第20話 砂浜の決闘
他のタイトルがCBOに侵攻した際、最初に飛ばされる安全エリアは、草原の先に広がる海辺だ。
この辺りには目立ったダンジョンもなければ、素材も落ちていない。
要するに、基本的には人が寄り付かない場所。
これはCBOだけではなく、他のタイトルもそう言った場所に設定されている。
待ち合わせ時間の少し前に到着した雪夜は、水平線を眺めていた。
明るい朝日が昇って来ており、非常に綺麗な景色が広がっている。
海開きはまだ先だが、タイミングが合えば朱里と行くのも良いかもしれないと、ボンヤリ考えていた。
だからとは言わないが、そこに彼女が現れる。
砂浜に足跡を残しながら、ゆっくりと雪夜に近付く少女。
振り向いた彼は、その姿を見てポツリと声をこぼした。
「第五星、アリエッタか……」
「うん。 初めまして、雪夜くん」
真剣な顔付きのアリエッタは、敢えて初めましてと言う言葉を選んだ。
その意味を悟った雪夜も、表情を引き締めて言い放つ。
「初めまして。 早速始めるか?」
「そうだね。 話してたら、ボロが出そうだし」
その発言自体がボロではないかと雪夜は思ったが、指摘することはない。
鞘に手を掛け、いつでも抜刀出来るように備える。
対するアリエッタは、緑の盾と輝く片手剣を構えた。
あれが、彼女の『レジェンドソード』。
その能力を、雪夜は知っている。
封じようと思えば手はあったが、彼は敢えて全力の彼女を迎え撃つことにした。
その心意気をアリエッタは感じ取り、だからこそ本気で挑む。
「行くよ、雪夜くん!」
大声で宣言し、力強く足を踏み出した。
砂を巻き上げるほどの勢いで、尋常ではない速度。
雪夜ですらも反応が僅かに遅れ、そこにアリエッタは容赦なく斬り込む。
移動速度同様、途轍もない速さで振り下ろされた片手剣が、雪夜を袈裟斬りにしようとした。
間一髪でバックステップを踏んだ彼だが、体を斜めに薄く裂かれる。
傷を見る限りは軽かったにもかかわらず、HPゲージはそれなりに減った。
そのことに微かに表情を硬くしながら、雪夜は反撃の一手を繰り出す。
下がったことで溜めを作り、反動で踏み込みを敢行した。
同時に【閃裂】を発動し、お返しとばかりに逆袈裟に斬り上げる。
アルドやカインなら、間違いなく被弾していただろうが――
「甘いよ!」
アリエッタの速度が上回った。
超速で盾を操った彼女は、【閃裂】をガードする。
ジャストガードではないので、ダメージ自体は通っていたが、それは微々たるもの。
構わず片手剣を引き絞り、剣先が最短距離を走った。
強烈な刺突が雪夜の胸元に迫り、彼を串刺しにせんとする。
しかし、今度は回避が間に合い、ダメージを免れた雪夜。
ただし、反撃する余力はなく、仕切り直すように距離を取った。
そこで一息ついたアリエッタに、雪夜は感心したような言葉を掛ける。
「見事だ。 ジュワユーズの力に振り回されず、きちんと制御出来ている」
「当然だよ。 どんなに強い武器を持ってたって、使用者が未熟じゃ駄目なんだから」
「その言葉、アルドやカイン、今の七剣星に聞かせてやりたいな」
「あはは、まぁね。 でも、あたしはあたし、あの人たちはあの人たちだから」
「だが、タイトルが生き残る為には、そう言った連中の底上げも大事だぞ。 お前が生き残ることがあれば、アドバイスしてやれ」
「敵の心配なんて、随分余裕なんだね。 今のところ、こっちが押してると思うんだけど? この時間帯のあたしに勝てる人は、そういないんだからね?」
そう言って勝気な笑みを湛えるアリエッタ。
『【陽剣】ジュワユーズ』。
その力は、太陽が出ている時間帯、全ステータスが50%上昇する――と言うのが、少し前。
鷺沼によって強化が施された今、ステータスの上昇値は75%になっている。
時間帯に制限がある反面で、破格の恩恵を受けられるのだ。
ただし、上昇した速度などを扱い切れず、自滅する恐れも併せ持っている。
ある意味でプレイヤーの力量が試されるが、雪夜の言ったように、アリエッタは完全に自分のものとしていた。
はっきり言って、まともにやり合えば、雪夜でも苦戦は必至。
それでも、彼が動揺することはなかった。
「確かにジュワユーズのステータス上昇は凄まじいが、対策がない訳じゃない」
「へぇー? だったら、それを見せてもらおうかな」
「言われるまでもない」
再び構えを取る雪夜。
そんな彼を注意深く観察しつつ、アリエッタは攻め気を失っていない。
上昇したステータスにものを言わせ、全速力で接近する。
だが、雪夜は微動だにせず、体勢を維持した。
彼の狙いがわからないアリエッタだが、気にせずジュワユーズを振り下ろし――
「はッ……!」
刃が煌めく。
ここしかないと言うタイミングで、真一文字に振り抜かれた『無命』が、彼女の胴に吸い込まれる。
あらんばかりに目を見開いたアリエッタは歯を食い縛り、急ブレーキを掛けて後方に飛び退いた。
ところが、ジュワユーズの力をもってしても回避し切れず、剣先が彼女の体に斬線を引く。
痛みはないが反射的に胴を押さえたアリエッタは、悔しそうに顔を振り上げて雪夜を見据えた。
対する雪夜は無言で納刀し、再び構えを取る。
そのときになってアリエッタは、彼の考えを察した。
「……あたしのスピードとパワーを利用して、カウンターしようってことかな?」
「分析力も申し分ないな。 その通りだ。 ジュワユーズの速度は厄介だが、裏を返せば攻撃の変更が利き辛い。 あとは、カウンターのタイミングを間違わなければ良いだけだ」
「だけって……。 それが出来るのは、セツ兄……じゃなくて、雪夜くんだけじゃないかなー。 他の七剣星にだって、こんな完璧に返されたことないもん」
「前に言っただろう。 俺は何でも出来る訳じゃないが、ゲームはそれなりだと」
「あれー? あたしたち、初対面じゃなかったっけ?」
「……そうだったな」
「あはは! ……もう、良いんじゃないかな。 やっぱり、セツ兄はセツ兄だよ。 別人には思えない」
「アリエッタ……」
「ここには誰もいないし、本名で呼んで欲しいな」
「……わかった、朱里。 だが、決着を付ける必要があるのは、変わらない」
「うん、わかってる。 あたしだって、覚悟は出来てるよ」
「それなら良い。 さぁ、掛かって来い。 お前の全てを受け止めてやる」
「……有難う、セツ兄。 全部出し切るから!」
宣言したアリエッタ――いや、朱里は、またしても全力で足を踏み出した。
一方の雪夜はカウンターの準備をして、タイミングを計る。
いくら彼が常軌を逸した使い手とは言え、彼女の攻撃を返すのは容易くない。
極限の集中力を発揮した雪夜は、一瞬のせめぎ合いを制し、2度目のカウンターを決めた――かに思われた。
「……ッ!」
「やぁッ!」
寸前に減速した朱里の眼前を、雪夜が振り下ろした『無命』が通過する。
そして間髪入れずに、彼女はジュワユーズで逆袈裟に斬り上げた。
カウンターにカウンターを合わされた雪夜の体が、斜めに斬り裂かれる。
僅かに後退したお陰で致命傷にはならなかったが、HPゲージが5割を切った。
更に朱里は止まることなく、スピードに緩急をつけて雪夜を攻め立てる。
踏み込みの速度も、斬撃の速度も、一定ではない。
雪夜は彼女が何をしているか把握していたが、驚きを禁じ得なかった。
その思いを込めて、必死に攻撃を捌きながら称賛する。
「まさか、そこまで応用出来るとはな」
「伊達にSCOの主力を任されてないよ!」
「侮っていたつもりはないが、想像以上だ」
「ごめんね、セツ兄! でも、勝たせてもらうから!」
朱里の斬撃を避け、『無命』で弾き返す雪夜。
だが、そこに余裕はなく、防戦一方になっていた。
彼の言う、ジュワユーズの応用。
それは、能力のオンオフを頻繁に切り替えること。
オフのときが緩急の緩、オンのときが急。
そうして速度を変化させることで、朱里は雪夜のカウンターを封じていた。
ただでさえシビアなタイミングが狂わされたことで、難易度が跳ね上がっている。
それでも雪夜が諦めることはなく、冷静に朱里の動きを窺っていた。
対する朱里は自身の有利を確信しながら、慎重に連携を繰り返して行く。
攻撃に偏ることなく、フェイントも交えて、着実に雪夜を追い詰めて行った。
斬り下ろし、斬り上げ、水平斬り、刺突、攻撃のバリエーションも豊富。
雪夜に反撃させることなく、一方的な戦い。
そう見えたが――
「く……!」
当たらない。
どれだけ揺さぶっても、雪夜の守りを突破することが出来なかった。
押しているのは間違いない。
しかし、押し切ることが出来なかった。
そして、それによって彼女に焦りが生まれる。
ジュワユーズが力を発揮出来るのは、太陽が出ている時間帯。
つまり、長期戦になって日が暮れれば、この有利は簡単に覆ると言うことだ。
付け加えるなら、ゲーム内の時間の流れは、現実より圧倒的に早い。
決闘開始時は朝だったのが、今では正午を過ぎている。
このままでは、タイムリミットだ。
優勢のはずの朱里の表情が歪み、なんとかしようと懸命にジュワユーズを振るう。
ところが、焦れば焦るほど攻撃が単調になり、雪夜からすれば助かる展開だ。
そうして、朱里が大振りになったのを見逃さず、彼は強く押し返す。
体勢を崩された朱里は万事休すに思い、涙を浮かべていたが、次いでやって来たのは予想だにしない言葉。
「落ち着け」
「え……?」
「強引になったところで、事態は好転しない。 本気で生き残りたいなら、常に冷静であることを心掛けろ」
「そ、そんなこと言われても……」
「大丈夫だ、朱里なら出来る。 一旦、深呼吸しろ」
「う、うん……」
雪夜の意図を理解出来ないまま、言われた通りに深呼吸する朱里。
何度か繰り返すうちに平静を取り戻し、最後に大きく息を吐く。
その間、雪夜は手を出すことなく、黙って見守っていた。
意図が理解出来ない朱里は戸惑っていたが、彼は構わず告げる。
「来い」
「えっと……あたしたち、敵同士なんだよね?」
「そうに決まっているだろう」
「決まってるのかな……?」
「良いから来い。 時間がないぞ?」
「なんか、納得出来ないけど……遠慮しないからね!」
「当然だ」
笑顔に戻った朱里が、怒涛の勢いで斬り掛かった。
焦る気持ち自体は、今も残っている。
だが、それを上手くコントロールして受け入れ、動きには影響を出さない。
精彩を欠いていた彼女が、本来の実力を見せ付け、再び雪夜を窮地に立たせた。
決定打は許さないが、たまにジュワユーズが彼の体を掠める。
そのことに勇気付けられた朱里は、頭をフル回転させ、雪夜の牙城を崩す方法を探し続けた。
それでも彼はギリギリで突破させず、いよいよ夕暮れ時がやって来る。
朱里の内心は焦りでいっぱいだったが、必死にその気持ちを押し殺して、最後まで自分に出来る最高のパフォーマンスを見せようと決めた。
すると、そのとき――
「……! ここッ!」
朱里の斬り上げが『無命』を弾き、雪夜の体が後方に仰け反った。
最大のチャンスを得た朱里は、ジュワユーズを引き絞り、思い切り突き出す。
このときの彼女は勝つことだけに集中しており、相手が雪夜だと言うことも忘れていた。
紛うことなく本気の一撃が彼を襲い、間違いなく戦闘不能に陥るかに思われたが――
「え!?」
突如として加速した彼が転身し、朱里の刺突を回避しながらすれ違う。
目の前から標的がいなくなったことに、慌てながら朱里は振り向き――目の前に剣先を突き付けられた。
あらんばかりに目を見開いた彼女の視線の先には、無表情の雪夜が立っている。
しばし朱里は呆然としていたが、苦笑を漏らして言葉を連ねた。
「あたしの負けだね……」
「あぁ、俺の勝ちだ」
2人が声を発したのと同じくして、太陽が沈む。
ジュワユーズの力が失われ、完全に朱里が勝つ可能性が断たれた。
その場に静寂が満ち、互いに何も言わなかったが、先に口を開いたのは朱里。
「有難う、セツ兄。 お陰で、後悔しない戦いが出来たよ。 あのままだったら、同じ負けでも悔いが残ったと思う」
「そうか」
「うん。 ……いつでも良いよ。 また、向こうで会おうね」
目に涙を浮かべつつ、朱里は清々しい笑みを見せた。
それを受けた雪夜は、無言で『無命』を振り上げて――納刀。
驚いた朱里はキョトンとしていたが、彼は視線を逸らしながらポツリと言い放つ。
「ここまでにしよう」
「へ?」
「アリエッタならともかく、俺に朱里を落とすことは出来ない」
「え、いや、それは勢いで言っちゃっただけで、あたしはアリエッタだから……」
「無理だ。 朱里と認識した時点で、俺にその気はなくなった」
「……じゃあ、どうすれば良いの?」
「取り敢えず、今日は帰れ。 今後のことは、改めて相談しよう」
「先延ばしにするのは良くないって言ったの、セツ兄なんだけど……?」
「俺だって、たまには前言撤回したいときもある」
「そうかもしれないけど……」
見逃されると知って、朱里は喜ぶより先に困惑した。
朱里の様子に苦笑した雪夜は、彼女の頭を撫でながら言い聞かせる。
「すまないな、わがままを言って。 だが、今回は聞いてくれ」
「……うん、わかった」
「良い子だ」
「むー。 子ども扱いしないでよー」
「そんなつもりはない。 それにしても、強かった。 本当に驚いたぞ」
「それなんだけど……セツ兄、手を抜いてたでしょ?」
「どうしてそう思う?」
「どうしても何も、わざわざ助言してくれたし。 本当は、勝とうと思えばいつでも勝てたんじゃない?」
「いつでもは言い過ぎだな。 ただ、反撃出来たことは否定しない」
「やっぱりねー。 でも、どうやってたの? 自分で言うのも何だけど、結構上手く攻めてたと思うんだけどなー。 全部防がれちゃって、自信失くすよ」
雪夜に撫でられたまま、頬を膨らませる朱里。
そんな彼女に雪夜はますます苦笑し、仕方なく種明かしすることにした。
「確かに朱里の攻撃は見事だった。 ただ、精確過ぎたな」
「精確……過ぎた?」
「そうだ。 朱里は常に最適解を選び続けた。 だからこそ、次にどこを攻めて来るか、読み易かったんだ。 どれだけ速度差があろうと、攻めて来る場所さえわかれば、防ぐ手段はある」
「なるほど……」
「それから、ジュワユーズの能力を切り替えて速度差を付けるのは面白い発想だが、欠点がある」
「欠点? それって何なの?」
「速度差の緩急がグラデーションじゃなく、速いか遅いかの2通りしかないことだ。 朱里も剣道をやっているからわかると思うが、本当に緩急を使いこなす人は、微妙な速度差も使っている。 1か2の2択では、完璧とは言えない」
「言われてみれば、そうだね……」
「とは言え、その戦法そのものは有効だ。 今後も使えば良いと思う。 ただ、欠点があることも知っておいて欲しい」
「うん、わかった! ……って、そんなことまで教えて良かったの!? 何度でも言うけど、あたしたち敵同士なんだよ!?」
「聞いて来たのは、朱里だろう」
「そうだけど! 正直に答えなくても良かったのに!」
「だったら、最初から聞かないでくれ。 それより、そろそろ時間だ」
「うー……わかったよ。 いろいろ有難う、セツ兄。 このお礼は、何かでさせてもらうから」
「気にしなくて良い。 ただ、1つ謝っておくことがある」
「え? 何?」
雪夜の謝罪宣言に、朱里は目を丸くした。
しかし彼は頓着することなく、頭を撫でていた手を下ろし――
「ガルフォードは落とす。 SCOにとって痛手になるだろうが、それだけは譲れない」
冷然とした眼差しで告げる。
恐怖を感じた朱里は背筋が寒くなる思いだが、それと同時に熱い闘志が湧いて来た。
「ごめん、セツ兄。 それは無理かも」
「無理……?」
「うん。 だって、あたしたちが先に落としちゃうから」
「……反旗を翻すつもりか?」
「内緒だよ?」
「言う訳ないが……勝算はあるのか?」
「どうだろうねー。 でも、全くないとは思わないよ」
「……わかった。 俺に出来ることがあれば、言ってくれ」
「あはは、有難う。 でも、これはSCOの問題だから。 それに、セツ兄に手を出そうとしたこと、あたし許してないからね」
「朱里……」
「だいじょーぶ! 1人じゃないし、ちゃんと作戦は考えるから!」
「そうか……。 くれぐれも、無理はするなよ?」
「勿論だよ! セツ兄にもらった命、簡単にはあげないんだから!」
「その言い方は大袈裟だが……頑張れ」
「はーい! 頑張りまーす! じゃあね、セツ兄! また明日!」
そう言い残して、朱里はSCOに帰って行った。
消える直前まで笑顔で手を振り続けており、雪夜は苦笑で見送る。
そうして残された雪夜は、夜が訪れた海辺に佇んでいたが、そこに歩み寄る人物がいた。
少し前にそれを存在を認識していた彼は、何とも言い難い顔で振り向く。
そこに立っていたのは――
「お疲れ様でした、雪夜さん」
泣き笑いのような表情を浮かべた、ケーキ。
彼女の気持ちが判然とせず、雪夜が黙っていると、彼女は更に近付いて来た。
そして、すぐ目の前に立って彼の右手を取る。
胸の高さに持って行き、両手で大事そうに包み込んだ。
尚も雪夜は何も言えず、そんな彼を真っ直ぐに見つめて、ケーキは心底安堵したように声を発する。
「無事で良かったです」
「ケーキ……」
「Aliceさん、大変だったんですよ? きっと今も、あちこち探し回っています」
「……キミは、どうしてここに?」
「わたしには、雪夜さんの考えていることがわかるので」
「それは少し怖いが……」
「ふふ、冗談です。 ですが……今日の雪夜さんは、少し様子がおかしかったので、何かあるかもしれないとは思いました」
「それにしても、良くここがわかったな」
「あらゆる可能性を考えた結果、ここが最も可能性が高かったです」
「……凄いな」
雪夜としては、そう言うしかない。
今もケーキは手を握っており、それを振り解くことも出来なかった。
しかし――
「ケーキ……?」
辛うじて笑みを浮かべていたケーキが取り繕えなくなり、滂沱の涙を流す。
突然泣き出した少女を前に、雪夜は唖然とした声を発した。
そのままケーキは無言で泣き続けていたが、ポツポツと心情を吐露し始める。
「怖かったです……」
「……何がだ?」
「雪夜さんが、帰って来ないかもしれないことがです……」
「……悪かった」
「はい、反省して下さい。 もう2度と、わたしを……わたしたちを置いて行かないと」
「絶対とは言えないが……善処する」
「約束はしてくれないのですね……」
「今後も、何があるかわからないからな」
「そうですか……」
悲しそうに俯いたケーキが、雪夜の手を離す。
彼としても申し訳ない想いはあったものの、何があるかわからないのは間違いない。
それゆえに確約は出来ないと思った訳だが、ケーキもそれで済ますことは出来なかった。
「でしたら、何があっても帰って来ると約束して下さい。 そうしてもらえるなら、我慢します」
「……わかった」
「有難うございます。 それと、もう1つお願いがあります」
「お願い? 何だ?」
不思議そうに問い掛けた雪夜。
そんな彼に、泣きながら微笑を漏らしたケーキは――
「……!」
「少しだけ、このままでいさせて下さい」
抱き着いた。
存在を確かめるように背中に手を回し、強く抱き締める。
VRではあるが、美少女の確かな感触と温もりが伝わり、雪夜は硬直した。
だが、ケーキが容赦することはなく、子どものように胸元に頬擦りしている。
自分に非があると自覚している雪夜は、彼女が満足するまで立ち尽くすのだった。
また、町に帰ってからAliceに説教されるのだが、このときの彼が知る術はない。