第21話 大樹の密談――MLOペンタゴン会議
MLOの本拠地は、森に囲まれた大きな都市だ。
ただし、一般的な都市とはかなり様相が違う。
巨大なキノコや果物などで形どられた家や、お菓子で出来た建物。
地面も似たようなもので、かなりカラフルな彩り。
妖精や精霊があちらこちらに飛んでいて、NPCとして会話することも可能。
中には使い魔として、契約出来る者もいる。
SCOが西洋風なのに対して、MLOはファンシーと言ったところだ。
補足するなら、CBOはその中間くらい。
そして、この都市の中心部にはシンボル的な大樹が聳え立っており、店や宿などの施設も入っている。
しかし、今の主な用途は別にあった。
大樹の中にある広い1室に、5人のプレイヤーが集まっている。
切り株で出来たテーブルを囲み、キノコの椅子に座っていた。
真剣な雰囲気ではあるが、深刻ではない。
しばし沈黙が続いた後に、頃合いを見計らって1人の青年が口を開く。
「じゃあ、次の話をしましょうか。 今のSCOに関して、皆さんの意見を聞かせて下さい」
柔和な笑みを浮かべて問い掛けたのは、ペンタゴンの筆頭である、空間の魔術師ダリア。
MLOのランキング圧倒的1位で、強さと人望を併せ持つ。
灰色の髪と優し気な薄紫の瞳。
左目に掛けられたモノクルが印象的。
身長は180㎝台半ばほどあるが、線は細く見えた。
灰色のローブを身に纏い、使い魔である単眼のコウモリを従えている。
そんな彼の問に真っ先に答えたのは、獄炎の魔女モエモエ。
「相変わらず、強いのは強いと思いますよ。 エクスカリバーとフラガラッハの使い手はいなくなりましたけど、レーヴァテインとティルヴィングは復活したみたいですし。 ただ、前に比べたら弱いかなって思ったりします」
おとがいに手を当てて、悩まし気な顔で言葉を紡いだモエモエ。
使い魔の小竜は、目の前のテーブルでスヤスヤと寝ていた。
彼女は炎系統に絞って開発している為、ランキング自体は低いものの、実力でペンタゴンに名を連ねている。
分析力はそれなりに高く、他のメンバーも概ね同意見。
「わたしも、モエモエと似たようなことを考えていたわ。 でも、簡単に落とせる相手ではないのは、間違いないわね」
モエモエの意見を受け入れつつ、それでもSCOは危険だと主張した少女。
氷狼の魔女、ネーヴェ。
冷静な表情で、紅茶を優雅に飲んでいる。
蒼銀のツインテールに透き通るような碧眼。
身長は140㎝台半ば程度しかなく、胸元は平坦だ。
青いドレスを身に纏い、銀のティアラが目を引く。
使い魔である白い狼が、忠犬のように背後に控えていた。
彼女もランキングには興味ないようで、さして上位に上がって来ることはない。
逆に言えば、モエモエと同様に実力で選ばれたと言うこと。
そしてそれは、残りの2人も似たようなものだ。
「俺も大体は同じ見解だ。 SCOは弱くなった。 だが、今も強い」
言葉少なく声を発したのは、腕を組んだ中肉中背の男性。
黒髪は目元が隠れるほど伸びているが、眼光は鋭かった。
黒い軽装を装備し、腰に黒いナイフを下げている。
ここまでだと黒染めのように思うかもしれないが、口元を隠しているのは白いマフラー。
彼の名前は、呪詛の魔術師ノイ。
使い魔である小さな悪魔が、肩に乗っている。
それ以上、口を開く様子のないノイに苦笑したダリアは、最後の1人にも声を掛けた。
「エリスさんは? どう考えてますか?」
「えっと……わたしも、特に変わった意見はないです。 前ほどの勢いはないですけど、やっぱり強いかなと……」
少し自信なさそうに答えたのは、伏し目がちに座った女性。
奇跡の魔女エリス。
身長は平均的だが、長く美しい金髪と輝く金眼が特徴。
胸元は豊かで、純白なドレスを着こなし、頭には神秘的なヴェール。
使い魔である小さな天使が、心配するかのように周囲を飛んでいる。
4人から話を聞いたダリアはニコリと笑い、満足そうに頷いてから口を開いた。
「皆さん、同じ考えで安心しました。 これで、足並みを揃えることが出来そうですね」
「でもダリアさん、足並みを揃えると言っても、SCOに攻め込む訳じゃないんですよね? 流石に、それは危険だと思いますし……」
「モエモエの言う通りだ。 ダリア、何を考えている?」
困ったように眉を落とすモエモエと、厳しい眼差しを送るノイ。
対するダリアは苦笑しつつ、体の前で両手を振って言葉を連ねる。
「いえいえ、今すぐ何かするつもりはないですよ。 ただ、先のことを考えておく必要はあると思いまして」
「だから、その先のことと言うのを教えてもらえないかしら? それとも、まだ考え中なのかしら?」
「そうですね、ネーヴェさん。 でもまぁ、ちょっとした案ならありますよ」
「そ、それって、どんな案ですか……?」
相変わらず紅茶を飲みながら、横目で尋ねるネーヴェ。
一方のエリスは心配そうにしており、固唾を飲んでダリアの言葉を待っている。
それらを受けた彼は、モノクルの位置を手で調整しながら言い放った。
「条件付きで、SCOへの侵攻を提案します」
「な!? 話が違うじゃないですか! SCOに手を出すのは、危険ですよ!」
「落ち着いて下さい、モエモエさん。 あくまでも、条件付きですから」
「……その条件とは何だ?」
「そう怖い顔をしないで下さい、ノイさん。 条件は1つ、ガルフォードさんが脱落することです。 ロランさんとイヴさんが脱落した今、SCOは彼がいなければ成り立たないでしょう。 フレンさんとアリエッタさんも頑張ってますが、彼らと新しい七剣星だけならなんとかなります」
「で、ですが、ガルフォードさんが脱落するなんて、あり得るんでしょうか……?」
「わたしも、疑問ね。 彼の脱落は望み薄だと思うのだけれど」
「エリスさんとネーヴェさんの言うことも、もっともです。 それほどガルフォードさんは、ゲームプレイヤーとして突出していますから。 ですが……」
言葉を切ったダリアが、全員に見える位置にウィンドウを表示させた。
そこに映っていたのは――
「彼なら、ガルフォードさんに勝てるかもしれません」
CBO最強プレイヤー、雪夜。
爽やかな笑顔で告げられたダリアの言葉に、モエモエたちは反論出来なかった。
それほど、ペンタゴン――いや、MLO内でも雪夜の強さは恐れられている。
仲間たちが沈黙したことにダリアは苦笑し、ウィンドウを消して再度声を発した。
「まぁ、可能性の話です。 雪夜さんがガルフォードさんに勝てるかはわかりませんし、そもそも戦うのか定かじゃないです。 ですが、もしものときは動いてもいいんじゃないでしょうか」
「……ある程度は納得したわ。 けれど、フレンたちだけでも、簡単には落とせないわよ? だからと言って全員が出払ったら、BKOやTHOの標的にされるでしょうし」
「その辺りは考えてます、ネーヴェさん。 どちらにせよ、ガルフォードさんが脱落してからの話ですよ。 今はまだ、モエモエさんを筆頭に、他のタイトルを攻めて行きましょう」
「それなんですけど……やっぱり、あたしが行かないと駄目ですか? 正直、他のタイトルを落とすのって、気が進まないんですけど……」
困ったように、控えめながら拒否の意を示すモエモエ。
だが、ダリアは悲しそうな顔で首を横に振り、諭すように言葉を連ねる。
「以前にも言いましたが、これはMLO……つまりは、貴女の友だちを守る為なんです。 なるべくこちらの力を隠し、その上で相手にプレッシャーを与え、確実に勝利する。 それを成し遂げられるのは、モエモエさんだけなんです。 辛いかもしれませんが、耐えて下さい」
「……わかりました」
友だちの為と言われたモエモエは、沈痛な面持ちで承諾する。
そんな彼女をネーヴェは見つめ、エリスはオロオロしていた。
ノイだけは、ダリアを注視している。
こうしてペンタゴンの作戦会議は幕を閉じ、静かに、密かに、動き始めるのだった。