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第16話 獄炎の魔女モエモエ

 夕食を食べてしばし休憩した雪夜は、19時前に再度ログインした。

 Aliceとの時間は楽しかったが、このときには意識を切り替えており、完全に戦闘モード。

 ゲーム内時間は昼頃で、天気は良い。

 爽やかな空気が満ちているが、彼に殺到する視線は剣呑なもの。

 相変わらず雪夜は他のプレイヤーから嫌われており、風当たりは厳しいままだ。

 しかし、彼が気にすることはない。

 以前は半ば無理やり自分に言い聞かせていたが、近頃は本当に気にならなくなっている。

 何故なら――


「雪夜くん、こっちこっち! さっきぶりだね!」

「雪夜さん、こんばんは。 お会いしたかったです」

「よう、雪夜! 今日も張り切って行こうぜ!」


 雪夜には、仲間が出来た。

 クリスタルの近くで手をブンブン振って、見るからに機嫌の良いAlice。

 モジモジしつつ、はにかんだ笑みを見せるケーキ。

 腕を組んで、快活に笑っているゼロ。

 厳密に言うと以前から付き合いはあったが、彼が真の意味で受け入れたのは、つい最近。

 だからと言って劇的な態度の変化はないものの、本質的には確かな違いが生まれている。

 内心で苦笑した雪夜は歩み寄り、表面上は澄まし顔で返答した。


「皆、今日も頑張ろう」

「おうよ! どこが来ても、ぶっ飛ばしてやるぜ!」

「やけにテンションが高いな、ゼロ。 何かあったのか?」

「まぁな! ケーキちゃんと2人でダンジョンに行って、仲良くなれたんだよ!」

「なっていません」

「照れるなって、ケーキちゃん! あんなに激しく戦った仲じゃねぇか!」

「わたしは冷静でした」

「けどよ、動きは激しかったぜ?」

「そのようなことは……ありません」


 頬を朱に染めて、プイっとそっぽを向くケーキ。

 そんな彼女をゼロは楽しそうに見つめ、雪夜は納得したように呟いた。


「本当に仲良くなったんだな」

「え!? ち、違うのです! わ、わたしは、そのようなつもりはなく……」

「落ち着け、ケーキ。 仲良くなるのは、悪いことじゃない。 連携の質を高めることも出来るからな」

「あ……。 そ、そうですね……」


 過剰に取り乱していたと自覚したケーキは、途端に大人しくなった。

 その様子を見ていたゼロは笑いを堪えており、ケーキは睨み返している。

 2人の仲が良いかどうかは微妙なところだが、彼女が無関心だった頃より進歩したのは間違いない。

 密かに雪夜がそのように感じていると、にこやかなAliceが口を開いた。


「うんうん! 仲が良いのは良いことだよね~。 雪夜くんも、前より付き合いが良くなってるし!」

「確かにな~。 パーティを組むのも、全然抵抗なさそうだしよ」


 などと言いながら、雪夜にパーティ申請を送るゼロ。

 彼が承認すると、既に3人は組んでいたらしく、4人パーティになった。


「わたしとしては嬉しい限りですが……雪夜さん、何かあったのですか?」


 純粋に喜んでいるAliceとゼロに比して、ケーキは僅かに不安を残している。

 そのことを察した雪夜は、気まずそうに視線を逸らし、咳払いしてから語った。


「ちょっとした、心境の変化があっただけだ。 大袈裟なことじゃない」

「そうですか……。 ですが、本当に嬉しいです。 雪夜さんと、このように一緒にいられて、わたしは幸せです」


 言葉通り、幸せそうに微笑んだケーキを、雪夜は直視出来ない。

 彼は仲間として彼女たちを受け入れたのであって、恋愛感情云々に関しては、全く別の話だ。

 それゆえに、ケーキとどう関わるかは、今後も雪夜にとって悩みの種となる。

 しかし彼女は、それでも喜びを隠し切れず――いや、隠そうとせず、素直に表現していた。

 そこには、ゼロによるアドバイス(?)も影響しているのだが、ケーキは断固として認めないだろう。

 微笑ましい2人を前に、ゼロは眩しいものを見るように目を細めていたが、もう1人の少女はそれで済ませられない。

 頬を膨らませたAliceが、わざとらしく話を変えた。


「ほら、皆! そろそろ時間だよ! 気を抜かないでね!」

「そうだな。 何もないに越したことはないが、集中しよう」

「……はい、雪夜さん」

「任せろよ!」


 Aliceの言葉に、雪夜は素直に賛同した。

 対するケーキは邪魔されたように感じて、不服ながらも思考を切り替える。

 3人を取り巻く恋愛模様を興味深く思いつつ、ゼロもしっかり戦闘態勢を取った。

 雪夜が軽く確認したところ、他のプレイヤーも準備万端らしい。

 皆、生存戦争に慣れて来ていることが窺える。

 そうして19時を回ったが、今日も攻めて来る様子はなかった。

 傾向として、本気で侵攻する場合は開始直後が多いので、この時点でCBOに弛緩した空気が流れている。

 雪夜は油断していないものの、多少の精神的なゆとりは出来ていた。

 そこで彼はアプリを立ち上げて、侵攻配信の一覧を眺める。

 その中で興味を引かれたのは、2つの配信。

 1つは、新たな七剣星が生まれたSCO。

 レーヴァテインとティルヴィングの使い手が現れたらしく、まるで周囲に力を誇示するかのように、情報が流れていた。

 雪夜の知る限り、そう簡単に『レジェンドソード』が手に入ることはないので、ここには何らかの裏を感じている。

 もっとも、証拠がない以上は憶測に過ぎない。

 また、この2人に関してはアルドとカイン以上に、『レジェンドソード』に依存した戦い方をしていた。

 だからこそ、雪夜は大した脅威を感じておらず、あまり意識する必要はないと考えている。

 むしろ、問題は――


「この人、最近張り切ってるよね~」

「だな、Aliceちゃん。 MLOの主力なんだろ? 可愛いし」

「ゼロさん……敵に欲情しないで下さい」

「ケ、ケーキちゃん!? 欲情なんて、人聞き悪いこと言うなよ!」


 ケーキに冷たい眼差しを向けられたゼロが、涙目で悲鳴を上げる。

 中々愉快なやり取りではあるが、雪夜の意識はそこになかった。

 彼が注視しているのは、仲間たちも観ていた配信。

 場所は荒野のようなエリアで、MLOが他のタイトルに侵攻している。

 その中でも特に目立っているのは、3人が話題にしていた美少女。

 身長は女性にしては高く、170cmほどありそうだ。

 燃えるような赤髪をポニーテールに纏めており、強気な紅眼が印象に残る。

 胸元はそれなりだがスタイルが良く、非常に魅力的な外見。

 赤いブラウスに黒のマント、赤と黒のチェックのスカート。

 片手に赤い魔導書を携え、尋常ではない勢いで魔法を放ち続けていた。

 傍には使い魔らしき小竜が飛んでおり、口から炎を吐いている。

 プレイヤー名、モエモエ。

 MLOは多種多様な魔法を開発出来るが、彼女が使っているのは炎系統のみ。

 ただし、バリエーションはかなり多彩である。

 速度と射程を重視した、炎の矢。

 圧倒的な手数を誇る、火球の弾幕。

 凄まじい威力が見て取れる、大爆発。

 炎系統だけに絞っているにもかかわらず、かなり柔軟な戦いを繰り広げていた。

 そのことに雪夜は感心していたが、モエモエの真骨頂は別にある。

 敗北が決定的となり、せめて一太刀とでも考えたのか、攻め込まれていたタイトルのプレイヤーたちが、一斉に彼女に襲い掛かった。

 膨大な数のプレイヤーが迫って来るのは恐ろしいはずだが、モエモエは真剣な面持ちで、微塵も退く気配はない。

 プレイヤーの波に向けた右手に、目視出来るほど強大な力が集まっていた。

 そして次の瞬間――爆炎。

 放たれた地獄の業火が、数え切れないプレイヤーたちを、灰も残さず消し去る。

 決着を見届けた雪夜は1つ嘆息し、配信を切った。

 そして、ブツブツと呟き始める。


「獄炎の魔女、モエモエの古代魔法【インフェルノ】……。 何度見ても、凄まじい範囲と威力だな。 発動までに多少の時間が掛かる以外、弱点らしい弱点が見当たらない」

「だよね~。 あたしも魔法職だけど、流石は魔法に特化したゲームって感じ」

「確かにな。 Aliceちゃんでも、正面からぶつかったらヤバそうだぜ」

「ゼロさん、それはたぶんあたしだけじゃなくて、他のゲームの魔法職もそうだよ。 正直、やり合いたくないな~」

「レーヴァテインに似た能力に見えますが、威力も範囲も【インフェルノ】の方が上ですね」

「そうだな、ケーキ。 だが、アルドと今の七剣星は、レーヴァテインの使い方を間違っている」

「ん? そうなのか?」

「間違っていると言うと、語弊があるか。 だが、上手く使えているとは言えない。 そもそも、SCOは剣術で戦うのが基本だ。 それに加えて、広範囲遠距離攻撃も出来るのが、レーヴァテインの強み。 それだけに頼っていては、本来の強さが発揮出来ないだろう」

「なるほどね~。 確かにあたしが楽に勝てたのは、アルドが馬鹿みたいに炎を連打してたからだし。 最初から接近戦で来られてたら、危なかったかも?」

「いや、Aliceの場合はそうとも言い切れないが」

「え? なんで?」

「キミが強いからだ。 キミならたとえ接近戦を挑まれようが、アルドに負けることはなかった」

「そ、そうかな? 雪夜くんがそう言うなら、そうなんだろうな~」


 だらしなく頬を緩ませて、体をくねらせるAlice。

 そんな彼女をケーキは冷ややかに見つめ、ゼロは必死に笑いを堪えていた。

 ここで、MLOの基本情報を紹介しておこう。

 正式名称は、【マジック・ランド・オンライン】。

 妖精や精霊が当たり前に存在する世界観。

 用意されていた魔法だけではなく、自分で開発出来る楽しみが魅力。

 攻撃魔法、回復魔法、補助魔法、召喚魔法、時空魔法など、多種多様。

 育成した使い魔での、PVPも人気。

 装備の入手難易度はCBOほど高くなく、他の4大タイトルと同程度。

 ただし、古代魔法と呼ばれる特殊な魔法の開発に成功しているのは、モエモエを含めてたったの5人。

 この5人は、ペンタゴンと呼ばれている。

 MLOの主力を担い、SCOの七剣星に並ぶ存在だ。

 大会のようなイベントはないが、魔法の開発や使い魔の育成具合によってランキングが決まり、上位には報酬が与えられる。

 金額はSCOほど高くないものの、目当てにしているプレイヤーは多い。

 とにもかくにも人気ゲームであり、多くの七剣星が脱落した今、最も勢いのあるタイトルとなった。

 MLOともいずれ戦う未来を想像した雪夜が、内心で気を引き締めていると、ケーキが少し得意そうに声を発する。


「ところで雪夜さん、『プリンセス・ドレス』と『プリンセス・ミラー』の強化値が2になりました」

「そうか、早かったな。 これで2つの特殊能力を得たから、更に強くなった訳だ」

「はい。 『プリンセス・ドレス』が『防御力30%上昇』で、『プリンセス・ミラー』が『最大HP30%上昇』です」

「うわ! カッチカチだね~。 でも、ケーキちゃんはほとんどダメージを受けないから、次の特殊能力に期待かも?」

「確かにそうですが、生存戦争において耐久力が上がるのは、決して悪いことではありません。 脱落の危険性は、少しでも低い方が良いです」

「まぁね~。 そう言う意味では、雪夜くんが心配だよ」

「ホントだぜ。 雪夜、マジでHP管理はちゃんとしろよ?」


 ケーキを含めて3人から目を向けられた雪夜は、胸中で苦笑した。

 嬉しく思わないと言えば嘘になるが、彼は敢えて平然と言い放つ。


「言われるまでもない。 それより、そろそろ時間だ」

「お、もう22時か。 いやぁ、なんとか今日も生き残れたな」

「良かった、良かった! 皆、お疲れ様~!」

「それを言うのは早いぞ、Alice」

「雪夜くん? どう言うこと?」

「今日はまだ、GENESISクエストの情報が出ていない。 だが、恐らく……」


 そこで言葉を切った雪夜が、空を見上げる。

 つられた3人が視線を追うと――


『アンリミテッドクエスト。 制限時間内に倒したモンスターによって、スコアが変動する』


 ウィンドウが出現し、機械音声が一方的に告げてから、すぐに消えた。

 近辺のプレイヤーたちは騒めく――ことなく、きちんと受け止めて、それぞれ作戦会議を始めている。

 随分と逞しくなったと思いながら、雪夜は小さく息を吐き、自身の仲間たちに呼び掛けた。


「皆にまだ時間があるなら、少し話し合いがしたい。 現時点でも、それなりの情報が出揃ったからな」

「良いよ! ……って言いたいところなんだけど、明日はお仕事……じゃなくて、用事があるんだよね~。 だから、向こうで寝る準備しながらでも良い?」

「俺も、帰ってすることがあるな。 出来ればチャットで話せると、助かるんだが」

「そうか……。 ケーキはどうだ?」

「わたしは問題ありません」

「なら、チャットで軽く話そう。 詳しいことは、後日でも構わない」

「オッケー! じゃあ、一旦落ちるね! 準備出来たら、連絡するから!」

「俺も、ひとまず帰るわ。 またあとでな!」


 そう言い残して、Aliceとゼロはログアウトした。

 2人を見送った雪夜は、ケーキに目を移して問い掛ける。


「2人を待っている間、軽く装備の経験値を稼ぎに行くか? それほど時間はないだろうが」


 この提案は、深く考えてのものではなかった。

 雪夜からすれば、空いた時間を有効利用しようとしたに過ぎない。

 そして、ケーキなら乗って来ると疑っていなかった。

 ところが――


「……雪夜さんが良ければ、喫茶店に行きませんか?」

「喫茶店?」

「はい。 少し、ゆっくりしたい気分でして……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめ、上目遣いで願い出るケーキ。

 Aliceとは違うベクトルで破壊力が凄まじく、雪夜ですら衝撃を受けていた。

 彼女の想いに応える覚悟がない状況で、この申し出を受けるのはどうかと思った雪夜だが、だからと言って拒否することも出来ない。

 彼にとってケーキは、仲間なのだから。


「わかった」

「え……? 良いのですか……?」

「あぁ。 どうせ待っている時間は短いだろうから、経験値稼ぎをするには中途半端だしな」

「あ、有難うございます!」

「礼を言われるほどのことじゃない。 行こう」

「はい!」


 背後に花畑が幻想出来そうなほど、喜んでいるケーキ。

 そんな彼女を引き連れて、雪夜はいつもの喫茶店に向かう。

 完全に2人の世界を作っており、周囲のプレイヤーから恨みがましい目を向けられた雪夜だが、彼は最後までスルーし続けた。

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