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第27話 決戦の地へ

 放課後、今日は剣道部が休みだった朱里は、雪夜と並んで帰り道を歩んでいた。

 敢えてゆっくりと足を動かし、彼との時間を大切にしている。

 そのことに雪夜は気付きつつ、大人しく付き合っていた。

 そんな彼に朱里は笑みを浮かべ、楽しそうに話をする。

 友人の多い朱里だが、中でも特に親しいのが小枝。

 彼女とは高校からの付き合いなものの、何故だかすぐに波長が合ったらしい。

 小枝とのやり取りを中心に、今日の学校での出来事を語る朱里。

 勿論、全てが良いことではなく、嫌だったこともある。

 たとえば、試験の成績がいまいちだったとか。

 生存戦争に一生懸命だったからだと本人は弁明していたが、雪夜からすればそれは甘え。

 実際に、彼は最近あった試験でもトップクラスを維持している。

 朱里に言わせればそちらが異常なのだが、彼は聞く耳を持たなかった。

 その代わり、とある案を提示する。


「今度、うちで勉強会でもするか?」

「え!? セツ兄の家で!?」

「俺の家と言うか、父さんたちの家だけどな」

「そんな細かいことは良いの! とにかく、家に誘ってくれてるんだよね!?」

「別に、俺がそっちに行っても良いぞ? 何なら、図書館とかでも――」

「うちは駄目! 散らかってるし! 図書館なんか、もっと駄目! お話出来ないじゃない!」

「……朱里、勉強会の意味を知っているか?」

「わ、わかってるけど、質問とかすることもあるでしょ?」

「まぁ、それはそうだな」

「てことで、セツ兄の家で勉強会! 決定!」

「俺から言い出したことだから、何も文句はないが、随分とやる気だな?」

「だって、家に呼ばれて勉強会なんて、本当のカップルみたいじゃない! あ! だからって、変な期待しないでよー?」

「していないし、そもそもそんなつもりはない。 むしろ、そう言うことなら、やめておいた方が良いかと思い始めた」

「じ、冗談だって! ちゃんと勉強するからー!」

「当たり前だ」


 おふざけモードの彼女(偽)に、嘆息する雪夜。

 一方の朱里は嬉しそうに鼻歌を歌っており、スキップまでしそうな勢い。

 ますます雪夜は呆れていたが、あまりにも明るい姿に苦笑を漏らす。

 その後はまた雑談に戻り、やがて2人の家が見えて来た。

 しかし、突如として足を止めた朱里が、何事かを言いたそうに雪夜を見る。

 どうしたのかと思った彼が黙って待っていると、朱里は少し恥ずかしそうに言い放った。


「手、繋いでも良い?」

「別に良いが……家はすぐそこだぞ?」

「だから良いの! 長距離は、まだキツイから!」

「良くわからないが……ほら」

「有難う!」


 何の気負いもなく手を差し出した雪夜に比して、朱里は僅かに躊躇ってから握る。

 暫くそのまま立ち止まっていたが、雪夜が無言で歩き始めた。

 朱里も抵抗することなくそれに続き、ポツリと声をこぼす。


「セツ兄の手、大きいね。 それにゴツゴツしてる。 男の人の手って感じ」

「男だからな」

「あたしの手は、どうかな?」

「小さくて華奢だが、しっかり素振りをした跡がある」

「そっか……。 あんまり、女の子らしくないよね……」


 途端にしょんぼりする朱里。

 それでも雪夜が誤魔化すことはなく、淡々と感想を述べる。


「女の子らしくないかどうかは別として、俺は朱里の努力が感じられる、良い手だと思うぞ」

「え……そ、そうかな?」

「あぁ。 ただ守られるだけじゃない強さを持つ、朱里らしい手だ」

「……有難う」

「お礼を言われることじゃない。 さぁ、着いたぞ」

「あ……うん」


 いつの間にか家の前に来ていたことに気付き、朱里は名残惜しそうに手を離した。

 だが、中に入ろうとせず雪夜を見つめ、やがて声を発する。


「あたし、今日脱落するかも」

「……ガルフォードに挑むと言っていたな」

「他のタイトルが侵攻して来たら予定変更だけど、そうじゃなかったら……仕掛けると思う」

「作戦を立てると言っていたが、計算上の勝率はどれくらいだ?」

「うーん、良くて半々かなー。 向こうが何も対策してなければ、だけどね」

「厳しいな……。 ガルフォードのことだ、何かしら準備していると考えている方が良い」

「だよねー。 でも、もう決まったことだから」

「……そうか」

「じゃあね、セツ兄。 もし駄目だったら、慰めてくれる?」


 そう言って、悪戯っぽく笑う朱里。

 対する雪夜は溜息をついて、ゆっくりと頭を撫でながら言い放った。


「いくらでも慰めてやるから、悔いのないように戦って来い」

「……うん! 思い切りやって来るよ!」

「あぁ、頑張れ」

「頑張りまーす!」


 満面の笑みで、手を振りながら家に入る朱里を見送った雪夜は、すぐに踵を返して自身も帰宅する。

 それから、やるべきことを全て片付け、CBOにログインした。

 今のゲーム内時間は朝だが、暗雲が立ち込めており、雷が轟いている。

 安全圏である町は平穏だが、1歩でも外に出れば嵐が待っていそうだ。

 そんなことを思いつつ、雪夜がクリスタルの傍まで来ると、視界に映ったのはEGOISTSのメンバー。

 Aliceとゼロが中心となって、和気藹々と話している。

 ケーキは1歩――いや、半歩離れた場所にいるが、会話自体には加わっているらしい。

 その様子を眺めていた雪夜は、思わず微笑を浮かべたが、すぐに表情を引き締めて歩み寄った。


「皆、お疲れ様」

「お、やっと主役が来たか!」

「こんばんは、雪夜くん! いや~、ホント良くやったよね~! あたし、まだ興奮してるもん!」

「そろそろ切り替えて下さい、Aliceさん。 今から防衛ですよ? ……気持ちはわからなくはないですが」

「あはは! ケーキちゃんだって、嬉しいんじゃない! でも、そうだね。 ここからは真面目にならないと!」

「だなぁ。 折角アップデート権が増えても、使う前に脱落したんじゃ笑えねぇよ」

「その通りだ、ゼロ。 あの権利を生かすも殺すも、今後の俺たち次第だからな」

「まぁね~。 でも、もう効果は出てるんだよ~?」

「何? どう言うことだ、Alice?」

「うふふ~。 気付かないの、雪夜くん? 周りを見てみなよ~」

「周り……?」


 Aliceに促された雪夜が、訝しそうに辺りを見渡すと、大勢のプレイヤーが一斉に視線を逸らした。

 それが何を意味するのか分からなかった雪夜が、ますます不思議そうにしていると、心底嬉しそうなケーキが真実を伝える。


「雪夜さんが、トップを取る為に尽力したことを、他のプレイヤーも知っているのです。 誰よりも、CBOを守る為に戦ったとことをです」

「まぁ、中には結局自分の為だって言う連中もいるけどな。 けどよ、間違いなくお前を見る目に変化はあるぜ」

「うんうん! これを機に、雪夜くんも悪役を演じるのやめなよ! 本当は、皆のことを心配してるんだから!」


 ケーキたちの言葉を受けて、雪夜は反応に困った。

 仲間を得た今となっては、他のプレイヤーと手を取り合うのも、やぶさかではない。

 しかし――


「いや、俺は今の立ち位置であり続ける」

「え……? どうして……?」

「その方がCBOは強くなるからだ、Alice。 俺への反発心は、残している方が良い」

「ですが、それではいつまで経っても、雪夜さんは……」

「気にするな、ケーキ。 俺には、キミたちがいる。 他のプレイヤーにどう思われようが、大した問題じゃない」


 寂しそうにするケーキとAliceに、雪夜は不器用な笑みを見せた。

 心配するなと言う意思表示で、彼女たちは仕方なく受け入れようとしている。

 だが、もう1人は違った。


「気に入らねぇな」

「ゼロ……?」

「雪夜、お前1人で全部背負って、悲劇のヒーローにでもなってるつもりか? だとしたら、思い上がりも良いところだぜ」

「ゼロさん! そのような言い方――」

「良いんだ、ケーキ」

「……ッ! 雪夜さん……」

「すまない、ゼロ。 そんなつもりはなかったが、そう思われても仕方なかったな。 ただ、事実として俺を敵視することで、CBOは強くなった。 だから――」

「わかってねぇな」

「何……?」

「自分1人が犠牲になることで、CBOが強くなった。 お前はそう思ってんだろうけど、違うだろ」

「……何が言いたいんだ?」


 本気でゼロの真意がわからなかった雪夜は、ゼロに問い掛けた。

 一方のゼロは後頭部がガリガリ掻きながら、盛大に嘆息して言い放つ。


「お前が他の連中から嫌われることで、傷付いてる子がいるってことだよ。 ケーキちゃんとAliceちゃんを見てみろ。 今の2人を見ても、お前は本当にその選択が正しいって言えるのか?」


 ゼロに厳しい眼差しを突き付けられた雪夜は、瞠目して視線を動かした。

 眉を落として不安そうなケーキと、今にも泣き出しそうなAlice。

 今まで見て見ぬふりをしていたが、ゼロに指摘された雪夜は、彼女たちの気持ちを察した。

 沈痛な面持ちで俯く雪夜に、ゼロはもう1度嘆息してから歩み寄り、ポンと肩を叩いて告げる。


「お前は、自分が考えてるより周りから大事に思われてる。 そんなお前自身が、自分を蔑ろにしてどうする」

「ゼロ……」

「いきなりどうこうしろとは言わねぇよ。 けどな、いつまでもその場所にいるな。 ケーキちゃんやAliceちゃんを、本当に仲間として大切にしたいならな」

「……わかった」

「おし! わかれば良いんだよ、わかれば!」


 一転して明るくなったゼロに、苦笑する雪夜。

 この人の本質は、どこにあるのだろう。

 そのように思いつつ、悪い気はしていない。

 大きく深呼吸した彼はケーキとAliceに向き直り、少し照れたように口を開いた。


「何と言うか……今まで悪かった」

「い、いえ、雪夜さんが謝ることなど……」

「ホント、ゼロさんの言う通りだよ~」

「Aliceさん……!?」

「だって、そうなんだもん。 雪夜くんは、もっと自分を大事にしないといけないの。 じゃないと、あたしもケーキちゃんも、泣いちゃうんだからね?」

「それは困るな……」

「でしょ? じゃあ、今後は気を付けなさい!」

「……気を付ける」

「よろしい!」


 素直になった雪夜に、Aliceはニコリと笑った。

 そのことに雪夜はまたしても苦笑し、困惑した様子のケーキにも声を掛ける。


「ケーキも、思うことがあれば遠慮なく言ってくれ」

「……では、1つだけ」

「何だ?」

「手を出して下さい」

「手を?」

「はい」

「……これで良いか?」


 訳がわからないまま、右手をケーキに差し出す雪夜。

 すると彼女はその手を取り――


「な!?」

「有難うございます」


 顔の高さに持って行き、頬擦りした。

 彼女の暴挙(?)にAliceは叫喚を上げたが、お構いなし。

 雪夜は雪夜で戸惑っていたが、ゼロは笑いを堪えている。

 そうして暫くすると、満足したケーキが手を解放して、花のような笑みで言い放った。


「雪夜さん成分、補充完了です」

「……そうか」

「そうか……じゃないよ、雪夜くん! ケーキちゃん、何やってるの!?」

「ですから、雪夜さん成分の補充です」

「意味わかんないよ!」

「落ち着け、Alice。 そろそろ19時だ」

「そうだけど!」

「まぁまぁ。 Aliceちゃんも、今度すれば良いじゃねぇか」

「な、何を言ってるの、ゼロさん!? あたしは別に、そう言うのは……」

「わかった、わかった。 ほら、ホントに始まるぜ」

「う~! なんか、無性に暴れたい気分!」

「敵が来ることを望まないで下さい」

「ケーキちゃんのせいでしょ!?」


 にわかに騒がしくなったEGOISTSをよそに、時計の針は19時を示した。

 この瞬間が最も緊張感が張り詰め、15分ほど経つと弛緩する。

 アンリミテッドクエストでトップを取ったことも関係しているのか、今日もCBO自体は平和だった。

 このときにはAliceも落ち着きを取り戻し、警戒を続けつつ雑談を始めている。

 しかし、雪夜は正直なところ、気が気ではなかった。

 侵攻配信の一覧を調べ、SCOの状況をチェックし続ける。

 ところが、どこも攻め込んでいる様子はなく、それはつまり朱里たちが計画を実行すると言うこと。

 別の意味で気を張り詰めていた彼だが、とうとうそのときが訪れた。


「え!? 何これ!?」

「これって確か、ガルフォードの城だよな!?」

「なんでSCO同士で戦ってんだ!?」

「て言うか、あれってフレンとアリエッタじゃない!?」

「訳わかんない! 何がどうなってんの!?」


 配信を眺めていたプレイヤーたちが、一斉に騒ぎ出す。

 当然、雪夜も異変に気付いており、険しい顔付きになっていた。

 ウィンドウに映っていたのは、大勢のSCOプレイヤーに囲まれている、フレンとアリエッタ。

 それを見た雪夜は、ガルフォードが大軍を用意して、待ち構えていたことを悟った。

 『レジェンドソード』の使い手は見受けられないが、それでも厳しい。

 そこまで考えた雪夜は、迷わず言い切る。


「皆、あとのことを頼む」

「え? どうしたの、雪夜くん?」

「すまない、Alice。 行くところがある」

「行くところって……まさか、SCOじゃねぇだろうな?」

「そのまさかだ、ゼロ」

「何を考えてるの!? あの騒ぎにあたしたちは関係ないし、1人で乗り込むなんて危険過ぎるじゃない!」

「それでも、行かなければならないんだ」


 断固として譲る気配のない雪夜に、Aliceとゼロは絶句した。

 だが、やはり行かせられない。

 そう決意した2人は、なんとか止めようとしたが――


「行ってらっしゃい、雪夜さん」


 ケーキの優し気な声が耳朶を打ち、揃って振り返る。

 彼女たちは驚きに目を丸くしていたが、ケーキは気にせず告げた。


「必ず帰って来てくれるのですよね? でしたら、問題ありません。 CBOのことは、任せて下さい」

「……有難う、ケーキ。 Alice、ゼロ、帰ったら必ず説明する。 だから、今は黙って見送ってくれないか?」


 真摯な目を向けて来る雪夜を前にして、Aliceとゼロは説得の言葉を失う。

 そして、顔を見合わせてから同時に溜息をついて、苦笑しながら声を発した。


「もう、仕方ないな~。 ホント、雪夜くんはわがままなんだから!」

「まったくだぜ。 流石は、EGOISTSのリーダーだな」

「今回は、何を言われても受け入れよう。 とにかく行って来る」

「はいはい。 約束、絶対守ってよね!」

「戻って来ねぇと、承知しねぇからな!」

「あぁ、わかってる」


 Aliceたちから許しを得た雪夜は、次いでケーキに目を向けた。

 すると彼女は、しっかりと首を縦に振って、送り出そうとしている。

 しかし、手をギュッと握っており、無理をしていることは明らか。

 そのことに雪夜は気付きつつ、ウィンドウを開く。

 生存戦争が始まって初めて自分から侵攻することに、微かに緊張しながら――SCOへと転移した。

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