第22話 相互保護の誓い――偽恋人はじめました
決闘翌日の早朝。
いつも通り、仏壇で両親に挨拶した雪夜だが、思い出したかのように言葉を付け足した。
「昨日はバタバタしていて言えなかったが……父さん、母さん有難う。 お陰で、俺も朱里も怪我せずに済んだ。 これからも、見守ってくれると助かる」
丁寧に頭を下げた雪夜は、改めて外に向かった。
彼とて本気で守護霊などを信じている訳ではないが、何か良いことがあったときは、両親に感謝するようにしている。
そうして庭に出た雪夜は、いつも通り素振りを始めようとして、ある意味予想通りな展開が待っていた。
「おはよー、セツ兄! 一緒にしても良い?」
以前と同じく、学校指定のジャージ姿で竹刀を持つ朱里。
そんな彼女に苦笑を見せた雪夜は、淀みなく言葉を紡ぐ。
「おはよう、朱里。 勿論、構わないぞ」
「有難う! やっぱり、セツ兄は優しいねー」
「この程度で何を言っている。 良いから、始めるぞ」
「本気なのに……。 はーい」
適当に朱里をあしらった雪夜は、サッサと素振りを始めた。
そんな彼の態度に、朱里は頬を膨らませていたが、大人しく竹刀を振るう。
暫くは無言の時間が続き、互いに集中しているのが伝わって来た。
やがれノルマを終えた雪夜が、持参していたタオルで汗を拭っていると、朱里は息も絶え絶えと言った様子。
それを見た彼は、呆れ果てたように言い放った。
「無理に俺に合わせなくて良かったんだぞ?」
「はぁ……はぁ……だ、だって、少しでもセツ兄に近付きたくて……」
「だからって無理をしても、逆効果だ。 形が崩れたらどうする」
「そうだけど……」
「朱里が今までやって来たことは、間違っていない。 俺の真似をするんじゃなく、これからも自分のペースで成長して行ってくれ」
「セツ兄……うん、わかったよ」
「良い子だ」
「むー。 だから、子ども扱いしないでってばー」
「あぁ、そうだったな。 すまない」
思わず朱里の頭を撫でた雪夜だが、苦言を呈されて手を引っ込める。
それはそれで朱里は寂しそうだったが、雪夜は気付かないふりをした。
朝の稽古を終えた幼馴染たちは、前回と同じように縁側に並んで座る。
今日は朱里も飲み物を持って来ているので、悪戯をされる心配はない。
そのことに雪夜が内心でホッとしていると、朱里が正面を向いたままポツリと呟いた。
「有難う、セツ兄」
「急にどうした?」
「急じゃないよー。 ずっと言いたかったんだから。 セツ兄に見逃してもらえたから、あたしはまだ生存戦争を続けられるんだもんね」
「気にするな、俺がそうしたかったんだ。 それに、本当に礼を言わなければならないのは、俺の方だ」
「え? セツ兄が?」
雪夜の言葉に反応した朱里が、思わず振り向く。
対する雪夜も、朱里に視線を向けて告げた。
「そうだ。 ……ずっと守ってくれて、有難う。 朱里のお陰で、アルドとカインを捕らえることが出来た」
「……! セツ兄……」
「だが、もう2度と危険なことをしないと約束してくれ。 俺が助かっても、朱里に何かあったら意味はない」
どこか必死な様子で訴え掛ける雪夜。
それほど、彼にとっては大事なことだった。
雪夜の気持ちを朱里は嬉しく思ったが、苦笑を浮かべて、首をゆっくりと横に振る。
「ごめん、セツ兄。 それは約束出来ないかも」
「……どうしてだ?」
「だって、セツ兄が危ないのに何もしないなんて、出来ないよ。 また何かあったら、絶対あたしが守ってあげる」
「俺がそれを望んでいなくてもか?」
「うん、あたしがそうしたいの。 だから、ごめんね?」
謝りつつも、笑みを浮かべる朱里。
どうあっても、翻意するつもりはなさそうだ。
幼馴染の雪夜には、そのことが手に取るようにわかり、盛大に嘆息する。
だからと言って、彼女の無茶を野放しには出来ない。
それゆえに彼は、別のベクトルから攻めることにした。
「わかった、朱里がそのつもりなら、俺にも考えがある」
「え? な、何をするつもりなの?」
強い眼差しを叩き付けて来る雪夜に、朱里は狼狽えた。
それでも、意志を曲げるつもりはなかったが――
「お前が俺を守ると言うなら、俺がお前を守ってやる」
「へ……?」
「だから、俺を守る為に危険を冒すお前を、俺が守ると言っている」
「……お互い、守り合うってこと?」
「結果的にはそうなるな」
「そっか……。 うん、良いと思う! じゃあ、あたしがセツ兄を守ってあげるから、セツ兄はあたしを守ってね!」
「そのつもりだ。 もっとも、今回のようなことが、そうそうあるとは思えないが」
「あはは、それは確かにねー。 でも、ガルフォードが、別の人にセツ兄を襲わせるかも……」
雪夜に守ってもらえると言う事実に、朱里は上機嫌になっていた。
ところが、新たなアルドやカインが現れる可能性を考えて、難しい顔で考え込む。
しかし雪夜は、その不安を一蹴した。
「いや、恐らくそれはない」
「え? なんで?」
「アルドとカインが、SCO側から依頼されたと供述しているようだ。 当然、SCOは否定するだろうが、動き難くなったのは間違いない。 もしまた俺が襲われたら、今度こそ疑われる可能性が高くなるからな」
「言われてみれば、そうかも……」
「とにかく、今回のことは解決したと見て良い。 朱里は朱里の戦いに集中しろ」
「うん、そうだね。 でも! 何かあったら、すぐに言ってよ!?」
「それはこちらのセリフでもある。 自分だけでなんとかしようとせず、相談するべきことがあれば、必ず話すんだ」
「はーい! じゃあ、そろそろご飯に……」
そう言いかけた朱里の、スマートフォンが震える。
いや、彼女だけではなく雪夜もだ。
顔を見合わせた2人が、真剣な面持ちで内容を確認すると――
「『アンリミテッドクエスト、ミッションをクリアすると制限時間が延長される』……か」
「うーん、ミッションって何なんだろうね?」
「それはまだ不明だ。 だが、ようやくアンリミテッドの意味がわかった気がする」
「そうなの?」
「制限時間は5分と発表されていたが、条件を満たして制限時間を延長させ続ければ、理論上は無限に続けられる……そう言う意味かもしれない」
「あー、なるほどねー。 じゃあ、その条件をクリアするのを優先するべきなのかな?」
「だと思うが、それに関しては今は何とも言い難いな。 どちらにせよ、朱里も仲間たちと情報を共有している方が良いぞ」
「それは勿論だけど……あたしもってことは、セツ兄にも仲間がいるんだね?」
「……まぁな」
「そっかそっか!」
「何を嬉しそうにしている?」
「別にー? それより、ご飯食べようよ! あたし、お腹減っちゃった!」
「うちで食べるつもりか?」
「当たり前でしょ? あたしたちはお互いを守る為に、なるべく一緒にいないと駄目なんだから!」
「いや、今はそこまで警戒する必要はないが……まぁ、良いだろう」
反論しかけた雪夜だが、楽しそうな朱里を前に言葉を飲み込んだ。
そうして幼馴染たちは、朝食をともにしてから一緒に登校する。
春の陽気の中、多数の生徒たちと同じように、通学路を歩み続けた。
ちなみに、近頃のこともあってカップルとして認識されていることを、余裕の生まれた朱里はやっと認識している。
それゆえに恥ずかしがって俯く――などと言うことはなく、むしろ堂々としていた。
そのことを意外に思った雪夜は、何ともなしに尋ね掛けてみる。
「気にならないのか?」
「ん? 何が?」
「いや、俺と恋人同士だと思われたら、困るんじゃないか? 朱里には、好きな人がいるんだろう?」
「あー、それね。 大丈夫! あたしの好きな人は、学校の生徒じゃないから!」
「そうなのか?」
「うん! あ、セツ兄になら言っても良いかなー。 あたしが好きな人は、SCOの――」
「ガルフォードか?」
「そんな訳ないでしょ!?」
「冗談だ」
朱里は足まで止めて、噛み付かんばかりの勢いだ。
想像以上の迫力に雪夜は、手で制しつつ身を仰け反らせ、落ち着けるように口を開く。
「それで、誰なんだ?」
「ホントにもう……。 フレン様だよ! すっごく強くて優しくて、格好良いんだから!」
「フレン……第四星か。 いや、今は第ニ星だったな」
「うんうん。 あたしが第三星ってことになってるけど、あんまり嬉しくないかなー……」
「そう言えば、この間の剣技大会で3位入賞だったな。 今更だが、おめでとう。 賞金はかなりの額のはずだが、無駄遣いしていないだろうな?」
「してないよ! そもそも、あたし賞金はお父さんたちに渡してるし! そこからお小遣いとかは出してもらってるけど、偉くない!?」
「それは偉いな。 朱里くらいの歳なら、欲しい物はいくらでもあるだろうに。 若いうちから豪遊を覚えたらろくなことにならないだろうから、正解だと思うぞ」
「……セツ兄って、人生何周目だったっけ?」
「何度目の質問だ、それは」
複雑そうに見て来る朱里に、雪夜は呆れ果てた目を返す。
するとそこに、歩み寄って来る者たちがいた。
「よう、雪夜! 朝から熱々だな!」
「熱々って何だよ……。 あ、おはよう、雪夜」
ニヤニヤ笑った宗隆と、苦笑している透流。
彼らの背後には、どこか落ち込んだ様子の少女A、B、Cの姿もあった。
彼女たちの存在に気付いた朱里は、厳しい顔付きで前に出ようとしたが、その前に雪夜が口を開く。
「おはよう、宗隆、透流。 皆も、おはよう。 昨日は悪かったな」
「気にすんなよ、急用じゃ仕方ねぇって。 なぁ?」
「う、うん、そうだね」
宗隆に話を振られた少女Aは、ぎこちない笑みを浮かべて答えた。
彼女の様子を見て雪夜はあることに思い至り、宗隆と透流にチラリと視線を向ける。
すると彼らは揃って苦笑しつつ、小さく頷いた。
事情を察した雪夜も苦笑を返し、すぐに表情を改めて言い放つ。
「昨日は途中で終わってしまったが、次回があれば今度こそ最後まで一緒に遊ばせて欲しい」
「え……? い、良いの?」
「勿論だ。 皆が良ければ、だが」
「い、良いに決まってるよ! ね!?」
「う、うん! 有難う、雪夜くん! また絶対誘うから!」
そう言って少女たちは、楽しそうに去って行く。
それを見送った雪夜が息をついていると、脇腹を肘で小突かれた。
若干の痛みを感じつつ視線を転じたところ、ジト目の朱里と目が合う。
彼女が何を不服に思っているか、雪夜は理解しているが、敢えて何でもないかのように言葉を紡いだ。
「あの程度のことを、いつまでも引き摺っていられない。 今のうちに、サッサと清算しておきたかっただけだ」
「だからって、謝罪の一言もなく終わらせて良いの?」
「そんなもの、俺は望んでいない」
「あたしは納得出来ないなー。 なんか、セツ兄だけ損してる感じがするもん」
「そんなことはないぞ。 彼女たちと遊ぶのは、楽しかったからな」
「ふーん。 楽しかったんだー」
「あぁ、新鮮な体験だった」
「……あたしと遊ぶより、楽しかったの?」
「新鮮ではあったが……それはないな」
「そっか、そっか! だったら許してあげる!」
「俺は何を許されたんだ?」
「気にしなくて良いの!」
雪夜の背中をバシバシ叩きながら、にこやかに笑う朱里。
そんな彼女を雪夜は訝しく思っていたが、宗隆と透流が微妙な顔をしていることに気付いた。
またしても疑問を持った雪夜は、内心で小首を傾げながら、ひとまず問を投げてみる。
「どうかしたのか?」
「どうって言うか……なぁ?」
「僕に振られても困るけど……。 念の為に確認だけど、雪夜と日高さんは付き合ってないんだね……?」
「何度もそう言っているだろう、透流」
「そうなんだけど……皆が誤解しても、仕方ないって言うか……」
雪夜としては、朱里との距離感は以前からこのようなものなので、彼らが何に引っ掛かっているかいまいちピンと来ていない。
しかし、宗隆も何度も首を縦に振っているのを見ると、少し付き合い方を見直した方が良いかもしれないと考えたが――
「ねぇ、セツ兄。 いっそ、付き合ってるってことにしちゃう?」
『え!?』
宗隆と透流の声が重なった。
対する雪夜は驚きつつ、平然と言ってのける。
「一応聞いておくが、狙いは何だ?」
「セツ兄に、悪い虫が付かないようにすること!」
「そんなところだろうとは思った。 だが、お前はそれで良いのか?」
「うん! セツ兄が好きなのは嘘じゃないし、あたしはあたしで男避けになるしねー」
「前は、彼氏が欲しいと言っていただろう」
「そうだけど、誰でも良いって訳じゃないもん。 今はやっぱり、フレン様が1番だしねー」
「彼と会える目途は立っているのか?」
「それはまだだけど……。 でも、絶対諦めないから!」
「そうか、頑張れ」
「頑張るよ! てことで、よろしくね!」
「まぁ……取り敢えず、試してみるか」
「わーい! あたし、今日からセツ兄の彼女なんだー!」
「あくまでも、表向きはな」
「わかってるって! じゃあ、お昼休みにね!」
「一緒に食べるのか?」
「当然だよ! 彼女なんだから!」
「……わかった、またな」
「うん! またね!」
過去最高と言っても過言ではない笑顔を咲かせて、走り行く朱里。
あまりにも嬉しそうな彼女に苦笑した雪夜は、呆気に取られている宗隆と透流に向かって宣言した。
「聞いていたと思うが、今日から朱里が彼女だと言うことにして欲しい」
「いや、まぁ、今日からと言うか前から、そう言いう感じだったけどよ……」
「なんか、凄い会話を聞いちゃった気がするね……」
「大したことじゃない。 要するに、恋人のふりをすると言うだけのことだ」
「うーん……これってふりなのか? 透流、どう思う?」
「本人たちがふりって言ってる以上、ふりなんだろうけど……知らない人が見れば本気だよね」
「本気に見えるなら、ある意味都合が良い。 余計な演技をする必要がない訳だからな」
「そりゃそうだけどよ……」
「何と言うか、恋愛って何だろうって気分になるね……」
「随分と哲学的なことを考えているんだな、透流は。 取り敢えず、俺たちも行こう。 ずっとここで、立ち止まっている訳には行かない」
「へいへい……」
「そうだね……」
何やら悄然としている、宗隆と透流を不思議に思いながら、雪夜は歩みを再開させた。
尚、このとき、小枝と合流した朱里がハイテンションで事情を話していたのだが、彼らが知ることはない。
こうして雪夜と朱里は、偽の恋人を名乗ることになるのだった。
「そうか、アルドたちは失敗しやがったか」
自身の居城の王座に腰掛けながら、ガルフォードはさして興味なさそうに呟いた。
一方の鷺沼は怒り心頭で、ウィンドウの中から大声で喚き立てる。
『何を呑気なことを言っとるんだ! 奴らがSCOに依頼されたなどと供述したから、大変だったんだぞ!? なんとか事なきを得たが、2度とこんな真似はするな!』
「まぁ、あいつらからすれば、俺やSCOが助けてくれると思ってただろうからな。 役立たずを助ける訳ねぇのに、最後まで馬鹿な奴らだったぜ」
『お前は、どこまでも無慈悲だな……。 味方じゃなかったらと思うと、ゾッとするぞ』
「くく、褒め言葉と思っておくぜ。 さて、取り敢えずGENESISクエストだな。 メンドクセェが、無視する訳には行かねぇ」
『当然だ。 メンバーは決まっているのか?』
「別に、俺とレーヴァテインとティルヴィング、あとは適当で良いだろ。 賞金も出ねぇんだから、無理して1位を狙う必要なんかねぇんだからな」
ガルフォードの口ぶりからわかるかもしれないが、彼は新たな七剣星の名前すら覚えていない。
あくまでも、レーヴァテインとティルヴィングの付属品――その程度にしか考えていなかった。
そんな彼を鷺沼は恐ろしく感じていたが、頼もしいのも事実。
ひとまずはそれで良いと考えた彼は、この場を辞すことにした。
『わかった、GENESISクエストに関しては任せる。 ラグナロクの強化は、もう少しで終わりそうだ』
「サッサとしてくれよ? どうにもフレンとアリエッタが、妙な動きをしてるみてぇだからな」
『妙な動きだと?』
「テメェが気にすることじゃねぇよ。 ほら、消えろ」
「ぐ……! わかった、また連絡する……」
手をヒラヒラとさせて、鷺沼を追い払ったガルフォード。
ぞんざいな扱いを受けた鷺沼は悔し気に呻きつつ、言われた通りに姿を消した。
それを確認したガルフォードは、背もたれに体を預け、暗い笑みを湛えて言い放つ。
「どいつもこいつも、使えねぇ。 こうなったら、俺が直々に出張るしかねぇか。 その前に、フレンとアリエッタを始末しねぇとな」
フレンたちの動きを察知していたガルフォードも、それに備えるべく自分の手下を集めていた。
使わずに済むならそれでも良かったが、彼の直感ではそう遠くない未来にやり合うことになる。
そのときに2人を脱落させ、クラウソラスとジュワユーズを手に入れようと画策していた。
エクスカリバーとフラガラッハは失敗したが、今度こそ『レジェンドソード』を手中に収め、SCOを真の意味で支配する。
そう企んだガルフォードは笑みを深め、燭台の火が怪しく照らしていた。