第29話 最後のカード
雪夜の援護によって、ガルフォードの居城に突入したフレンとアリエッタは、一直線に最奥を目指した。
階段を駆け上がり、通路を突き進む。
居城に罠を仕掛けるようなシステムはない為、2人に躊躇はない。
そうして、休むことなく足を動かし続けた彼らは、遂に最後の扉に辿り着いた。
そこで初めて立ち止まった2人は、意思疎通を図るように目を合わせ、一息に扉を開け放つ。
瞬間、襲い来る獄炎。
間違いなくレーヴァテインの一撃で、まともに受ければ甚大なダメージを受けただろうが――
「そう来ると思っていた」
「見え見えだよ!」
左右に散開したフレンとアリエッタは、難なく回避する。
それを見たレーヴァテインの使い手は悔しそうにしていたが、ガルフォードは泰然と言い放った。
「良く来たな、歓迎するぜ」
「罠を仕掛けていた奴が、何を言っている」
「くく。 フレン、そんなことを言えば、テメェらは奇襲じゃねぇか。 まぁ、今更そんなことはどうでも良い。 ゲンス、ロウリ、やるぞ」
「了解です!」
「いつでも行けます!」
余裕たっぷりにラグナロクを構える、ガルフォード。
その両脇に控えているのが、レーヴァテインの所持者であるゲンスと、ティルヴィングの所持者であるロウリ。
新たな七剣星だが、フレンとアリエッタに面識はなかった。
だが、ガルフォードの言葉を借りるなら、今更そんなことはどうでも良い。
そう考えたフレンは、クラウソラスを力強く握って、アリエッタに声を掛ける。
「アリエッタちゃん、手筈通りに」
「はい、フレン様! 行きましょう!」
元気良く答えたアリエッタ。
そんな彼女に微笑を浮かべたフレンだが、即座に顔を引き締める。
向かい合った5人の間に短い沈黙が落ち、戦端を切ったのはフレン。
「決着を付けるぞ、ガルフォード!」
「来いよ、青二才!」
「あんたたちの相手は、あたしだよ!」
「舐めんなよ、アリエッタ!」
「ぶっ潰してやる!」
フレン対ガルフォード。
アリエッタ対ゲンスとロウリ。
奇しくも、両陣営が同じ采配を取っていた。
望むところだとフレンはガルフォードに迫り、両手で握ったクラウソラスを繰り出す。
対するガルフォードはラグナロクで受け止め、力尽くで押し返した。
フレンは逆らわずに後方に跳び、着地すると同時に再度踏み込む。
引き絞ったクラウソラスを真っ直ぐに突き出し、今度はガルフォードを後退させた。
そこを見逃さずに、もう1歩前に出るフレン。
しかしガルフォードは慌てず、ニヤリと笑ってラグナロクを一閃する。
剣身は空を斬ったが、防御不能の斬撃がフレンを襲った。
ラグナロクの能力で、凌ぐのは至難。
ところが――
「はぁッ!」
「……! ちッ!」
逃げることなく、フレンは尚も突貫する。
結果として、ラグナロクの斬撃は彼にヒットしたものの、傷は浅い。
そのまま鍔迫り合いの状況に持ち込み、ガルフォードと密着することで、ラグナロクの能力を封じることに成功した。
これが、フレンの出した1つの答え。
接近戦でガルフォードと渡り合える彼だからこそ、可能となった策だと言える。
狙いを悟ったガルフォードは苛立たし気に表情を歪め、強引に距離を空けるべく、フレンを押し退けようとしたが、それは彼の狙い通り。
「甘いぞ」
「く!」
わざと力を緩めたフレンは、ガルフォードの体を前方に流し、鋭く刃を振り切った。
ガルフォードも身を捻って直撃は避けたものの、胴を斬り裂かれて無視出来ないダメージを負う。
しかも、無理に回避したせいで体勢が崩れ、フレンに隙を与えた。
無論、それを見逃すはずもなく、彼は追撃を浴びせようとしたが――
「調子に乗んなよ!」
「……ッ!」
やはりガルフォードも、相当な実力者。
体勢を崩したままラグナロクを繰り出し、空間への斬撃によってフレンを足止めする。
それによって2人に距離が開き、強気に笑ったガルフォードが攻勢に出た。
「おらよ!」
連続でラグナロクを振るい、フレンに次元斬を放ち続ける。
彼はなんとかクリーンヒットを許していないが、全てを避け切ることは出来ない。
細かなダメージを蓄積させて行き、尚且つ斬撃の檻に囚われつつあった。
そこでフレンは状況を打破するべく、クラウソラスの力を解放する。
光の結界が辺りを包み、ガルフォードにダメージを与えつつ足止めする――はずだった。
「な……!?」
「対策を取ってるのが、テメェだけだと思うなよ?」
勝ち誇ったように笑うガルフォード。
クラウソラスの力は間違いなく発動しており、確かにガルフォードにダメージを与え、動きも止めている。
だが、彼は動きが止まる直前に必ずバックステップを踏み、フレンとの距離を維持していた。
どうして、ここまで正確にタイミングを掴まれているのか、フレンは頭を悩まし、ある仮説を立てる。
「まさか……初撃か?」
「お、気付いたか。 そう言うこった。 クラウソラスのダメージ間隔を調整出来ると言っても、一定なことに変わりはない。 つまり、発動してから最初のダメージまでの時間を計っていれば、それ以降のタイミングはわかるってことだ」
「なるほどな……」
「どうする? もうクラウソラスは、当てに出来なくなったぜ? このままジリジリと、ラグナロクで刻んでやろうか?」
ニヤニヤと笑うガルフォード。
厳密に言えば、クラウソラスの力が発動する度にガルフォードはバックステップする為、攻撃の頻度はどうしても落ちる。
そのことを思えば無効化とまでは言えないが、フレンが劣勢なのは明らか。
そこまで考えた彼は、光の結界を解いて剣先に力を溜める。
強化によって得た、クラウソラスのもう1つの能力だ。
それを見たガルフォードは防御を固めることなく、ニヤリと笑ってラグナロクを繰り出し続ける。
チャージ中のフレンが避ける術はなく、HPゲージが大きく減った。
しかし、その間に溜めた力を解き放つべく、クラウソラスを真っ直ぐに突き出す。
剣先から放たれたレーザーがガルフォードを貫き、戦闘不能に追い込んだ。
1度目の。
すぐさま彼のHPゲージは半分まで復活し、フレンのHPも同じくらいしか残っていない。
ところが、両者には決定的な違いがあった。
そのことがわかっているガルフォードは、勝ち誇った笑みを浮かべ、フレンの表情は硬くなっている。
彼が自分の置かれている状況を、正確に把握していると察したガルフォードは、嬉しそうに言い放った。
「いやぁ、やっぱスゲェ威力だな。 1発で残りHPを、全部持って行かれるなんてよ。 けどな、これで暫くクラウソラスは使えねぇ。 対する俺のラグナロクは健在で、復活能力もある。 くく、詰んだな」
「……まだまだ、ここからだ」
「無理すんなよ。 最初から、不死身の俺に勝てる訳ねぇんだ。 大人しく負けを認めて、今後は俺の命令に従うって言うなら――」
「断る。 それに、貴様は嘘を言っている」
「何だと?」
「ラグナロクに復活能力があるのは、確かだ。 しかし、不死身じゃない。 ほぼ間違いなく、回数制限がある」
「ふん、揺さぶろうったって無駄だぜ? そんな証拠、どこにもねぇだろ?」
「だったら、何故僕の攻撃を無防備で受けない? 本当に不死身なら、防御も回避も必要ないはずだ。 それと、もう1つ。 お前は復活能力を使ったあと、前回も僕に投降を促して来た。 本当は、戦いを長引かせたくないんじゃないか?」
自身の見解を、正面から叩き付けるフレン。
一方のガルフォードは笑みを消し、真剣な顔付きでそれを受け止めている。
しばし沈黙が落ちたが、やがてガルフォードが苦笑を浮かべて告げた。
「やれやれ、参ったぜ。 確かにテメェの言う通り、ラグナロクの復活能力には制限がある。 言っちまうと、2回までしか使えねぇ」
「やはりそうか。 それで、剣技大会の最後は余裕を失っていたんだな」
「まぁな。 正直、かなり追い詰められてたぜ。 つっても、2回目を使ったときにはテメェは瀕死だったから、どう足掻いても俺には勝てなかっただろうよ」
「確かにそうかもしれない。 だが、今回は別だ。 サッサとあと1回使わせて、今度こそ貴様を倒す」
「くく、そうはさせねぇよ。 俺がなんで回数制限のことを、正直に話したと思ってんだ? 話しても勝てる確信があるからだ」
「何だと?」
怪訝そうにフレンは眉を顰めた。
それを見たガルフォードは、邪悪な笑みを浮かべ――
「がッ……!?」
突如として繰り出された空間を断つ斬撃によって、フレンは体を袈裟斬りにされた。
残りHPは3割に達したが、彼の意識は別のところにある。
今、ガルフォードはラグナロクを振っていなかった。
それが意味することを考えたフレンは、悔し気に声を発する。
「……更なる強化を受けたのか?」
「そう言うことだ。 2回目のアップデート権を使って、ラグナロクをパワーアップさせたぜ」
「個人の為にアップデート権を使うなど、いったい何を考えているんだ?」
「勿論、SCOが勝つことだ。 俺が強くなればなるほど、SCOも強くなるんだよ。 他の連中なんざ関係ねぇ」
「どこまでも傲慢な奴だ。 やはり、これ以上の暴走を許す訳には行かない」
「くく、こっちのセリフだぜ。 2度の強化を受けたラグナロクを持つ俺を落とすなんざ、お前らこそ反逆者だろうが」
「だとしても、僕は正々堂々と戦いたい。 不正を繰り返す貴様を、許すことは出来ないな」
「はん、いつまで経っても甘ちゃんだぜ。 もう良い、テメェは消えろ。 クラウソラスは俺が有効に使ってやるよ」
ガルフォードが呟くや否や、フレンを次元斬が襲う。
ほとんど勘だけで避けた彼だが、運が良かったに過ぎない。
武器を振ることもなく放たれる、防御不能の斬撃。
その脅威を前にしたフレンは、歯を食い縛って最後のカードを切る決意を固めた。