第14話 青白き迷宮、2人の連携
雪夜とAliceがデート――ではなくお出掛けしていた頃、ケーキはダンジョンに潜っていた。
青白い光が充満した、無機質な通路を無言で歩く。
ここは最高難易度に分類されるものの、彼女なら問題なくクリア出来るはずだ。
レベルも装備も整ったケーキだが、『プリンセス・ドレス』と『プリンセス・ミラー』の強化は終わっていない。
そしてCBOにおいて強化するには、装備自体の経験値を溜める必要がある。
その為に手っ取り早いのは、強力なモンスターを倒し続けることだ。
数多くのクエストやダンジョンを誇るCBOの中でも、このダンジョンが最も効率が良い。
ケーキは当然そのことを知っており、迷わず選択した。
今日の目標は、両方の強化値を2まで上げること。
そうすれば、特殊能力が1つずつ解放される。
今のところは順調で、彼女の計算通りのペースで経験値を稼げていた。
いや、それは正しくない。
正確には、彼女の計算以上のペースである。
しかし、その理由に関しては、素直に喜べないケーキだった。
「いやぁ、ケーキちゃん、強ぇなぁ。 とてもCBOを始めたばかりには思えないぜ」
「そうですか」
背後からフレンドリーに話し掛けて来たのは、同行を申し出たゼロ。
ちなみに、EGOISTSのメンバーは全員、フレンド登録を済ませている。
ケーキは当初1人でダンジョンに行くつもりだったのだが、直前にゼロから連絡が入り、半ば強引に付いて来られた。
別に彼女はゼロを疎んではいないものの、ほとんど興味もない。
ただし、仮にも同じチームのメンバーとして、連携の練度を上げる必要はあると感じている。
だからこそ同行を許している訳だが、正直に言うと想像以上だった。
単純な戦闘力は言うに及ばず、視野の広さや状況判断力などにも優れている。
1人よりも、格段に速くモンスターを処理出来ており、この調子なら余裕で強化値を2まで上げられると確信した。
そう考えたケーキは有難く思う一方で、またしてもライバルが出現したような気分。
雪夜に次ぐ使い手を譲りたくない彼女にとって、Aliceとゼロは仲間であると同時に、競争相手でもあった。
そんな彼女の気持ちを、ゼロは漠然と察して、苦笑しつつ言い放つ。
「心配しなくても、俺は雪夜を取ったりしねぇよ」
「……! 当然です。 と言いますか、わたしが奪わせません」
「やれやれ、ホント独占欲が強ぇな。 Aliceちゃんも、そう言うとこあるけどよ」
「……独占するつもりなどありません。 わたしはただ、雪夜さんの傍にいたいだけです」
「良く言うぜ。 今だって2人がデートしてることに、イラついてるくせに」
「デートではありません、お出掛けです」
「同じだろ。 年頃の男女が一緒に出掛けたら、それはもうデートだぜ」
「違います」
「だから、同じだって――」
「違います!」
足を止めて振り向き、涙目で大声を叩き付けるケーキ。
それを受けたゼロは瞠目し、後頭部を掻きながら、溜息交じりに声を発する。
「認めたくないのはわかるけどよ、現実を見た方が良いぜ? 今は、Aliceちゃんが1歩リードしてる。 もしかしたら、今日を切っ掛けに急接近するかもしれねぇ」
「そのようなことは……」
「ないって言い切れるか? あんだけ可愛い子に言い寄られたら、ほとんどの男はコロリと行っちまうって」
「で、ですが、彼女は何とも思っていないと……」
「はは、そんな訳ねぇだろ。 本人に自覚はないかもしれねぇが、誰が見ても明らかだ。 それとも、ケーキちゃんの目は節穴か?」
「……どうして、そのようなことばかり言うのですか? わたしを苛めて楽しいですか?」
両手をギュッと握って、ケーキはポロポロと涙をこぼした。
あまりにも痛々しい姿だが、ゼロは視線を逸らさずに真摯に見つめ――
「後悔して欲しくねぇからだよ」
「え……?」
「このままだと、ケーキちゃんはたぶん後悔する。 だから、そうなる前になんとかしたくてな」
「……理解出来ません。 貴方には、関係のないことではないですか?」
「まぁな。 雪夜とくっ付くのが、ケーキちゃんだろうがAliceちゃんだろうが、俺には関係ねぇ」
「だったら……」
「ただ、お互い全力でぶつかって欲しいんだよな。 理由はわかんねぇが、ケーキちゃんは何かを怖がって踏み出せずにいる。 だから、まずは1歩出て欲しいんだよ」
「……貴方に、わたしの何がわかると言うのですか」
「だから、わかんねぇって。 結局のところ、ケーキちゃんの気持ちはケーキちゃんのものだしな。 ただ、見てられなくなったから、口出ししただけだ」
「大きなお世話です……」
「そいつは悪かった。 じゃあ、そろそろ行こうぜ。 のんびりし過ぎたら、間に合わなくなりそうだしな」
そう言って、ケーキを追い抜くゼロ。
最後の言葉は強化値に関してだが、ケーキには雪夜への想いのことのように聞こえた。
しばし口を固く引き結んでいた彼女は、袖で涙を拭ってゼロを追い掛ける。
そのまま彼を抜き返した彼女は、背中を向けたまま真っ直ぐな声で言い放った。
「雪夜さんは譲りません。 Aliceさんにも、貴方にも」
「こらこら、俺を入れんなよ」
「今のわたしが出遅れているとしても、すぐに巻き返します」
「聞いてねぇな……」
スタスタと歩きながら、一方的に言葉を投げ付けて来たケーキに、ゼロは肩を落として嘆息した。
しかし――
「ですが……貴方の言っていることも、完全否定は出来ません。 なので、少しくらいは覚えておきます」
「……そうかよ」
「はい。 では、先を急ぎましょう」
「へいへい」
顔を向けないまま紡がれたケーキの言葉に、ゼロは苦笑せざるを得ない。
本人は平然としているつもりらしいが、彼は彼女が照れているのを認識している。
素直になれない少女をニヤニヤと眺めつつ、ゼロは上機嫌に歩を連ねた。
忘れがちだが、ケーキはこの世に生まれてまだ半年。
感情を宿したのは、もっと最近。
高度なAIによって急激な成長を遂げているとは言え、精神的に幼いのは致し方ないだろう。
だが、ゼロの言葉によって、また新たなことを学んだ。
今後、彼女がどうするのかは未知数なものの、選択肢は増えたはず。
それを自覚したケーキは、内心でゼロにちょっぴり感謝しつつ、言葉にすることは出来ない。
ただし、2人を取り巻く空気は当初より軽くなっていた。
その後は終始無言ながら、連携の質は着実に上がっている。
「はッ……!」
チャージした【ツイスト・リッパー】で、単眼の蜘蛛の集団を薙ぎ払うケーキ。
モンスター名はモノ・スパイダーで、多数で襲って来ることと、猛毒が厄介だ。
サイズは小さいが、レベルは最大の60なので、意外と耐久力も高い。
もっとも、『プリンセス・フルール』を持つケーキの敵ではなかった。
あっと言う間に殲滅され、大量の経験値となる。
それでも、最高難易度のダンジョンと呼ばれているだけあって、一筋縄では行かない。
倒した傍から新たな集団が奥から現れ、ケーキに雪崩れ込んだ。
いくらチャージ速度が上がっているとは言え、間に合うタイミングではない。
即座にそう判断した彼女は、平然とバックステップを踏む。
すると、モノ・スパイダーたちは彼女を追い掛けたが、そこは死路。
「よっと!」
『闇丸』を納刀したゼロが、両手を交差するように振るった。
一見すると何も持っていないようだが、全ての指から伸びた10本の糸が、鋭い刃となって蜘蛛の群れをズタズタにする。
アーツ名、【断糸の脅威】。
単体に対する威力はさほど高くないが、それなりに射程が長く、何より攻撃範囲が広い。
また、一撃で倒せなかった場合も、中型までの敵なら、一定時間行動を阻害可能。
『隠密』にとっては、貴重な範囲攻撃だ。
そうして第2陣を纏めて葬ったゼロだが、モノ・スパイダーの波はまだ止まらない。
性懲りもなく押し寄せて来る、膨大な数のモンスター。
もっとも、彼女たちにとっては、経験値が向こうからやって来るようなものである。
「ふッ……!」
ゼロと入れ替わるように下がっていたケーキが、チャージを終えた【ツイスト・リッパー】を繰り出した。
範囲が拡大した回転斬りが、残りのモノ・スパイダーたちを斬殺する。
ダンジョンに突入してすぐは、多少のズレがあった連携も、今ではほぼ完璧。
交互に前に出て敵を殲滅し、全く危なげなく進めていた。
やがて2人が辿り着いたのは、最奥の広い空間。
揃って中に入ると入口が閉まり、中央に巨大なモンスターが出現する。
2mはあろうかと言う、毒々しい巨大な蜘蛛。
凶悪な顎を開閉させており、消化液を床に垂らしていた。
モンスター名、ヴェノム・スパイダー。
剣姫ほどではないにしろ、CBOですら強敵に分類される。
しかし、ゼロにとってはその強さよりも、見た目の方が問題だった。
ギョロリとした複眼に見つめられた彼は、嫌そうに顔を顰めて声を落とす。
「何回見ても、気色ワリィな……。 ケーキちゃん、平気か?」
「何がですか?」
「何がって……あれを見ても、何とも思わねぇの?」
「それなりに厄介な敵ではありますが、負ける要素はありません。 恐れを抱く理由があるのですか?」
「……いや、俺が悪かった。 気にしないでくれ」
「はい」
言われるまでもなく、欠片も気にするつもりはないケーキ。
そんな彼女に苦笑を漏らしたゼロは、敢えて元気良く言い放った。
「おっしゃ! じゃあ、パパっと片付けるぜ!」
「無論です」
言葉を置き去りに、ケーキが駆け出す。
それと同時にヴェノム・スパイダーも動き出し、彼女に飛び掛かった。
だが、行動を読んでいたケーキは難なく躱し、彼女を狙うと察していたゼロが先手を打つ。
「おらよ!」
【刹那の刻】で背後を取り、強烈な斬撃を放った。
彼の一撃は相当な威力のはずだが、HPゲージはさほど減っていない。
何故なら、ヴェノム・スパイダーの弱点部位は腹部であり、それ以外のダメージは半減するからだ。
そして、弱点部位を攻撃するにはダウンさせて、引っ繰り返す必要がある。
これの難易度が高く、ほとんどのパーティが苦戦する点だが、ゼロは心配していない。
ダメージを受けたヴェノム・スパイダーが、後ろ脚を振り上げてゼロを攻撃した。
対するゼロはニヤリと笑い、その場を動かずにいる。
そこに駆け込む、小さな影。
「はッ……!」
『プリンセス・ミラー』を掲げて、ジャストガードするケーキ。
それによってダウン値が大きく増加し、ヴェノム・スパイダーの体勢を崩した。
更に、彼女が習得した最後のスキルが発動する。
【ガーディアン・ソウル】。
ジャストガード成功時に、パーティの攻撃力と防御力を10秒間20%上昇させる、パッシブスキル。
効果時間こそ短いが、能力の上昇値は【マルチ・ゲイン】と同等。
ジャストガードの難しさから、【JG・コンティチャージ】並の不人気。
逆に言えば、使いこなせれば非常に強力と言うことだ。
ケーキによってチャンスが生まれ、強化を受けたゼロは、嬉しそうに叫ぶ。
「サンキュー、ケーキちゃん!」
「お礼はいりませんから、体を動かして下さい」
「はい……」
ゼロの言葉をバッサリ斬り捨てたケーキが、チャージした【ジャンピング・スラスト】で斬り掛かった。
一方のゼロはシクシクの涙しながら、【五月雨の如く】で乱れ斬りを繰り出す。
すると、体勢を整えたヴェノム・スパイダーがジャンプしながら振り返り、2人に糸を吐き出した。
これに当たってもダメージはないが、移動速度と攻撃速度が減少する。
当然、彼女たちはそのことを知っており、左右に分かれるようにして避けた。
しかし、ヴェノム・スパイダーの攻撃は止まらず、今度はゼロに消化液を吐き出そうとしている。
そのとき――
「こちらです」
ケーキが【バトル・エリア】を発動して、強制的にターゲットを奪う。
動きを止めたヴェノム・スパイダーは振り向き、ケーキを狙って消化液を吐きかけた。
それを予見していたゼロは行動を始めており、背後から【五月雨の如く】を放つ。
同じタイミングで、消化液をジャストガードしたケーキは、怯んだヴェノム・スパイダーに【ツイスト・リッパー】で斬り込んだ。
続いてチャージした【ジャンピング・スラスト】に繋げ、大ダメージを与えつつダウン値を溜める。
なんとか反撃するべく、ヴェノム・スパイダーも足掻いているが、ここで追い打ちが掛けられた。
「ケーキちゃん!」
「見ればわかります」
ゼロの『闇丸』による『眩暈』が入り、行動不能に陥る。
フラフラとしているヴェノム・スパイダーに、ゼロは怒涛の勢いで斬り掛かり、ケーキも最大ダメージを出すべくアーツを繰り出した。
だが、攻撃一辺倒にはならず、消耗したAPを回復するべく、通常攻撃も適度に混ぜる。
このように2人は、強敵なはずのヴェノム・スパイダーを圧倒した。
攻撃が当たることはなく、可能な限りケーキがジャストガードし、ゼロは背後を取り続ける。
弱点部位以外のダメージが半減とは言え、積み重ねたことで相当な量になっていた。
すると遂に、そのときが訪れる。
「ナイス、ケーキちゃん!」
「口ではなく――」
「体を動かせってんだろ!? わかってるって!」
ケーキのジャストガードによって、ヴェノム・スパイダーがダウンした。
引っ繰り返ることで露出した弱点部位に向かって、跳躍したゼロが上空から多数の手裏剣を投げ付ける。
アーツ名、【放たれる暗器】。
度々、雪夜にちょっかいを出していたのも、このアーツだ。
シンプルな遠距離攻撃で、特筆すべき点はないが、敢えて言うなら見た目以上に威力が高い。
とは言え、【五月雨の如く】や【刹那の刻】ほどではないので、折角のダウン時に使うのはミスに思える。
もっとも、彼がそのような初歩的失敗をするはずはない。
「やれ! ケーキちゃん!」
「わかっています」
ヴェノム・スパイダーに跳び乗ったケーキが、頭上に『プリンセス・フルール』を掲げてチャージを開始した。
他のアーツよりも長く、強大な力が宿っているように感じる。
そう、ゼロが【放たれる暗器】を選択したのは、彼女の邪魔をしない為だ。
彼の判断を内心で称賛しながら、ケーキがチャージを完了した頃には、剣身が倍以上の大きさになっていた。
『剣士』最後のアーツ、【グロリアス・キャリバー】。
大剣に力を込めて、高火力の一撃を叩き込む。
ノンチャージでもそれなりの威力があるが、このアーツはチャージ前提。
ただし、チャージ時間が他のアーツより圧倒的に長く、使えるシーンは限られている。
その反面で――
「はぁッ!」
当たれば、まさに必殺。
ましてや、今回は弱点部位。
一気に残りのHPゲージを削り切り、ヴェノム・スパイダーを撃破した。
光の粒子となるのを見届けたケーキは、小さく息をついて大剣を納める。
そんな彼女に歩み寄ったゼロは、上機嫌に声を掛けた。
「いやぁ、お見事。 流石だぜ」
「当然です。 雪夜さんにもらった、この『プリンセス・フルール』がある限り、わたしは無敵です」
そう言ってケーキは、愛おしそうに背中の大剣に触れる。
彼女の様子に、ゼロは苦笑していたが――
「なぁ、ケーキちゃん」
「何ですか?」
「お前さん、初心者じゃねぇだろ」
笑ったまま、断言した。
突然のことに驚いたケーキは瞠目しつつ、平静を装って言い返す。
「どうしてそう思うのですか?」
「どうしても何も、ジャストガードが上手過ぎるぜ。 あれは、センスで身に付けるには、限界がある技術だ。 初心者が、いきなり扱える訳がねぇんだよ」
「ですが、フレンドならわかるはずです。 わたしのIDナンバーは、極めて最近のものだと」
IDナンバーを見れば、いつ頃ゲームを始めたのか、ある程度はわかる。
そしてケーキの言う通り、彼女のIDナンバーは、かなり新しいものだった。
これが、動かぬ証拠。
そう言わんばかりのケーキだったが、ゼロは退かない。
「確かにな。 だが、別の可能性もある」
「……それは何ですか?」
このときケーキは、無表情の下でかなり緊張していた。
まさか、自分が戦闘AIだとバレたのではないか――と。
自身にあるはずのない心臓が、激しく脈打つように錯覚していたケーキに、ゼロは――
「たぶん、サブアカじゃねぇの?」
「……え?」
「CBOでサブアカを作る具体的なメリットはねぇけど、人間関係とかいろいろあるからなぁ」
「えぇと……」
「いや、皆まで言わなくて良い。 俺は、ケーキちゃんの過去を詮索するつもりはねぇからな。 俺にとっては、今のケーキちゃんが全てだ」
ニッと笑ってサムズアップするゼロ。
対するケーキは何と言ったものか迷ったが、最終的には利用することにした。
「有難うございます、そう言ってもらえると助かります」
「良いってことよ! そんじゃ、もう1周行くか?」
「1周と言わず、時間の許す限り行きます」
「りょーかいだぜ! 改めてよろしくな!」
「はい」
彼女は一言もサブアカウントを認めてはいないが、そのように誤解するよう誘導した。
それを受けたゼロは、しつこく問い質すことはせず、出現したポータル端末から外に出る。
その後、2人は何度もダンジョンに挑み、ケーキは『プリンセス・ドレス』と『プリンセス・ミラー』の強化値を2まで上げた。
ここまで有難うございます。
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