第15話 絶叫たくさん、約束1つ
雪夜がアミューズランドに来るのは初めてではないが、遥か昔のこと。
付け加えるなら、当時はクエストの有無を確認するのみだったので、どう言った場所かは全くと言って良いほど知らない。
そんな彼が改めて、この場所と向き合ったときの衝撃は、中々のものだった。
エリア全体に流れている、明るく楽し気な音楽。
空を見上げれば、巨大バルーンなどが飛んでいた。
ちなみに今は昼間だが、夜になると花火が打ち上がる。
マスコットキャラクターらしきものが闊歩しており、まさしくテーマパークの色が濃い。
生存戦争の最中にもかかわらず、周囲のプレイヤーたちの顔には、例外なく笑顔が溢れていた。
絶叫マシンにでも乗っているのか、楽しそうな叫びも聞こえて来る。
現実でも長らく行っていない娯楽スポットに、まさかVRで行くことになるとは思っていなかった雪夜は、微妙に複雑な気分。
しかし、隣に立つ少女のテンションはマックスだった。
「わ~! やっぱりここの雰囲気は良いね~! いるだけで、ワクワクしちゃう!」
「……楽しそうだな、Alice」
「当たり前だよ! え? 雪夜くんは楽しくないの?」
「俺は、何と言うか……楽しいと言うよりは、戸惑いの方が強い」
「あはは! 雪夜くんには、馴染みのない場所なんだもんね~。 でも、大丈夫! 絶対楽しくなるから!」
両手を広げてクルリと回り、満面の笑みを雪夜に向けるAlice。
表情からも仕草からも、彼女の楽しさを感じた雪夜は、苦笑しながら問い掛けた。
「そうだな。 それで、どこから行くんだ?」
「う~ん……カラオケとか映画館も捨て難いんだけど、時間が限られてるから、今日はアトラクション中心で行こう!」
「わかった。 どれから乗る?」
「そりゃ、最初はジェットコースターでしょ! 取り敢えず3回!」
「多くないか?」
「だって、折角待ち時間がないんだし。 現実じゃ出来ない遊び方をしないとね!」
「なるほど、一理ある。 じゃあ、行くか」
「うん!」
そう言ってAliceは歩き出し、雪夜はその少し後ろを付いて行く。
だが、そのことに気付いた彼女は速度を落とし、彼と肩を並べた。
Aliceの行動を雪夜は理解出来ていないが、それで彼女が満足する良いと思っている。
目当てのアトラクションはすぐそこにあり、2人が端末にアクセスすると、乗車席に転移した。
他の乗客はNPCで、雰囲気を作る為のもの。
最前列に腰掛けた雪夜たちが安全バーを下ろすと、アナウンスが流れてジェットコースターが動き出す。
現実ではあり得ない高さまで上って行くのを雪夜が感じていると、Aliceがやや緊張した声を発した。
「う~、ドキドキするね~」
「何度も乗っているんじゃないのか?」
「何度乗っても、この感覚は慣れないの!」
「怖いなら、乗らなければ良いだろう」
「わかってないな~。 絶叫マシンはね、怖がってこそなのよ! 戦闘だって、弱い相手とばかり戦ってたら、つまんないでしょ?」
「……その理屈は良くわかる」
「ホント、雪夜くんは戦闘脳だよね~。 まぁ、ここでは難しいことを考えず、思うままに楽しめば良いんだよ!」
「思うままに……か。 まだしっくり来ないが、やってみる」
「あはは! そんな真面目に考えず、もっと気楽にぃぃぃぃぃ!?」
いつの間にか頂上に来ていたようで、突然ジェットコースターが加速した。
「きゃぁぁぁぁぁ!?」
油断していたAliceの絶叫をBGMに、雪夜も新鮮な体験を満喫する。
「ひゃぁぁぁぁぁ!?」
現実でジェットコースターに乗ったことはあるが、これはそのどれよりも激しい。
「わぁぁぁぁぁ!?」
上下、左右、斜め、回転。
何ならジャンプまでして、凄まじい速度で駆け抜けた。
「ひぃぃぃぃぃ!?」
乗り物に弱い者が乗ったら、いろいろと大変なことになるのではないかと心配になったが、好きな人にはたまらないかもしれない。
内心で雪夜がそんなことを思っていると、やがてジェットコースターが発着地点に戻って、安全バーが上がる。
楽しいと言うよりは興味深いと言う感想を抱きつつ、雪夜が隣を見ると、Aliceがぐったりしていた。
不安になった彼は、顔を曇らせていたが――
「あ~、楽しかった! もう1回、行こう~!」
顔を上げてニッコリと笑い、乱れた髪を整えながら言い放つ。
彼女の豹変ぶりに雪夜は面食らいながら、恐る恐る尋ね掛けた。
「Alice、今のは楽しんでいたのか?」
「うん! 大声を出して、スッキリした~!」
「そんなものか……」
「ふふ。 そんな気はしてたけど、雪夜くんは全然だったね~」
「楽しんでいない訳じゃないぞ? ただ、叫ぶほどでもない」
「まぁ、雪夜くんが叫ぶ姿って、想像出来ないし。 でも、楽しんでるなら良かった!」
心底嬉しそうに笑うAliceを前に、雪夜は不覚にもドキリとした。
だが、それを誤魔化すように視線を逸らし、淡々と彼女を促す。
「あと2回だろう? 行こう」
「は~い! 次は叫ばないんだから!」
「叫んだ方が楽しいんじゃないのか?」
「叫ぶのを我慢するのは我慢するで、楽しいの!」
「……複雑なんだな」
「そうだよ! ジェットコースターは、奥が深いんだからね~」
何やら得意そうに胸を張るAliceを、雪夜は苦笑交じりに見つめる。
いまいち腑に落ちないが、決して悪い気分ではなかった。
彼がそのように感じることが出来ているのも、過去と決別したからだろう。
その切っ掛けとなったのが、EGOISTSのメンバー。
特にAliceは長い間、雪夜にしつこく付き纏い、彼を日の当たる場所に連れ出そうとしていた。
今更になってそのことを思い知った雪夜は、自分でも驚くほど自然に言葉を紡ぐ。
「Alice、有難う」
「へ? 何が?」
「何がと聞かれると、はっきりとは言えないんだが……とにかく、感謝している」
「えっと、どういたしまして……で、良いのかな……?」
「良いと思うぞ」
「そ、そっか……」
頬を朱に染めて下を向き、指先で髪を弄るAlice。
恥ずかしがっているのは間違いないが、幸せそうにも見えた。
それが自分の言葉によるものだと自覚した雪夜は、何ともこそばゆい気持ちになっている。
2人の間に甘酸っぱい空気が充満していたが、1つ咳払いした雪夜が打ち破った。
「安全バーを下ろすぞ」
「う、うん」
宣言してから雪夜が安全バーを下ろすと、ジェットコースターが再び動き出した。
頂上に着くまで時間があったが、今回のAliceは大人しい。
尚も照れているらしく、雪夜はどうしたものか悩んでいたが――
「雪夜くん」
ポツリと声を落としたAliceを、無言で見つめる雪夜。
そんな彼に、はにかんだ笑みを見せたAliceは、穏やかな口調で告げる。
「今日は、目いっぱい遊ぼうね」
「……あぁ」
輝くほどの笑顔を向けられた雪夜は、一瞬だけ返事が遅れた。
その後のAliceは通常モードに戻り、言葉通り全力で楽しんでいるのが察せられる。
必死に叫ぶのを堪えるように、涙目で口を両手で塞いでおり、雪夜は何度目かの苦笑を漏らした。
合計3回を終えた頃には、Aliceはかなり憔悴していたが、非常に満足している。
雪夜も充分堪能しており、柄にもなくテンションが上がっていた。
もっとも、表面上はいつも通りだが。
何にせよ2人はアミューズランドを楽しみ、様々なアトラクションを制覇して行く。
ジェットコースターの次は、コーヒーカップで一息つきながら、他愛もない雑談に興じた。
お化け屋敷でもAliceは絶叫しつつ、彼女がはしゃいでいることに雪夜は気付いている。
他にも多種多様なアトラクションを、時間の許す限り遊び尽くした。
現実で昼食を摂る時間も惜しんで。
あまり体に良くないと知りながら、雪夜も今日だけは自分に許可を出している。
それでも、楽しい時間が過ぎ去るのは早く、時計が17時を示した。
防衛前に休息が必要だと考えたのは彼だけではなく、Aliceも流石に夕飯まで抜く訳には行かないと思っている。
ちょうどゲーム内でも夕方になっており、雪夜は名残惜しく思いながらも、別れの言葉を口にしようとしたが、その前にAliceが声を発した。
「雪夜くん、最後に1つだけ付き合ってくれる?」
「……わかった」
「有難う!」
礼を言ったAliceは、率先して足を踏み出す。
本当は断るつもりだった雪夜だが、彼女の寂し気な笑みを見て言葉を入れ替えた。
そうして彼らが辿り着いたのは、観覧車。
てっきり絶叫系かと予想していた雪夜が、意外に思っているのをよそに、Aliceは端末にアクセスする。
すぐに2人はゴンドラ内に飛ばされ、対面に座った。
ゆっくりと地上が離れて行くのを、雪夜は幼い記憶とともに眺める。
両親のことを思い出して、微かにセンチメンタルになったが、軽く頭を振って意識を切り替えた。
正面のAliceに目を向けると、彼女も静かな面持ちで外を眺めている。
いつも元気なAliceの、こう言った表情は珍しく、雪夜は思わず見入ってしまった。
互いに口を閉ざし、暫く無言の時間が続いていたが、先に沈黙を破ったのはAlice。
視線を外に固定したまま、ポツリと呟く。
「これから、どうなるのかな」
「何がだ?」
「生存戦争だよ。 あたしたち、勝てるのかな」
「……悪いが、簡単に勝てるとは言えない。 俺たちには常に、脱落の危険が付き纏っている」
「だよね」
Aliceの表情からは不安を感じないが、雪夜はその奥を読んでいた。
しかし、気休めを言うことはなく、正直な見解を語る。
それを受けたAliceは再び黙ったが、唐突に彼に振り向いて、苦笑気味に口を開いた。
「あたし、いつ脱落しても良いかも」
「そうなのか?」
「うん、素敵な思い出も作れたしね。 もう、思い残すことはないって感じ」
「……この程度で大袈裟だ」
「あはは、そうかもね。 でも、本当にそう思ってる。 それくらい、今日は楽しかった」
眩しそうに目を細めて、微笑むAlice。
普段の可愛らしい彼女とは違い、繊細で美しいと雪夜は感じた。
それと同時に、儚く消えてしまいそうで、なんとなく切なくなっている。
真っ直ぐ見据えて来るAliceから、雪夜は目を逸らしそうになったが、辛うじて思い留まった。
そして、力強く言い切る。
「今日が最後じゃない」
「え……?」
「CBOが存続する限り、何度だって来れる。 今度はケーキやゼロも連れて、皆で来よう。 きっと楽しい」
「……そうだね。 皆で来ようか」
雪夜の言葉に、Aliceはクスリと笑って答えた。
複雑そうな顔付きではあるが、そのときを楽しみにしているのも嘘ではない。
ただし、本当に望んでいるのは――
「……さ~て! 今日も防衛、頑張りますか!」
「思い残すことはないと言った割には、やる気だな?」
「当たり前でしょ? ケーキちゃんの為にも、本気でやるって決めたんだから!」
「そうだな……。 俺も、全力を尽くす」
「うんうん! 皆でCBOを守ろう~!」
大輪の花のような笑みを咲かせて、拳を上に突き上げるAlice。
心の奥底で芽吹いている、雪夜への淡い想い。
彼と特別な関係になりたいと言う願望を、ようやく自覚しつつある。
まだ途上ではあるが、時間の問題だ。
そして、もう1つ。
「あぁ、守ってみせる」
雪夜がAliceの想いに気付くのも、遠くない未来。
それがケーキやEGOISTS、他の人間にどのような影響を与えるかは、まだ未知数。
だが、少なくとも何かしらの変化が起きるはずだ。
ゴンドラの中で見つめ合う、雪夜とAlice。
近いようで遠く、遠いようで近い。
微妙な距離感の2人を夕日が照らし、良い感じの雰囲気を作っていたが――
「あ~!」
「急にどうした?」
「雪夜くん、どこに行くか考えてた!?」
「まぁ、一応な」
「なんで言ってくれなかったの!?」
「いや、あれだけ楽しそうにしていたら、水を差す訳には行かないだろう」
「う……。 そうかもだけど……。 じ、じゃあ、今から行こう!」
「駄目だ、この観覧車が最後だと言ったからな」
「そこをなんとか!」
「却下」
「う~!」
涙目で頬を膨らませたAlice。
とても可愛らしいが、過去を吹っ切ったからと言って、雪夜は甘やかさない。
もっとも、突き放しもしないが。
「睨んでも無駄だ。 それに、またの機会にすれば良いだけの話だろう?」
「……絶対?」
「あぁ」
「……2人で?」
「今日の続きなら、それでも構わない」
「そっか……。 なら、それで許してあげる!」
「俺が許される側なのか」
「気にしない、気にしない! ほら、そろそろ着くよ!」
「まったく、マイペースだな……」
小さく嘆息しつつ、こっそりと雪夜は微笑んだ。
上機嫌なAliceとともに、観覧車から降りる。
そして、一旦の別れを告げようとした雪夜だが――
「あ! そうだ!」
「今度は何だ?」
「あ、でも……。 う~ん、やっぱり無理かな~」
「1人でブツブツ言っていないで、何の話をしているか教えてくれないか?」
「えっと……じゃあ、一応聞くけど……写真撮っても良い……?」
明らかに期待していない様子のAlice。
確かにジェネシス・タイタンのとき、雪夜は煩わしそうにしていた。
しかし、それも今や過去の話。
「あぁ、撮ろう」
「そうだよね~。 やっぱり駄目……へ!? 良いの!?」
「構わない」
「……ホント、変わったね」
「おかしいか?」
「う、ううん、ちょっとビックリしてるだけ! 凄く良いと思う!」
「……そうか」
「うん! じゃあ、撮ろう!」
そう言ってAliceは雪夜に寄り添い、彼は自然体で立つ。
以前よりも力が抜けており、そこには等身大の雪夜がいた。
そのことを嬉しく思ったAliceは、ニコニコと笑って画面を調整する。
特にポーズは取っておらず、面白みはないかもしれない。
それでもAliceは、とても良いと思えた。
画角を決めた彼女は、ウキウキした様子で雪夜に声を掛ける。
「良し! 撮るよ~!」
「いつでも良いぞ」
「オッケー! じゃあ……3! 2! 1! はい!」
カシャと言う音が鳴り、無事に写真が撮られた。
その出来栄えを確認したAliceは、満足そうに鼻歌を歌っている。
そんな彼女を見ていた雪夜は、若干言い難そうに言葉を紡いだ。
「Alice」
「うん? どうしたの?」
「その写真、あとでアプリに送ってくれないか? 個別チャットの方で良い」
「良いけど……。 え、雪夜くん、欲しいの?」
「欲しいと言うほどじゃないが……記念にな」
「ふ~ん……。 良いよ、送ってあげる!」
「有難う。 じゃあ、そろそろ帰ろう。 Aliceも、何か食べた方が良いぞ」
「そうだね~。 流石に、お腹減っちゃったし!」
「俺もだ。 では、またあとでな」
「うん! またね!」
これ以上ないほど満面の笑みで、ログアウトして行くAlice。
消える間際まで手を振っており、雪夜は最後まで見届けた。
それから自身も現実に戻り、手早く夕飯の支度をする。
こうして彼らの休日は終わり、防衛の時間が迫っていた。
ここまで有難うございます。
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