第11話 些細な問題
中条達磨は、幼い頃から優等生だった。
勉強も運動も出来て、剣道の腕は誰もが認めるほど。
容姿にも優れており、雪夜と似通った部分が多いと言える。
ただし女性が苦手――嫌いではない――な為、彼とは別の理由で、これまで恋愛経験はない。
他に相違点を挙げるなら、好青年と言える彼は友人が多いことだろう。
何かでグループを作る際などは、自然と中心人物になっていた。
責任感の強い達磨は期待に応え続け、その結果が今の信頼を築いている。
家は貧しかったが、家族関係は非常に良好だ。
両親と、高校生の妹が1人。
達磨は家庭環境を考えて、大学に進学するつもりはなかったのだが、両親に背中を押してもらい、受験を決意した。
その想いに報いるべく彼は日々研鑽を積んでおり、就職後は家族に恩返しをするつもりなものの、それでは遅いと考えている。
何故なら、妹の進学費用が足りないからだ。
妹はその現実を受け入れているが、本当は進学したいことを達磨は知っている。
そこで彼が目を付けたのは――SCO。
破格の賞金が出る大会で入賞し、妹の進学費用を貯めるだけではなく、親孝行しようとした。
高い能力を持つ達磨が真剣に取り組んだことで、メキメキ力を付け、今ではトッププレイヤーとして名を馳せている。
そう、七剣星の1人、フレン。
今回の大会で準優勝した彼は、これまで以上の賞金が手に入り、そのことを家族は喜んでいた。
達磨としてはロランとイヴが脱落した結果なので、素直には喜べないが、嬉しそうな家族を前に、その感情を押し殺している。
そうして中条家は、彼のお陰で多少のゆとりを持って生活出来ていた。
家族の力になれたことに達磨は満足しており、それゆえにSCOを何としても存続させようと誓っている。
ところが――
「達磨、何か悩んでるんじゃないか?」
大会の翌日。
夕飯の席で、父親である達久が唐突にそんなことを言い出した。
収入は少ないが、真面目で厳格な彼を、達磨は尊敬している。
そんな父親の一言に、ドキリとした達磨は咄嗟に誤魔化そうとしたが、母親である多恵と妹の恵美も彼をジッと見ている。
家族に隠し事は難しいと思いながら、やはり真実を明かすことは出来ない。
「悩んでいるってほどじゃない。 ただ、どうすればSCOが生き残れるか、考えていただけだよ」
「七剣星が4人も脱落しちゃったもんね……。 お兄ちゃん、やっぱり厳しそうなの?」
「心配するな、恵美。 まだ3人残っているし……『レジェンドソード』の使い手も現れた。 彼らが新たな七剣星になれば、SCOは立ち直れる」
不安そうな恵美に、達磨は微笑を見せた。
本音を言えばガルフォードを討ちたいし、不正をして作った七剣星など、許すことは出来ない。
だが、それでも、家族の為なら我慢出来る。
そう自分に言い聞かせている達磨だが、恵美の表情は晴れず、何かを言いたそうにしていた。
そこで達磨は、更に言葉を付け足そうとしたが――
「達磨、俺はそんなに頼りないか?」
達久の言葉を聞いて、目を見開いた。
振り向いた先にいた達久は、厳しい表情で達磨を見据えて告げる。
「確かに俺は稼ぎも少ないし、お前に比べれば大した人間じゃない。 でもな、だからと言って、息子に全てを投げ出すつもりはないぞ。 お前が何もかもを背負う必要はないんだ」
「父さん……」
「そうよ、達磨。 貴方に無理をさせてまで、わたしたちは贅沢したいなんて思ってないんだからね? 達磨は達磨らしく、やりたいようにやれば良いのよ」
「うんうん。 あたしだってバイトしてるし、進学費用の足しには出来るんだから。 今までお兄ちゃんに助けてもらった分、これからはもっと頑張るよ!」
「母さん、恵美……」
敵わない。
家族から後押しされた達磨は、そのように感じた。
尚も彼は懊悩していたが、大きく深呼吸して葛藤を振り切る。
「僕がこの選択をすれば、もしかしたらSCOは終わるかもしれない」
「だから何だ? お前が信念を曲げることに比べれば、些細な問題だ」
「お父さんの言う通りよ。 達磨、自分に正直でありなさい」
「……有難う、父さん、母さん。 やっと、覚悟を固められた。 今すぐではないけれど、必ず成し遂げてみせる」
「そうでなきゃね! お兄ちゃんは、あたしの自慢なんだから!」
「恵美……」
「そうと決まれば、行って来い。 お前がお前である為に」
「わかった、父さん。 母さんと恵美も、行って来る」
「えぇ、行ってらっしゃい」
「頑張ってね!」
家族の声を背に浴びて、達磨は自室に向かった。
そしてゲームデバイスを装着し、息を整えてから起動スイッチを押す。
フレンとしてSCOにログインし、拠点である城下町に降り立った。
今までと、何ら変わらない風景。
しかし彼の目には、美しい世界が広がって見えている。
自分がいかに思い詰めていたかを自覚したフレンは、思わず自嘲気味に笑った。
それと同時に、決意を新たにして足を踏み出す。
いろいろとやることはあるが、まずは防衛だ。
そうして彼がクリスタルの元に来ると、そこには見知った人物の姿があった。
「……こんばんは」
顔を曇らせたアリエッタ。
本人はいつも通りを取り繕っているつもりだが、彼女はポーカーフェイスが下手である。
そんな彼女に苦笑したフレンは、申し訳ない気持ちを抱きつつ口を開いた。
「こんばんは、アリエッタちゃん。 今日も頑張ろう」
「はい……」
「それと、伝えておくことがある」
「伝えておくこと、ですか……?」
「うん。 昨日の話だけど、前言撤回させて欲しい」
「え……? それって……」
「僕も協力する。 一緒に、奴を討とう」
「い、良いんですか? あたしのわがままなのに……」
「それは違うよ」
「違う?」
「これは、僕の望みでもあるんだ。 だから、こちらからもお願いしたい。 力を貸してくれないか?」
「フレン様……。 はい、喜んで!」
フレンの願いを聞いたアリエッタは、目尻に涙を溜めて破顔した。
それを受けたフレンも笑みを返し、ここに2人の共闘関係が結ばれる。
そのとき――
「わ!?」
「これは……?」
驚くアリエッタと、目を丸くしたフレン。
彼女たちの前には、突如として現れたウィンドウがあった。
心当たりのない2人は不思議に思いつつ、書かれていた内容に目を通し、揃って瞠目する。
次いで互いに視線を交換し、戸惑った様子でフレンが声を発した。
「アリエッタちゃん、もしかして……」
「フレンさんもですか……?」
「うん……。 これは、ますます負ける訳には行かないね」
「……ですね。 何が何でも、絶対に勝ちましょう!」
「わ、わかったから、声は抑えてね。 誰がどこで聞いているか、わからないんだから」
「あ……。 そ、そうですよね、すみません」
「とにかく、今は防衛だ。 今後のことは、終わってから話し合おう」
「はーい!」
先ほどとは打って変わって、上機嫌なアリエッタ。
なんとなく恵美と重ねたフレンは薄く笑い、すぐに真剣な表情になる。
こうして彼らは、ガルフォードに反旗を翻すべく、備えを始めるのだった。