方を巻き込む恐れがあると言う欠点を持つ。
しかし、アルドなら威力を落とさず範囲を変更出来ていたのが、ゲンスは威力そのものを落とすことでしか、範囲を抑えることが出来ない。
そのことがアリエッタに有利に働き、避けるゆとりが生まれていた。
更に、もう1人の実力も、残念ながら武器に追い付いているとは言えない。
「ちょこまか逃げやがって!」
「ふーんだ。 悔しかったら、追い付いてみたら?」
「この野郎!」
レーヴァテインに輪を掛けて、ティルヴィングは使用者の実力がものを言う。
カインはそう言う意味では、彼なりにティルヴィングを使いこなそうとしていた。
だが、ただ『レジェンドソード』を与えられただけのロウリは、様々なことが足りていない。
たとえば、双剣使いとしての技量。
元々彼は大剣使いであり、双剣には全くと言って良いほど順応出来ていなかった。
そしてビルド。
大剣使いだった為に、ロウリのビルドはパワー寄りで、ティルヴィングの適正であるスピードが不足している。
そんな状態でも並のプレイヤーなら問題なかったが、アリエッタは並ではない。
ジュワユーズの機動力に付いて行くことが出来ず、延々と追い掛けっこが続いていた。
それが可能なのも、アリエッタがゲンスとロウリの位置を正確に把握して、上手く立ち回っているからではあるが。
付け加えるなら、2人の連携が拙いことも一因。
アルドとカインは現実でも親しい仲だけあって、息の合った動きが可能だったが、ゲンスとロウリは最近まで互いに存在すら知らなかった。
そんな相手と意思疎通するなど、土台無理な話。
ガルフォードは『レジェンドソード』さえあれば、使い手が誰でも大差ないと考えているが、実際には強者を相手にするほどその差が出る。
こうした要素が絡まり合い、アリエッタは思うように戦えているものの、本当なら反撃したいところ。
打ち合わせでは、今のようにアリエッタがゲンスとロウリを引き付け、フレンがガルフォードを仕留める予定だった。
ところが、先ほど戦況を窺ったところ、はっきり言ってフレンは押されている。
このままではジュワユーズの制限時間が来て、ゲンスたちを抑え切れなくなるかもしれない。
いや、それ以前に、フレンがガルフォードに敗北する可能性すらあった。
焦ったアリエッタは乱戦に持ち込んででも、フレンと一緒にガルフォードを狙うべきかと考え始めたが――
「……違う、そうじゃないよね」
ゲンスの獄炎を跳躍して避けながら、ポツリと呟く。
雪夜との決闘を経て成長した彼女は、焦る心を落ち着かせ、自分に言い聞かせた。
まだ自分たちには、切り札が残されている。
出来ることなら使わずに勝ちたかったが、こうなったからにはやるしかない。
深呼吸して覚悟を決めたアリエッタは、フレンに呼び掛けようとしたが、考えていることは同じだった。
「アリエッタちゃん、やるよ」
「……! はい、フレン様!」
ガルフォードの次元斬から必死に逃れていたフレンが、決意を込めた声でアリエッタに言い放つ。
それを受けた彼女は破願し、2人が同時にウィンドウを開いた。
その様をガルフォードたちは、怪訝そうに見やっていたが――
「……!? テメェら、まさか!?」
あることに気付いたガルフォードが、叫喚を上げてフレンに次元斬を放とうとした。
しかし、僅かに遅い。
準備を終えたフレンの左手に黄金の剣が、アリエッタの左手には白い細剣が、それぞれ装備される。
そう、紛うことなきエクスカリバーとフラガラッハ。
信じられない光景にゲンスとロウリは愕然としており、ガルフォードは忌々しそうに表情を歪めていた。
そんな彼らに比してフレンたちは落ち着いており、想いを語る。
「これは、ロランさんとイヴさんが、僕たちに託したものだ。 受け取った以上、責任は果たす」
「本当はSCOを守る為だけに使いたかったけど、ここで負ける訳には行かないからね!」
「ちッ! 奴らがエクスカリバーとフラガラッハをどこに隠したかと思ってたが、まさか時限式のプレゼントを利用したとはな」
「そう言うことだ、ガルフォード。 僕たちも驚いたが、彼らにはお前の考えなどお見通しだったらしい」
時限式のプレゼント。
これは本来、プレイヤー間でサプライズを行いたい場合などに利用されるシステムで、指定した日時にアイテムを譲渡出来る。
ガルフォードの策略に勘付いていたロランたちは、エクスカリバーとフラガラッハをプレゼントに設定して保管し、THOへは別の武器で乗り込んだのだ。
その結果として脱落したものの、最悪の事態は免れ、こうしてフレンたちに受け継がれている。
状況を把握したガルフォードは舌打ちし、苛立った様子で吐き捨てた。
「くそったれ。 だが、関係ねぇよ。 ここでテメェらを始末すれば、結局手に入るんだからな」
「そうはさせないよ! 勝つのは、あたしたちなんだから! フレン様、行きましょう!」
「うん、アリエッタちゃん。 ガルフォード、今度こそお前を倒す。 この聖剣に誓ってな」
「あー、メンドクセェ。 ロランとイヴめ、マジで余計なことしやがって。 ゲンス、ロウリ、小娘相手にいつまで遊んでやがる。 サッサと落として手伝いやがれ」
「は、はい!」
「す、すぐに倒します!」
ガルフォードに一喝されたゲンスとロウリだが、完全に腰が引けていた。
ジュワユーズだけでも手強かったアリエッタが、フラガラッハまで持ったのだから当然と言えば当然。
援護は期待出来ないと悟ったガルフォードは、またしても舌打ちしたが、諦めた訳ではない。
エクスカリバーも装備したフレンは脅威だが、2度の強化を施されたラグナロクなら太刀打ち出来ると考えている。
そうして、完全本気モードになったガルフォードに、全ての手札を明かしたフレンとアリエッタが挑むのだった。




