第24話 3秒の瞬き、苦いコーヒー、甘いガトーショコラ
アンリミテッドクエストから帰還して、30分が過ぎ去った。
すっかり常連となった喫茶店に来た雪夜は、いつもと変わらずコーヒーを飲んでいる。
眼前にはウィンドウが開かれており、チャットアプリを利用して、反省点を可能な限り洗い出していた。
大抵のことは練習次第でなんとかなりそうだが、唯一解決出来ていないのが、最後の目玉による爆発。
他のマイナス点を全て改善したとしても、あれをなんとかしない限り、トップを取るのは不可能に思える。
競争相手が全員攻略出来ないなら、その限りではないが。
だが、そのような希望的観測に頼る訳には行かないと雪夜は思い、何より彼の負けず嫌いが許せない。
そうして、雪夜が頭をフル回転させていた、そのとき――
『そんな怖い顔してたら、女の子が逃げて行っちゃうわよ? 折角のイケメンが台無しじゃない』
突如としてウィンドウが開き、貴音が姿を現した。
思考の海に沈んでいた雪夜は驚きつつ、表面上は平気なふりをして返事をする。
「放っておいてくれ。 それより、相談したいことがある」
『ん? ケーキちゃんのこと?』
「どうしてケーキが出て来るんだ?」
雪夜としては本気で意味がわからず、不思議そうに尋ねた。
対する貴音は口元を手で隠し、ニヤニヤ笑いながら言い放つ。
『え? あの子の想いに応えるか、迷ってるんじゃないの?』
「……何の話をしている?」
『とぼけなくて良いわよ。 あんなにわかり易くて、気付かないはずないんだから』
「どちらにせよ、そんなプライベートなことに踏み込んで欲しくない。 それとも運営は、プレイヤーの私生活にまで干渉するのか?」
『いや、まぁ、ごもっともなんだけど。 じゃあ、運営としてじゃなくて、1人の大人として一言だけ言わせて?』
「……何だ?」
聞く義理はないと思った雪夜だが、実際に困っているのは否定出来ない。
仲間となった今だからこそ、余計にケーキとどう接するか、迷うこともある。
そんな彼の苦悩を見抜きながら、貴音は敢えて告げた。
『逃げずに向き合いなさい』
「逃げているつもりはない」
『どうかしら。 本当にそうなら、もう答えを出していると思うけど?』
「答えも何も、ケーキから何か言われた訳じゃない。 極端な話、勘違いの可能性もある」
『じゃあ、あの子から告白されたら、きちんと返事するのね?』
「……少なくとも、真剣に考える」
『ふーん。 まぁ、取り敢えずそれで良いわ。 で? 相談って何なの?』
貴音は明らかに不満そうだったが、雪夜からすれば今は本当にそうとしか言えない。
だからこそ彼は、これ以上の問答を終わらせる意味でも、当初の話に立ち返ることにした。
アンリミテッドクエストの内容を貴音に伝え、自身が考えた改善点とその方法を提示する。
それを受けた貴音も流石に真剣な顔になり、雪夜の案を受け入れつつ、細かいところを調整して行った。
ケーキのことに首を突っ込まれたのは腹立たしいが、彼女の優秀さを雪夜は認めざるを得ない。
そして、いよいよ難題に取り掛かる。
『攻撃したら爆発する、目玉のモンスターね……』
「そうだ。 まだ1度しか戦っていないから、いろいろ試してみようとは思っている。 ただ、ある程度は方法を絞り込んでおきたい。 あれのダメージは、下手をすれば脱落する危険があるからな。 早い段階で、正解を見付けたいんだ」
『なるほどね。 雪夜くんも、随分と仲間想いになったじゃない』
「……今日はやけに突っ掛かって来るな?」
『あはは、照れなくても良いのに。 えっと、目玉のモンスターだったわね。 攻撃して爆発したってことは、一定時間放置するのも1つかなって思うけど……』
「俺も、それは試してみるつもりだ。 だが、正直なところ正解だとは思えない」
『だよね。 となると、倒し方の問題かな。 その目玉って、瞬きはしてた?』
「あぁ。 3秒に1回、一定の間隔だった」
『やっぱり、良く見てるわね。 武士とか鬼は、それなりに世界観が近いのに、そのモンスターだけ異質に感じるの。 だから、目玉ってことに何か意味がある気がするんだけど』
「目玉の意味か……わかった、少し考えてみる。 あと思い付いたのは――」
その後も、雪夜と貴音は意見を交換し合った。
不本意ではあるが、彼にとっては楽しい時間で、それは貴音も同様。
やがて確認するべきことは話し終え、充分に議論出来たと満足した雪夜は感謝を述べた。
「有難う。 お陰で、だいぶスコアを伸ばせそうだ」
『お礼を言われることじゃないわよ。 わたしたちからすれば、ゲームの命運が懸かってるんだからね』
「運営の為に戦うつもりはないが、CBOは存続してもらわないと困る。 出来る限りのことはしよう」
『ふふ、それで充分よ。 じゃあ、またね。 皆と仲良くするのよ?』
「お母さんか」
『失礼ね、こんな大きな子どもがいる歳じゃないわよ。 とにかく、よろしくね。 いろいろと』
意味ありげに笑いながら、ウィンドウを閉じる貴音。
そんな彼女に雪夜は憮然としつつ、放置していたカップに手を掛けた。
味は変わっていないはずだが、やけに苦く感じる。
眉間に皺を寄せた彼はカップをソーサーに戻し、大きく息をついた。
頭を働かせ過ぎたからか、無性に甘い物が食べたい。
そう考えた雪夜はメニューを開き、何か注文しようとしたが――
「ケーキ……」
その文字を見て、またしても頭を悩ませる。
貴音には勘違いの可能性を語ったが、実のところ本人がそれを信じていない。
それほど、ケーキの反応は明らかだ。
だからと言って、自分からアクションを起こすつもりはないが、もし彼女から何かあれば、貴音に宣言した通り誠実に受け止めようと考えている。
現時点では、応えられる自信はないが。
その場合を考えて胸を痛めつつ、ひとまず今はアンリミテッドクエスト。
意識を切り替えた彼は、貴音と話し合った内容を復習し始める。
こう言うところが、貴音から逃げていると指摘される所以なのだが、気付いていなかった。
雪夜は優秀な少年だが、恋愛経験に関しては決して豊富とは言えない。
無意識に問題から目を背けた彼が、ウィンドウと睨めっこしていると、喫茶店のドアが開く。
それに気付いた雪夜が顔を上げると同時に、騒がしい声が聞こえて来た。
「あ~! 疲れた~!」
「わたしもです……」
「はは。 Aliceちゃんもケーキちゃんも、大人気だからなぁ。 俺はのんびりさせてもらったぜ」
「もう! ゼロさんも、もっと頑張ってよね!」
「仕方ねぇだろ? 連中が、2人に聞きたがるんだからよ」
「なんだか納得出来ません……」
憔悴し切ったケーキとAlice。
余裕の残っていそうなゼロ。
3人の様子を見た雪夜は苦笑し、ひとまず声を掛けた。
「皆、お疲れ様」
「あ、雪夜くん! ホントに疲れたよ~。 皆、ジェネシス・タイタンのことを覚えてて、あたしたちを待ってたみたいなの」
「自力でどうにかしようと言う、気概を持った人はいないのでしょうか。 雪夜さんの指示でなければ、無視したのですが……」
「まぁまぁ、ケーキちゃん。 他の奴らが生き残るのは、CBOにとって悪いことじゃねぇだろ?」
「ゼロさん……それはそうですが……」
席に着くなりAliceはテーブルに突っ伏し、ケーキは憤懣やるかたない様子で椅子に座った。
一方のゼロは飄々としながら腰を下ろし、雪夜と苦笑を交換する。
もうわかったかもしれないが、彼女たちは今回もGENESISクエストの情報を、CBOプレイヤーたちに教えた。
特に目玉に関しては、知らなければ大勢が犠牲になっていただろう。
3人によって生存率は高くなり、Aliceとケーキの株がますます上がった。
ゼロも自身のフレンドを中心に伝え、感謝されている。
他方、1人姿を現さなかった雪夜に対する感情は、より一層悪化していた。
しかし、それをバネに他のプレイヤーたちは奮起しており、結果的にはプラスに作用している。
ケーキやAliceは辛く思っているが、雪夜本人とゼロに宥められて、致し方なく役目を請け負った。
そうして頼みを聞いてくれた仲間たちを、内心で有難く思いつつ、雪夜は労うように声を発する。
「どうやら、相当大変だったようだな。 飲み物くらいなら奢るから、ゆっくり休んでくれ」
「ホント!? じゃあ、アールグレイとガトーショコラ!」
「Alice、俺は飲み物と言ったぞ?」
「良いじゃない、大した値段じゃないんだから! 雪夜くんの手持ちなら、タダも同然でしょ?」
「そう言う問題じゃないが……まぁ良い。 ケーキとゼロも、好きなものを頼め」
「で、ですが、雪夜さんに負担を強いるのは……」
「大したことじゃない。 ケーキもたまには、Aliceの図々しさを見習え」
「ちょっと!? そんな言い方なくない!?」
「だったら、アールグレイだけにしておくか?」
「う~」
「冗談だ。 ケーキも、本当に遠慮しなくて良い。 ゼロもな」
「ケーキちゃん、ここはお言葉に甘えようぜ。 男にとって女の子に奢るのは、誇らしいことでもあるんだからよ。 なぁ?」
「その理屈で行くと、お前には奢らなくて良いことになるが?」
「おっとしまった。 とにかく、今回は奢ってもらおうぜ。 どうしても気になるなら、今度別のことでお返しすれば良いんだよ」
「……わかりました、ご馳走になります」
「そうしてくれ。 あと貴音ちゃんと話して、アンリミテッドクエストの対策を考えたから、共有しておこうと思う」
「もう考えたの!? やっぱり凄いな~」
「3日あるとは言え、あのレベルのクエストはそう何度も行けないだろう。 そのことを思えば、なるべく早く備えたかったんだ」
「すみません、雪夜さんに任せてしまって……」
「そんな顔をするな、ケーキ。 皆には、別のことを任せていたんだしな。 ひとまず話すから、質問があれば言ってくれ」
「了解だ。 早速聞かせてもらうぜ」
それから雪夜は人数分の飲み物を――Aliceはガトーショコラも――注文し、対策を解説した。
ケーキたちは休憩しながらも真剣に聞き、気になったことがあれば逐一尋ねる。
確認を終えた4人は、改めて意見を交換し、頃合いを見て雪夜が言い放った。
「良し。 じゃあ、もう1度行ってみるか。 今日はそれで解散にしよう」
「おし! やるか!」
「どれくらい行けるか、楽しみだね!」
「楽しむのは結構ですが、決して油断しないで下さい」
「わかってるよ! ケーキちゃんは、ホントにあたしが大事なんだね~」
「別に、そのようなつもりは……」
「ふふ、良いじゃない! あたしだって、ケーキちゃんのことが大事だし!」
「……そうですか」
「あ、照れてる!」
「照れていません」
「いやぁ、美少女同士の友情って微笑ましいなぁ。 雪夜、俺らも真似するか?」
「断固、拒否する」
「ヒデェな……」
「ふざけるのは、ここまでだ。 全員、集中しろ」
「は~い。 ケーキちゃん、頑張ろうね!」
「言われるまでもありません」
「まぁ、とにかく試してみようぜ」
それぞれ態度は違うが、仲間たちの準備が整ったのを確認して、雪夜はクエストを受注した。
その後、彼らは試行錯誤を繰り返し、徐々にスコアを伸ばすことに成功する。
ところが、目玉のモンスターの処理だけは答えが見付からないまま、暫定2位で最終日を迎えることになった。