第10話 最初の1枚
如月雪夜は、どちらかと言うと寡黙で、理性的な人物だ。
滅多なことでは感情的にならず、常に冷静に物事を判断出来るように心掛けている。
高校生離れした能力と落ち着きを持っており、同年代の少年少女とは、ある意味で一線を画していた。
だが彼にも、友人と楽しく過ごす時間がなかった訳ではない。
Aliceとゼロには全否定されたが、雪夜が友人に囲まれていたことがあるのは、事実。
ただし、それは現実ではなく、ゲーム内での話だ。
剣姫を倒してログアウトした彼は、ベッドから下りてパソコンを起動させる。
暫くは、椅子に座ってデスクトップ画面を眺めていたが、やがてゆっくりと、とあるフォルダを開いた。
作成日時は今から5年以上昔、彼がまだ中学校に上がる前。
フォルダ内には多数の写真が収められ、全てゲーム内で撮られたもの。
当時の雪夜は今よりも少し活発で、笑顔も多かった。
ゲーム内でもそれは変わらず、数多くの仲間たちと楽しく過ごす毎日。
そんな日常が、切り取られている。
しかし、その写真を眺める雪夜の顔には、能面のような無表情が張り付いていた。
何を考えているのかわからないが、酷く悲しそうに感じる。
写真の数々を順番に見終わった彼は、フォルダを閉じて大きく息を吐いた。
そして、そのフォルダを消去しようとして――
「……まだ駄目なのか」
止まる。
あとワンクリックで作業は終わると言うのに、手がどうしても動いてくれない。
諦めた雪夜は嘆息し、パソコンの電源を落としてから、ベッドに横になった。
天井を見つめながら思い返すのは、Aliceとゼロの言葉。
『はぁ~……。 雪夜くんと一緒だと、自分の駄目さを痛感するね~……』
『まったくだぜ。 お前、どこまで化物なんだよ』
彼女たちに悪気がなかったのは、彼も重々わかっている。
それでも、過去の記憶を引き起こす、トリガーとなってしまった。
『俺、ゲームやめるわ。 お前と一緒だと、惨めになるだけだからよ』
最初にチームに誘ってくれた、大柄な男性の憎悪。
『あんたは良いよね、強くて。 あたしたちとは、別の生き物って感じ』
姉のように慕っていた仲間から向けられた、どこまでも冷ややかな視線。
『楽しいか? 弱い俺らを守ってよ。 どうせ裏では、笑ってんだろ?』
仲良しだと思っていたフレンドに、吐き捨てられた言葉。
『あんたのせいで、皆やめて行ったのよ。 それをわかってるの?』
『とっとと出て行けよ。 ここに、お前の居場所はねぇ』
『て言うか、あんたこそゲームやめたら? 少なくとも、別のタイトルに行って欲しいよね』
残ったメンバーから射掛けられた、数多の言葉の矢。
幼かった雪夜の心を折るには、充分過ぎるほどだった。
人の温もりを欲した彼は、他のチームを訪ねて回ったが、噂が出回っており、どこからも門前払い。
だが、あるとき声を掛けてくれるチームが現れた。
歓喜した雪夜は、今度こそ本当の仲間を作ろうと考えていたが――
『あいつがいると、楽で良いよな』
『ホントだぜ。 何つーか、お助けNPCみたいな?』
『あはは! わかる! 勝手に戦って、勝手にモンスターを倒してくれるもんね!』
『お陰で、最近はたんまり稼がせてもらってるぜ』
『これからも、存分に働いてもらおうよ! まぁ、あんな化物と仲間と思われるのだけは、勘弁して欲しいけどね』
『この集会にも呼んでねぇし、単なる道具だよ、道具』
『違いねぇ。 今後も俺たちが、有効活用してやるか!』
たまたま立ち寄った酒場から聞こえた、仲間だと思っていた者たちの笑い声。
このときを境に、彼は誰ともパーティを組まなくなった。
いくつかのタイトルを転々とし、最終的に落ち着いたのはCBO。
ここの敵やダンジョンは、雪夜を満たしてくれている。
しかし、彼が本当に望んでいたものは――
「……! 何を感傷に浸っているんだ、俺は……」
目からこぼれた熱い雫を拭って、身を起こした雪夜。
頭を振って立ち上がり、洗面所で顔を洗う。
鏡に映った彼の顔は、いつもと変わらず整っているが、凄まじく殺伐としていた。
そのことを自覚しつつ、視線を切ってベッドに戻る。
そして、やはり自分にチーム活動は無理だと、他のメンバーに伝えるべく、スマートフォンのチャットアプリを立ち上げた。
すると、そのタイミングで共通チャットに通知があり、人がいるならちょうど良いと思った雪夜だが、内容を見て瞠目する。
「これは……」
共通チャットに貼られたのは、1枚の写真。
ケーキとAliceにゼロ、そしてウィンドウに映った貴音。
ケーキは、はにかんだ笑みを漏らして。
Aliceは、花のような笑みを咲かせて。
ゼロは、快活な笑みを湛えて。
貴音は、にこやかな微笑を浮かべて。
剣姫を倒した空間に4人が並んでいるが、真ん中に不自然な隙間が空いている。
それが何を意味しているのかと、彼が考えていると、続いてAliceからチャットが入った。
『雪夜くん! 今度は一緒に撮ろうね! リーダーが映ってないと、締まらないんだから!』
自分の為の場所を確保してくれていたのだと知った雪夜は、何と返答すれば良いのかわからない。
そこに今度は、ゼロがチャットを放り込む。
『今はお前に頼ってる部分も大きいけどよ、そのうち追い付くから覚悟してろよ?』
決して自分を特別な存在だと扱わず、対等に接してくれていることに、雪夜は喜びを隠し切れない。
柔らかな微笑をこぼし、それまでの暗澹たる空気が消えかけていた。
そして――
『雪夜さんは、1人ではありません。 貴方がどこへ行こうと、わたしたちが1人にはさせません。 ですから、これからもよろしくお願いします』
まるでこちらの考えを見透かしたかのような、ケーキのチャット。
思わず苦笑した雪夜は、自分でも驚くほどスムーズに、チャット欄に文字を打ち込んだ。
『わかった。 寝る。 お休み』
あまりにも簡潔な文面だが、これが今の精一杯。
照れ臭くなった雪夜はアプリを閉じて、もう1度パソコンを立ち上げた。
迷いなく写真のフォルダを選択し、大きく深呼吸する。
まだ微かに抵抗があったが、遂に彼は過去と決別した。
写真フォルダを削除し、新しく作り直す。
フォルダ名は『EGOISTS』。
その記念すべき1枚目は、自分が映っていない、4人の写真。
しかし彼は、これで良いと思っていた。
まだ、最初の1歩を踏み出したに過ぎない。
自分が本当にここに加われるかは、これから次第だ。
そう考えた雪夜は真剣な面持ちで写真を眺め、小さな声で宣言する。
「今度こそ、間違えない」
何をもって正解で、何をもって間違いなのか、彼自身が良くわかっていない。
だとしても、ソロとして立ち止まるのではなく、前に進む決意を固める。
こうしてEGOISTSは、本当の意味でスタートラインに立った。
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