第25話 最終夜の解法——『楽しめ』が導く逆転
最終日の23時頃。
アンリミテッドクエスト終了まで、あと1時間。
EGOISTSは、喫茶店に集まっていた。
すっかり彼ら専用のようになっているが、重苦しい空気が流れている。
雪夜はおとがいに手を当てて考え込み、ケーキは眉を落とした困り顔。
Aliceに至っては、最早泣き出しそうに見える。
いつも明るいゼロも硬い面持ちで、腕を組んで思案していた。
今日も何度か挑戦した彼らだが、すっかりスコアが頭打ちになっている。
何より目玉に対処する術を見出せず、限界になっていた。
そして暫定1位は、THOの最強チーム、TETRA。
スコア差は約200,000ポイントなので、ほぼ間違いなく目玉を攻略出来ているかどうか。
逆に言えば、そこを解消出来れば逆転の可能性がある。
もっとも、それが出来ないから悩んでいるのだが。
時間的にも次がラストチャンスだと思っている雪夜は、必死に考えを巡らせている。
リーダーとして、なんとか仲間たちをトップに導きたい。
そう考えていたが――
「思い詰め過ぎだぜ、雪夜。 もっと気楽に楽しめよ」
ゼロに声を掛けられて、ハッとした。
視線を移すと苦笑した彼と目が合い、続けて言葉を投げ掛けられる。
「別に、1位になれなかったからって脱落する訳でも、CBOが負ける訳でもねぇんだ。 むしろ他のタイトルには充分、「CBOに手を出すのはヤバい」って思わせられたと思うぜ?」
「まぁ、確かにね~。 あたしだったら、狙うとしても後回しにするもん。 4大タイトルと違って、得体が知れなくて怖いし」
「ゼロさんとAliceさんの言う通りです。 雪夜さんのお陰で、ここまで来ることが出来ました。 ですから、そこまで深刻にならなくて良いのですよ」
「だよね~、ケーキちゃん! て言うか、1位がTETRAってことは、4大タイトル最強はTHOってこと?」
「そう単純な話じゃねぇと思うぜ? タイトルごとに方針もあるだろうしな。 SCOなんか露骨だろ?」
「第一星が、トップ10にも入っていませんからね。 明らかに手を抜いています」
「ケーキちゃんの言う通りだ。 MLOやBKOはどうか知らねぇが、少なくとも本気で1位を狙ってる感じじゃねぇな」
「なるほどね~。 ゼロさんって、意外とちゃんと考えてるんだ。 もっと適当な人だと思ってたよ」
「おい!? Aliceちゃん、それは酷くねぇか!?」
「そう言うことは、普段の言動を見直してから言って下さい」
「ケーキちゃんもヒデェ!?」
先ほどまでの暗い雰囲気を跳ね除けるかのように、賑やかになる店内。
それが仲間たちの優しさだと知った雪夜は、胸が熱くなる思いだ。
肩の荷が下りて、思考がクリアになっている。
しかし、だからこそ勝ちたいと思った。
今の時点でも充分だとしても、その先まで行きたい。
そうして雪夜が、再び頭を回転させていると、何やら恥ずかしそうな声が聞こえて来た。
「せ、雪夜さん、そんなに見つめて……どうしたのですか……?」
モジモジしたケーキが、顔を赤くして呟いた。
だが、彼からすれば濡れ衣。
確かにケーキは雪夜の対面の席に座っているが、彼が見ていたのは――
「もしかして……」
「ん? 何、雪夜くん?」
「……Alice、やってみないとわからないが、目玉の攻略法がわかったかもしれない」
「マジか!?」
「落ち着け、ゼロ。 あくまでも可能性だ。 それでも、無策で挑むよりは良いと思う」
「流石は雪夜さんです、聞かせて下さい」
「勿論だ、ケーキ」
そうして雪夜は、仲間たちに自身の考えを伝えた。
それを聞いたケーキたちは驚いていたが、あり得なくはないと思っている。
全員が戦意を昂らせ、ほぼ同時に席を立った。
仲間たちの顔を順に見渡した雪夜は、敢えてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「もし目玉を攻略出来るとしても、他のところでミスをしては意味がない……とは考えなくて良い」
「え? 良いの?」
「あぁ。 そんなガチガチな状態では、楽しめないだろう。 いつも通り思う存分に戦え、Alice」
「雪夜くん……うん、わかった!」
「ケーキとゼロも、気楽に行こう。 元々、俺たちは2位で終わっていた可能性が高かった。 もし駄目でも、失うものはない」
「だな。 俺は適当にやらせてもらうぜ」
「その割には、やる気に満ちているように見えますが」
「そりゃ、適当に本気でやるに決まってんだろ、ケーキちゃん」
「矛盾している気がしますけれど……不問にします」
ゼロの言い様にケーキは呆れつつ、ほんの一瞬だけ微笑を浮かべた。
そのことに気付いた雪夜は良い傾向だと思い、Aliceとゼロも喜んでいる。
改めて、それぞれが準備を終えたのを確認した雪夜は、1つ頷いてからアンリミテッドクエストを受注した。
すっかり見慣れた神社のようなエリアに飛ばされ、即座に彼らは散開する。
試行錯誤の末に辿り着いた、最高効率で敵を処理出来るポジション。
すると、カウントダウンが始まり、EGOISTSの挑戦が始まった。
「皆、行くよ~!」
【マルチ・ゲイン】を発動すると同時に、【ウィンド・スライサー】を繰り出すAlice。
大半のモンスターを始末したが、やはり数体が残っている。
しかし、どのモンスターが残るか把握していた雪夜たちは、既に動き出しており、ほぼ同時に仕留めた。
1秒の無駄もない、完璧な立ち回り。
暫くそのような時間が続き、最初のミッションが課せられたが、ここでも彼らは見事な動きを見せる。
「やれ、皆!」
「ふッ……!」
「はぁッ……!」
「行っけ~!」
ミッション発令のトリガーとなる、最後の武士をゼロが始末すると同時に、雪夜たちがアーツを放った。
【天衝】と【ブレイブ・エッジ】に、【サンダー・ストライク】。
破壊対象が出現する位置を正確に把握していた彼らによって、ミッションが開始するや否や達成される。
更に次の殲滅戦に適した位置取りもしており、スムーズにスコアを稼いで行った。
武士は基本的にAliceが受け持ち、どの鬼を誰が倒すかも打ち合わせ済み。
それを一々確認することもなく実行出来るEGOISTSは、1人1人の戦闘力に留まらず、パーティとしても非常に強力だと言える。
そのまましばし戦い続け、やがて次なるミッションが来ると悟った雪夜たちは、エリアの中央に集まった。
同時に空間に現れたのは、『敵を正面から10体倒せ』と言う文字。
このミッションの内容は言葉通りだが、モンスターの数は12体の武士のみだ。
つまり、失敗は2体までしか許されないと言うこと。
1箇所に集まって敵の狙いを一定にした訳だが、これだけでは足りない。
何故なら、遠くに出現したモンスターは、明後日の方向を向いている。
このまま倒せば正面からと言う条件を達成出来ないが、彼らにとっては解決済みの問題だ。
「やるぞ」
「はい……!」
雪夜の言葉に応えたケーキが、【バトル・エリア】を使用する。
全ての武士が彼女に振り向き、それを確認するまでもなく雪夜がアーツを発動した。
『無命』を地面に突き立てると、彼を中心に多数の縦の斬撃が全周囲に広がる。
12体の武士を全て正面から真っ二つにし、ミッションを成功させた。
『侍』が持つ唯一の範囲攻撃、【破陣】。
高火力かつ広範囲ではあるが、発動中は武器を使用出来ないと言う欠点がある。
また、あくまでも自身を中心に広がる為、狙った範囲を攻撃するのは難しい。
雪夜の場合は『滅龍』のデメリットもあって、普段はあまり使わないが、今回はケーキとの合わせ技で有効だった。
素晴らしい連携だったが、彼らが喜ぶことはなく、意識は次に移っている。
ケーキが【バトル・エリア】を発動した時点でAliceとゼロは、移動を開始していた。
そして、雪夜が武士を倒した瞬間に出現した、新手の掃討を担当する。
当然ながら、雪夜たちもすぐに体勢を立て直し、それに加わっていた。
アンリミテッドクエストと銘打ってはいるが、ある程度パターンは決まっている。
武士と鬼の殲滅戦を一定時間こなすとミッションが出現し、それをクリアすればまた殲滅戦。
基本的にはこの繰り返しだ。
ただし、ミッションの種類はそれなりに豊富。
指定された順番通りにモンスターを撃破するもの、金棒を破壊してから鬼を倒せと言うもの、跳躍中に一定数のモンスターを倒せと言うもの――など。
達成するだけなら可能でも、それをいかに素早く行えるかが腕の見せ所。
その観点から見れば、雪夜たちは、ほぼ理論値を叩き出す勢いだ。
各人の特性を把握した上で綿密な作戦会議を行い、卓越した技能をもってそれを実現させている。
完璧にフローチャート化されており、4人がそれに沿って戦っていた。
雪夜はミスを許容する発言をしていたが、それが仲間たちの緊張を解き、むしろベストスコアを更新する流れ。
すると遂に――
「出やがったな!」
「今度こそ!」
制限時間を過去最大の5分以上残した状態で、目玉が出現した。
瞬間、雪夜の集中力が最大限まで引き上げられる。
目玉を凝視して、あることを探った。
注意深く、それでいて迅速に。
逸る気持ちを抑えて思考を働かせた雪夜が、答えを出す。
鞘に手を掛けて、躊躇なく抜き放った。
背後に向かって。
放たれた【天衝】が宙を裂き、青空に吸い込まれる――かに思われた、そのとき――
『ギィィィィィ!!!』
姿を消していた目玉を捉え、撃破する。
同時にエリア中央にいた個体も消滅し――100,000ポイントが加算された。
目玉の攻略法。
それは視線の先にいる、本体を倒すことだった。
雪夜がこのことを思い付いたのは、喫茶店でケーキの背後の絵を見ていたのを、自分が見つめられていると勘違いされたのが切っ掛け。
つまり、目玉は自分たちを見ているのではなく、別の何かを見ているのではないかと言う発想。
彼の考えは当たっており、目玉は3秒に1回瞬きし、その度に本体が移動していた。
一見しただけでは位置がわからず、視線を追うしかない。
そうして、見事に看破した雪夜たちは笑みを浮かべたが、それは極めて短い時間。
何故なら、アンリミテッドクエストは続いている。
最後まで走り切らなければ、本当にベストを尽くしたとは言えない。
とは言え、ここから先は攻略済みのパターン。
全員が今までの全てを出し切り、最高のパフォーマンスを見せた。
緊張感はありつつ、楽しむ。
EGOISTSの在り方を表しているようだ。
しかし、アンリミテッドクエストにも終わりはある。
雪夜が制限時間ギリギリで鬼を倒し、それが最後のポイントとなった。
やり切った4人はホッとすると同時に、楽しい時間が終わって寂しくなっている。
だが、そのことには敢えて触れず、雪夜が口を開いた。
「なんとかなったな」
「はい。 ベストスコアは当然として、TETRAの記録も抜きました」
「まぁ、奴らも更新してるかもしれねぇけどな。 結果は明日にならねぇと、わかんねぇよ」
アンリミテッドクエストのランキング更新は、午前8時に行われる。
要するに、現時点で発表されているTETRAの記録は、あくまでも参考にしかならない。
ゼロはそのことを指摘した訳だが、それを聞いたAliceは不満そうに頬を膨らませた。
「もう~、ゼロさん嫌なこと言わないでよ! 折角、皆で頑張ったのに~!」
「悪い、Aliceちゃん。 でも実際、あり得ない話じゃねぇだろ?」
「ゼロの言う通りだな。 それでも俺たちは、アンリミテッドクエストを完全攻略した。 その事実に違いはない」
「そうですね、雪夜さん。 わたしも、悔いはありません」
「ケーキちゃん、あたしもだよ! ゼロさんは違うみたいだけど~」
「そ、そんなことねぇよ!? 俺だって、大満足だっての!」
「ホントかな~?」
「マジだって!」
微笑を浮かべたケーキにAliceも笑顔を見せ、ゼロにはジト目を送った。
それを受けた彼は慌てて言い募ったが、Aliceはジト目をやめない。
もっとも、それが冗談だと言うことを、雪夜とケーキはわかっている。
思わず2人が顔を見合わせて苦笑していると、EGOISTS最後のメンバーが現れた。
『皆、お疲れ様。 良く頑張ったわね』
「あ、貴音ちゃん! もしかして、見てたの?」
『うぅん、Aliceちゃん。 運営はそこまで干渉出来ないわ。 でも、アンリミテッドクエストが終わったから、そこに入れるようになったみたいね』
「あ……もう24時を回っていたのですね」
『そうよ、ケーキちゃん。 明日……いえ、もう今日から侵攻開始になるから、それまでに休んでおいてね。 雪夜くんたちもよ?』
「わかっている。 どの道、日中はログイン出来ないからな。 学校で気分転換して来る」
「ほう、雪夜は学生だったか。 若いだろうとは思ってたが、これは新情報だぜ」
「……ゼロ、忘れてくれ」
「そうしてやりたいのは山々だが、俺の記憶力はまぁまぁ悪くねぇんだよなぁ」
「不覚だ……」
「あはは! 良いじゃない、雪夜くん! 少しくらい、リアルのことを話したって! あたしたちは仲間なんだから!」
「だったら皆も、リアル情報を話せるのか?」
「え!? え~と……」
「冗談だ、Alice。 本気にしなくて良い」
「だ、大丈夫! あたしは……16歳!」
「うお、若ぇな。 俺なんて35だぜ」
「Aliceは年下だったか。 ゼロには……敬語を使った方が良いか?」
「やめてくれよ、気色悪ぃ。 今まで通りで頼むぜ」
「そう言ってもらえると助かる」
「せ、雪夜くん……あたしも、今まで通りで良いの? それとも、敬語を使った方が良い?」
「必要ない。 今のままで頼む」
「う、うん、有難う!」
あからさまにホッとした様子のAlice。
雪夜としてはこう言ったことが起こり得るから、なるべくリアルの事情は明かさない方が良いと考えている。
ところが、3人が少しずつ話したせいで、自然と注目は残り1人に集まった。
どこか硬い面持ちのケーキに向かって、ゼロは楽しそうに尋ねる。
「ケーキちゃんは? 俺の予想では、学生だと思ってんだけどよ」
「あたしは結構迷っちゃうな~。 落ち着いてるから年上な気もするんだけど、可愛らしいとこもあるから、意外と年下かもって思うこともあるし」
「あ~、Aliceちゃんの言ってること、わかるぜ。 敬語で話してるのもあって、ケーキちゃんって年齢がわかり難いかもな~」
何やら盛り上がっているAliceとゼロに比して、ケーキは表情を曇らせた。
それを察した雪夜は、咄嗟に話を切り上げる。
「2人とも、そこまでだ。 自発的に話すのは敢えて止めないが、聞き出そうとするのは禁止にする。 これは、EGOISTSのルールだ」
「う~ん、わかったよ。 ケーキちゃん、話したくなったらいつでも言ってね!」
「俺も、ちょっと調子に乗っちまったな。 無理強いするつもりなんてねぇから、気が向いたら話してくれよ」
「……はい、わかりました」
ケーキは辛うじて返事をしたものの、雪夜の目には辛そうに映っている。
そのことが気になった彼だが、貴音が纏めに掛かった。
『じゃあ、今日はこの辺りにしましょうか。 皆も明日は、学校なり仕事なりがあるんでしょうし』
「そうだね~。 じゃあ、あたしはお先にさせてもらおうかな! 皆、お休み!」
「俺も帰るぜ。 またな!」
そう言って、Aliceとゼロが現実へと帰って行く。
それを見送りつつ、雪夜はケーキに意識を向けたが、貴音が言葉を投げ掛けた。
『雪夜くんも寝なさい。 学校があるんでしょう?』
「……ケーキはまだ寝ないのか?」
「え……わ、わたしですか?」
「そうだ。 いつも最後まで残っているが、無理をしているんじゃないだろうな? 装備の強化も大事だが、慌てる必要はないぞ」
「……はい、有難うございます」
微笑を浮かべたケーキだが、ログアウトする様子はない。
そんな彼女を雪夜が促そうとしたとき、貴音が声を発した。
『大丈夫よ、雪夜くん。 わたしが付いてるから、絶対に無理はさせないわ。 この子にはこの子の、事情があるんでしょう』
「……わかった、貴音ちゃんを信じる。 ケーキ、くれぐれも気を付けろ。 キミが倒れでもしたら……困るからな」
「はい、わたしもすぐに休みます。 雪夜さん、また防衛時間にお会いしましょう」
「あぁ、お休み」
「お休みなさい」
笑顔で雪夜を見つめるケーキ。
その眼差しを受け止めつつ、彼は現実に帰還した。
空間にケーキと貴音だけが残り、しばしの沈黙が続く。
しかし、やがてケーキが静寂を破った。
「貴音ちゃん」
『どうしたの?』
「わたしが現実に出る手段など、ないですよね?」
『……ごめんね。 今の技術では、不可能なの』
「謝る必要などありません、わかっていたことですから。 ですが、やはり雪夜さんたちとわたしは、別の存在だと痛感しましたね」
『ケーキちゃん……』
「悲観的になっている訳ではありません。 これも、とっくにわかっていたことです」
ケーキの顔には冷静な表情が浮かんでおり、声にも違和感は見られない。
だが、それでも――
『我慢しなくて良いのよ』
「え……?」
『ここにはわたししかいないんだから、気持ちを押し殺す必要はないわ。 ぶちまけちゃいなさい』
貴音に優しく諭されたケーキは肩を震わせ、涙を流し始めた。
そして嗚咽を堪えながら、ポツリポツリと声を落とす。
「わたしは……雪夜さんが大好きです。 強くて、わたしと真剣に向き合ってくれていた彼が」
『うん』
「それだけではありません。 一緒に行動させてもらえるようになってから、もっと好きになりました。 不器用で、愛想がなくて……誰よりも優しい。 そんな彼に、ますます惹かれました」
『うん』
「Aliceさんとゼロさんのことも……嫌いではありません」
『うん』
「わたしも……人間でありたかったです……」
『うん』
「そうであれば、雪夜さんと結ばれることが出来たかもしれません」
『諦めたの?』
「いいえ。 ですが……可能性は限りなく低いと思っています。 そして、この可能性が高まることはないでしょう」
『じゃあ、どうするの?』
「どうもしません。 たとえ叶わないとしても、わたしはこの想いを抱き続けます」
『告白せず、ずっと好きでいるってこと?』
「はい。 断られて関係が崩れるくらいなら、今のままの方が良いです。 雪夜さんの傍にいるだけで、わたしは幸せなのですから」
『……もし、Aliceちゃんと雪夜くんが付き合ったりしたら?』
「……それでも、わたしは好きでい続けます。 雪夜さんから、明確に拒絶されるまでは」
『拒絶されたらどうするの?』
「そのときは、元の剣姫に戻ります。 ですが、それは生存戦争が終わってからです。 それまでは、わたしも全力を尽くします」
『ケーキちゃん……』
娘が破滅への道を歩いているように感じた貴音は、辛そうな声を漏らした。
それでもケーキが翻意することはなく、泣き笑いのような顔を貴音に向けている。
見ていられなくなった貴音は、無駄だと知りつつ諦めるように説得しようとしたが――
「え……?」
突然、ケーキが唖然とした声をこぼした。
貴音が何事かと思っていると、彼女はウィンドウを操作して――固まる。
どうしたのかと心配になった貴音は、恐る恐る尋ね掛けた。
『ケーキちゃん? どうしたの?』
「……前言撤回します」
『え?』
「わたしは雪夜さんへの想いを、止められないかもしれません」
様々な感情が綯い交ぜになってはいるが、幸せそうに笑ったケーキがウィンドウを貴音に見せる。
そこには――
『『少し様子がおかしかったが、何かあればすぐに言え。 解決出来ないとしても、一緒に悩むことは出来る。 仲間として、ケーキを1人にはしない』……雪夜くんったら、罪な男の子ね』
「そのようなことを言わないで下さい。 わたしは、本当に嬉しいのです」
『でも、ケーキちゃんの気持ちを知っておいてこんなこと言うなんて、ある意味酷いわよ?』
「え!?」
『ん? どうしたの?』
「わ、わたしの気持ちを知っているって……まさか、言ったのですか!?」
『いや、誰が見ても一目瞭然でしょう。 まさか、気付かれてないとでも思ってたの?』
「そ、そんな……。 明日から、どのような顔で会えば良いのですか……」
『今更なんだから、いつも通りで良いと思うけど』
「わたしにとっては、今更ではないのです!」
『そんなこと言われても、もうとっくにバレてるし。 開き直るしかないでしょ』
「開き直るって……」
『どうせバレてるなら、どんどんアピールしちゃいなさい。 言葉で告白出来ないなら、行動で示すしかないでしょ?』
「そのようなことを言われましても……」
『大丈夫! ケーキちゃんみたいな可愛い子に迫られたら、雪夜くんだって意識しない訳ないんだから! グイグイ行っちゃいなさい! 方法は教えてあげるから!』
「本当に大丈夫でしょうか……?」
『信じなさい!』
「……わかりました、よろしくお願いします」
そうして貴音から知識を教わったケーキだが、その内容はオーソドックスなものから何とも言い難いものまで、玉石混交状態。
翌日から雪夜はそれをぶつけられる訳だが、このときの彼は夢にも思っていなかった。
こうしてアンリミテッドクエストは終わり、生存戦争は次なるステージへと移行する。